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スポーツ 2018.11.8

佐藤琢磨SRS-F&K新校長「人間力のある選手を育てたい」…自身は入学時、10分の1の難関突破

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7日、2017年インディ500優勝者の佐藤琢磨が「鈴鹿サーキットレーシングスクール」(SRS)の4輪系“校長”に就任することが発表された。就任会見では“人間力”重視を育成方針に掲げ、自身が入学時に発揮した“それ”についてと考えられるエピソードも語っている。

母校である「鈴鹿サーキットレーシングスクール」(SRS)の2019年からの新体制のなかで、フォーミュラ部門(SRS-Formula)とカート部門(SRS-Kart)の校長(Principal)を務めることになった佐藤琢磨。インディカー・シリーズに参戦する現役トップレーサーとの二足のわらじ、ということになる。

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「これまでも恩返し程度の協力はさせていただいてきましたけど、僕もSRSに対して『なにかしたい』と思っていました。そこに今回、ホンダさんと鈴鹿サーキット(運営会社のモビリティランド)さんの方に『新生SRSとして(時代に即応してより良く)変えていきたい』という意向があり、僕も現役ではありますが40歳を越えて、そろそろ後進育成にも取り組みたい気持ちが常々あり、一緒にやらせていただくことになりました。まさか校長とは(当初は)思っていませんでしたけどね」

鈴鹿サーキットは「僕が夢をもらった場所」と琢磨は言う。1987年、鈴鹿では初開催だったF1日本GPを現地で見て、「僕は10歳でしたけど、凄い世界だな、と思いました」。ここから、15年後にF1デビューを飾り、30年後にはインディ500の頂点を極めるレーサー佐藤琢磨の旅が始まったのである。

しかし身近にレース環境があったわけではない琢磨は、10代の頃を自転車競技の選手として過ごす。一説には国際舞台で活躍できる可能性を秘めたレベルの選手であったともいわれるが、やはり自動車レース、F1への憧れは彼の中に強く息づき続けていた。そして1995年発足のSRS-Fの存在を知り、琢磨は97年の入学を決意、説明会に赴いたという。当時の琢磨は大学生で、97年1月には20歳。SRS-Fの当時の年齢制限上限いっぱいだった。

「95年の1期生である山西康司選手(のちのトップレーサー)が翌96年にSRS-Fのスカラシップで参戦した全日本F3選手権でチャンピオン争いをして注目されたこともあり、3期(97年)の説明会には一般公募枠実質7人に対し、70人も集まっていたんです」。しかも、そのなかにはカートでの高実績を有する10代の選手も少なくない。ところが当時の琢磨は「レース(カート)の履歴書は1行で終わる、しかも最年長、でした」。

実質7人の枠に対し、70人。つまり10分の1の確率でしか入学できない。琢磨は質問の機会に手を挙げ、「どうやって決めるんですか」と訊いた。答えは、「書類選考」。もちろん、まだ当時はSRS-Fの黎明期であり、運営側も試行錯誤の最中だ。答えがそういうものであったこと自体は琢磨も理解した。ただ、どう考えても自分は不利。そこで再度、手を挙げて「希望者には面接を実施してください」と申し出たのだという。

「チャンスを広げていただけました」と琢磨は感謝する。面接が実施され、当然だが70人全員が面接希望者だったそうだ。琢磨は自らの発言でチャンスを広げた。10分の1という数学的確率より低かっただろう自身の入学の可能性を広げ、そしてそれをつかみとったことになる。あそこで黙ったままなら、おそらく琢磨はSRS-Fに入学できず、その後のキャリアは大きな回り道を余儀なくされていただろう。

琢磨は今回の就任会見で、「SRSの(ドライビング)技術を教えるカリキュラムは素晴らしいもの。そこを(大きく)変えていくつもりはないです」と語り、「加えて重視していきたいのは“人間力”です」と話した。「ドライバーには(チームスタッフの力を糾合させる)求心力が必要で、それがあれば、どんな国でも、どんなチームでも、戦える環境をつくり出せると思うんです。そういう求心力、つまり“人間力”をもった選手を育てていきたいですね」。

琢磨がSRS-F入学時、大ピンチ(と思われた状況)で発揮した「やる気と気持ち(の強さ)と行動力」、特に行動力こそは求心力の具現化であり、まさに人間力の発露だったといえるのではないか。

入学時のエピソードと人間力の話は直接に本人がリンクさせて話したわけではないが、聞いていてそう感じられる内容だった。その後のレースキャリアにおいて、琢磨が持ち前の行動力で幾度となく状況を打開してきていることも確かなのだから、ますますそう思えてくる。若い生徒の人間力を鍛えたいという方針、実に楽しみだ。

さて、琢磨は来季も現役トップドライバー生活を続ける。シーズン中は北米拠点となるだけに、そこをフォローしつつ一緒にSRS-FとSRS-Kを牽引してくれる副校長(Vice Principal)として、ホンダ系トップドライバーの先輩で尊敬する存在でもある国際派のベテラン、中野信治に参画してもらうことも発表された。

「現役の2トップ体制で新生SRSをやろう」というのが琢磨の意思。現役だからこそ伝えられるものがある。中野も多忙の身だが、インディにシリーズ参戦している琢磨よりは日本にいられる時間も多いだろう。F1、インディ、ルマンと経験も豊富で、まさしく適任である。

世界に通じる人材を輩出し続けてきたSRS。海外のレース事情も変化していくなか、新体制で、より充実した“レース学校”への飛躍を来季以降、目指していく。ホンダ系のF1シートが来季からは4つあるという状況を活かすためにも、高密度の連携が期待され、注目されるところだ。

ホンダの山本雅史モータースポーツ部長は、SRS-F卒業生らホンダ系ドライバーの育成プログラム「HFDP」(ホンダ・フォーミュラ・ドリーム・プロジェクト)の今後について、「来季のフォーミュラ(F2やGP3、欧州F3等)に関しては思い切ったラインアップにしようと思っています」と語り、「F1の表彰台の真ん中に立てる日本人ドライバーの輩出」という大目標に向け、さらなる積極的な布石を打つ構えを見せている。

また、約四半世紀に渡りSRSの4輪系校長を務め、ここで勇退する中嶋悟さんは「開校以来、切磋琢磨する若者たちと過ごした日々は、たいへん有意義なものでした。今後も世界のトップカテゴリーにて、SRS卒業生が活躍することを楽しみにしています」とのコメントを発表した。琢磨は「自分の在校時も校長であった中嶋さんから引き継ぐのは感慨深いです」と、厚い謝意と敬意を語っている。日本人初代F1フルタイムドライバーであり、琢磨らの偉大な先達でもあった中嶋さん、その後進育成における功績も大いに讃えたい。

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(レスポンス 遠藤俊幸)

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