開発「ライダー」とメーカーの関係とは
1993年、デビューイヤーにいきなり世界GP250チャンピオンを獲得した原田哲也さん。虎視眈々とチャンスを狙い、ここぞという時に勝負を仕掛ける鋭い走りから「クールデビル」と呼ばれ、たびたび上位争いを繰り広げた。’02年に現役を引退し、今はツーリングやオフロードラン、ホビーレースなど幅広くバイクを楽しんでいる。そんな原田さんのWEBヤングマシン連載は、バイクやレースに関するあれこれを大いに語るWEBコラム。第27回は、MotoGPセパンテストの中でホルヘ・ロレンソに注目します。
連載:世界GP王者・原田哲也のバイクトーク【独占Webコラム】
TEXT:Go TAKAHASHI PHOTO:Toshihiro “KOTOBUKI” SATO, YAMAHA
テストライダーは速い必要があるけれど「速く走ろう」と考えると複雑な事態になる
マレーシア公式テストを皮切りに、MotoGPの2020シーズンがいよいよ始まりました。ファビオ・クアルタラロが速かったですね! 若いライダーが勢いに乗ると本当に手が付けられません。アプリリアのニューマシンも速かったし、ダニ・ペドロサ効果もあってKTMも良くなってきているし、その一方でドゥカティ勢がいまひとつ元気がなかったり、ホンダもまだまだ様子見だし、いろいろと興味深いことばかりです。
まだ1回目のテストなので、ここでどうこう判断するのは難しいところ。特にホンダとドゥカティは昨シーズンの実績というベースがあるので、最初からあわてる必要はまったくありません。逆に、遅れを取っているヤマハとスズキは最初から頑張っておかないと差を縮めるのが難しい。スタートラインが違うということも意識しておきたいですね。
アンドレア・ドヴィツィオーゾがコメントしてましたが、ミシュランの新しいフロントタイヤはヤマハとスズキに向いているだろう、とのこと。両メーカーとも安定して好タイムを出していたので、今季の巻き返しに期待したいところです。
そんな中で僕が注目しているのは、テストライダーとしてヤマハに加入したホルヘ・ロレンソの存在です。ヤマハYZR-M1ではかなり気持ちよく走れたようですし、初乗りにしてはタイムも上々。これで「オレ、まだまだやれるじゃん!」とレーシングライダーとしてのやる気が高まってしまうと、話は少しややこしくなります。自分が速く走ることを考えて開発に取り組むと、他のライダーにとってプラスかどうか分からなくなりますからね……。あくまでもテストライダーだということを認識しなくてはいけません。
もちろん、以前も書いたようにロレンソぐらい速く走れることはとても有益です。でも、開発の方向性は自分のためではなくみんなのため。そこをロレンソがどれだけ理解できるかが大きなカギです。そして忘れてはいけないのは、ロレンソがテストライダーらしく的確にコメントしたとして、それをヤマハがモノに反映できる技術力を持っているかどうか、です。
―― セパンのシェイクダウンテストでは2分00秒506、公式テスト最終日には46周し1分59秒697をマークしたホルヘ・ロレンソ。
開発能力とは、ライダーよりもメーカーの話
昔話になってしまいますが、僕がアプリリアで走っていた頃は、10月にシーズンが終わると11月、12月、1月、2月、そして3月と毎月テストがありました。そのつど日本から通っていたんですから、元気ですよね(笑)。そして当然ですが、テストのたびに新しいパーツを試していました。タイヤ、サスペンション、ブレーキ、フレーム、ホイール、カウル、スクリーンなどなど、そのつど新しいものが投入されていたんです。
新しいモノがすべて良いとは限りません。エンジンなんかは、いくらベンチテストで馬力が出ていると言われても「乗りづらい!」と判断したら却下です。ただ馬力だけが必要なわけではなく、オーバーレブ特性も大事で、引っ張り切ってパワーが出なくても回ってくれればギア比を変えなくて済む、なんていうこともあります。
僕は「パーツを正しく評価できるライダー」と言われて、テストライダーのマルチェリーノ・ルッキとふたりで必ずニューパーツのテストをさせられてました。他のライダーたちはのんびりしてたようですよ(笑)。
