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モーターショー 2018.7.1

打倒ゴルフ&ポルシェを掲げ、徹夜でモーレツに進めた901活動【クルマ塾2018・日産編 その2】

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「クルマ塾」トークショー、伊藤修令さんに続いては渡邉衡三さんの登場です。この順序は現役当時と同じ。R31&R32スカイライン担当だった伊藤さんから、R33&R34担当の渡邉さんへとバトンタッチされた形です。

1967年に入社された渡邉さん。働き盛りの時期が日産「901活動」タイミングと合致します。

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「技術の日産を復活させる」という大目標のもと進められた社内プロジェクトである「901活動」。インターナショナルのテストコースを定め、そこを決まったパターンで評価する仕組みが作られたり、信頼できる社外の評価者を招いたり、特許・論文の提出数を倍増させるなど、クルマを磨くためのメソッドを再構築する取組みでした。

なかでもスローガンとして掲げられたのが「Catch the GTi and 944」でした。世界のベーシックコンパクト・ゴルフ GTiと、後輪駆動スポーツカーのベンチマークであるポルシェ・944について、なみなみならぬライバル心が見てとれます。

当時は「90年代に1位になる」というコミット達成のために「それをできない理由」を細かくすべて書き出して、それにどう対策したなら解決できるか、をこれもまた午前様になりながらも真剣に考えたそうです。

その成果として誕生したのが、Z32フェアレディZ、R32スカイライン、G50インフィニティQ45、P10プリメーラなどの名車です。

卓越した走りの理念をより多くのクルマに、と邁進した日産。「期待どおりにクルマが動く」「楽しい人馬一体感」「意のままに操る走りの楽しさ」を実現させるために、渡邉さんは部署間を飛び回っていたそうです。

インターネットはおろか携帯電話もない30年前。開発拠点のメインは厚木研究所で、エンジン生産は新子安、エンジン実験は鶴見、テストコースはFF車なら村山、FR車なら栃木と、点在している部署を訪ねフェイスtoフェイスで情報を取っていったそうです。

試験車の内容や台数、開発の進捗状況などを聞くために顔を突き合わせることの利点もあって、相手が本気かどうかがわかったそうです。

アナログ時代の終わりでしたが「仕様を決めて、どう目標性能を出していくか」という自動車開発の根本は変わりません。現在のデジタル世代の開発のメリットとしては、企画や調査に割ける時間を多くとれるのがメリットだと渡邉さんは話します。

R33の開発責任者の前には、R32GT-Rの実験も担当していた渡邉さん。開発にあたってはアウディのグループB車両を買って分析したところ、ホモロゲモデルがいかに武骨に作ってあるかを体感できたそうです。

ニュルブルクリンクは、それまでは「ただ走った」だけで、本格的にテストを始めたのはR32GT-Rが初だそうです。

R31のGTS-Rでは、タービンが巨大なだけに潤滑不良がみられたり、スキッドパッド走行の強い横G旋回ではガス欠症状が出たりといった事象があったので、従来の開発手法を遵守するだけは目標性能を発揮できない、ということからのニュルへのチャレンジでした。

当時8分40秒~45秒台だったポルシェを上回ること、というのも901活動にも盛り込まれました。高低差300メートルもあるジェットコースターのようなニュルにおいて、どこまでパーフェクトを目指して頑張れるかの挑戦でした。

1周走るごとに足回りをバラし、ハブが割れていないかブッシュがたわんでいないかなどをチェックしたそうです。「1周ごとになぜわざわざ」とプロドライバーからクレームが起こるも、あえてそれに介さず取り組んだそうです。

いまでこそコース上に控室が設けられていますが、当時は新参者ゆえそれも用意することは許されないような状況でした。しかし回を重ねるごとに、GT-Rが走れば先行車が避けてくれるようになったり、他社がGT-Rを比較車両として購入していたりと、徐々に溶け込んでいきました。

R33GT-R開発にあたっての最大のライバルは先代R32GT-Rです。ル・マンにも挑戦することも決まっていました。

目標タイムは、エクスペディアS07 を履いたV-specで8分2~3秒。バッテリーを後方に移設したり、燃料タンクを床下配置したり、オーバーハングにあったインタークーラー位置の見直しを行いながら、達成することができました。

テストドライバー加藤博義さんのアドバイスで、ボディ補強のレイアウトも何度もやりました。湿式多板クラッチを使ったアクティブLSDのセッティングも、最後まで加藤さんとともに悩みぬいたそうです。

R34GT-Rの開発スローガンは、「最新のGT-Rが最高のGT-R」でした。村山工場の生産設備を考慮しながら効率のいい車体剛性の上げ方を検討したそうです。

センシング技術が発達していったのもその頃で、ひずみ計を200個も取付け、徹底的に応力を計測したそうです。

空力を向上させるためのアドバンスドエアロシステムについては、その高価なパーツ代は保険屋さん泣かせだったそうです。

プレミアム感を向上させるためのアイテムだったコノリー社製のレザーシートについては、当初は「湾曲の強いバケットシートには向きません」と断られたそうです。ただ、粘り強く交渉することで、イギリス仕様は全車に採用となるなど実績をあげたそうです。

料理の世界の「味は三代」のように、三代続いて取り組んだ第二世代GT-Rの進化は、ヒューマニズムにあふれていました。

【動画はこちら】

クルマ塾 講演2 901活動とスカイラインへの織り込み 渡邉 衡三氏

(Kaizee)

 



 

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