―― 1998年にアプリリアで走る原田さん。この年は同じアプリリアにロリス・カピロッシと、250ccクラスにステップアップしたばかりのバレンティーノ・ロッシがいた。
どういうわけか「開発能力のあるレーシングライダー」とされていた僕ですが、自分ではよく分かりません。はっきり言ってパーツの違いは誰にでも分かるから、なんです。良し悪しの判断の仕方や伝え方に差があるとしても、世界で戦うようなライダーなら誰だってパーツを変えればすぐに分かる。
問題は、それを受け止めてモノ作りに反映できるメーカーかどうか。つまり「開発能力」とはライダーの側のことではなく、むしろメーカーの側の話じゃないかと僕は思っています。例えば、ヤマハにテストライダーとして加入したロレンソはさっそくパワー不足を指摘しているようですが、ヤマハがパワフルなエンジンを提供できない限りは意味がありません。
もっとも、パワーを出せばそれでいいのかと言えば、そうとも言い切れないのが難しいところ。パワーが出ることでサスペンションに急激に大きな力がかかり、曲がらないマシンになりがちなんです。それまで以上の制動力が必要になり、それに伴ってフロントまわりの剛性も高めなければならず、基本的にはどんどん曲がりにくいマシンになっていきます。どこでどうやってバランスを取るか、落としどころを決めるのもメーカーの「開発能力」です。
テストライダーか、レーシングライダーか
ものすごく個人的な希望ですが、僕はロレンソにはレーシングライダーとして復帰してほしいと思っています。彼はこの数年で自信を失っていただけ。自分に合わないマシンだと心が折れてしまうロレンソは、僕と同じタイプなので状況はよく分かります(笑)。でも、ヤマハに乗ることで自信を取り戻していますし、コメントの端々にレーシングライダーとしての意欲を覗かせています。
年齢的にもまだまだ戦えるし、モチベーションも高いとくれば、思い切って復帰もアリではないでしょうか。引退会見で明かしていたような心の傷というか迷いがなければ、やるしかない! ……なんて言うまでもなく、今の彼のモチベーションはテストライダーとして頑張る、というより、明らかにレーシングライダー復帰の方向に向かってますよね(笑)。
―― 2020年型のテストは持ち越しになったともいわれるホルヘ・ロレンソ。2020年シーズンはワイルドカード参戦の可能性あり。
エンターテインメントという面はありますが、やっぱりレースは「速いが一番」。人生のすべてをレースに捧げるだけの覚悟と意気込みが必要です。ロレンソはまだその世界に戻れるはず。僕が引退を決めた時は、もう本当に無理でした……。現役時代はとにかくピリピリしていて、レースがうまくいかない時には奥さんに対してもよく声を荒げていました。「イヤなら帰れ!」なんて、今じゃあり得ないようなことも言ってましたよ……。
エンジンが壊れた時なんか、完全にふてくされてましたからね。メカニックを無視してピットを素通りし、メディアにもファンにも構わずにパドックを素通りし、自分のモーターホームにこもるんです。しばらくすると奥さんが「こんなんじゃ何も解決しない。同じことを繰り返して、またエンジンが壊れるだけよ」と言ってくれる。「……しょうがないなぁ」なんてしぶしぶピットに戻って、メカニックに何が起きたのかを説明したものです。
まぁ、振り返れば子供が駄々をこねて母親に諭されているのと同じですが(笑)、当時はそれぐらい常に張り詰めていました。僕が32歳で引退したのは、勝てる体制が作れなくなったことと、そういう緊張続きの生活に耐えられなくなったから。奇しくもロレンソが“引退”したのも32歳ですが、彼はまだやってくれそうで楽しみにしています。あくまでも個人的な希望ですが……。
―― マシンのシェイクダウンというよりは身体慣らしのようにも見えたというロレンソの走り。さて、今後はどうなる?
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