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業界ニュース 2019.11.9

「メルセデス」のアメリカ進出のきっかけを作った高級ピアノメーカー「スタインウェイ」との深い絆

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クルマとピアノ、最高級2メーカーの意外な関係

 いまや世界のピアニストが最も信頼するピアノメーカーのひとつ「スタインウェイ&サンズ(Steinway&Sons)」。この有名ピアノメーカーと、世界初のガソリン自動車(4輪車)を発明した1人であると共に、メルセデス・ベンツを傘下に収めるダイムラー社の源流となった1人「ゴットリーブ・ダイムラー(Gottlieb Daimler)」との間には確固たる絆、そして友情が存在していた。

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 初めにピアノの最高峰スタインウェイ&サンズの歴史を紹介し、ゴットリーブ・ダイムラーとの深い絆を紹介しよう。

ピアノの巨匠から愛用された「スタインウェイ&サンズ」

 スタインウェイ&サンズの歴史は、1台のグランドピアノ「No.1ピアノ」がドイツ中東部のザクセン州ゼーゼンで誕生した1836年に始まる。製作者はドイツ人のハインリッヒ・エンゲルハルト・スタインヴェグ(英語;ヘンリー・エンゲルハート・スタインウェイ)で、彼こそスタインウェイの創立者(1797年生まれの家具職人)である。

 グランドピアノは、1700年頃にイタリアのバルトロメオ・クリストフォリによって発明され、その後急激に発達したものの、楽聖ベートーベンの時代になっても、彼の音楽にとって満足できるものにはなっていなかった。

 そんな中で1836年、ハインリッヒは自宅のキッチンで最初のピアノを造り上げた(写真下、キッチンピアノの愛称で呼ばれた)。これによって、フォルテピアノ(18世紀~19世紀前半のピアノ様式)の音は可能性が広がり、それまでにない演奏表現が可能に。

 作曲家・ロッシーニは「スタインウェイピアノの音は、雷鳴や嵐のように力強く、春の夜のナイチンゲールがさえずる様にメロディアスである」と語っている。

可能性を求めドイツからアメリカへ

 その後、ハインリッヒは新たな可能性を求めて息子達と共にアメリカに渡り、名前も英語に改めドイツ語のSteinweg(スタインヴェグ)からSteinwayとし、「スタインウェイ」の名称が誕生する。

 1853年には、息子たちと共に「Steinway&Sons」の商標で会社を設立。1855年には三男ヘンリーJr.の設計による総鉄骨フレームに弦を交差させて張ったスクエアピアノをニューヨーククリスタル・パレスで開かれた博覧会に出品し、高品質が認められ金メダルと特別賞を受賞した。

 創業してわずか2年にして、一躍アメリカ中に「スタインウェイ&サンズ」の名前が知れ渡ったのである。

2つの故郷から全世界へ

 さらに1862年と1867年に開催されたロンドンとパリの万国博覧会においても、その近代的な方式が認められ、金賞を受賞。

 それに伴いヨーロッパでもスタインウェイのピアノが要望されることになり、1875年にイギリスのロンドンへ支店を開設。1880年にはドイツのハンブルクに工場を新設したことにより、“ドイツ製”スタインウェイピアノが誕生することになった。

 特に四男ウィリアム・スタンウェイは、1876年に創立者の跡を継ぎ、初代社長として会社を率いたが、革新的経営者として、幅広いルネサンス的教養人としても商才豊かであった。

 彼は音楽への愛を喚起するため、人気を博していたピアニストを招きコンサートツアーを企画しつつ、著名な音楽家達の推薦状を会社のPRに利用した。

 ニューヨークとハンブルグという2つの故郷から、全世界へ向けてスタインウェイピアノの生産が始まり、現在までに61万台ものスタインウェイが世界の第一線で愛用されるほどになった。

 特筆すべきは創業以来、129を数える特許でピアノ造りに革命を起こし続け、「可能な限り最高のピアノ」という哲学と匠の技で、1台1台をオリジナルの芸術品として造り続けていること。

 今日、世界の演奏会で音楽愛好家の心を美しい響きで満たすことができるのも、ハインリッヒの情熱と創意、完璧を求める精神が生んだ名品であるからだ。

 スタインウェイピアノの響きを愛する人々に「イニミタブルトーン(比類なき響き)」と称される数々の名品を生み出したことは、正に「名品に心あり」という喩えの好例だろう。

ダイムラーの進出を盟友スタインウェイが後押し

 スタインウェイとダイムラーの深い絆を紹介する前に、「ゴットリーブ・ダイムラー」について説明しておこう。

 ゴットリーブ・ダイムラー(1834-1900年)は、若い頃からあらゆる交通手段に自動的に動かせるシステム、即ちエンジン製造に熱意を燃やしていた。

 38歳にしてすでに業界のエキスパートに達していたダイムラーは、1872年にドイツ・ガス・エンジン製造会社のテクニカル・マネージャーに迎えられた。そして、ヴィルヘルム・マイバッハと運命的な出会いを果たし、ダイムラーの軽量高回転エンジンの構想を推進。

 遂に1883年12月16日、世界初のガソリン・エンジンの開発に成功したのである(エンジンの馬力当り重量は800~900rpm/hにおいて80kg:1psであった)。

世界初のガソリン自動車を生み出す

 このエンジンはシンプルなホットチューブ・イグニッションを備え、特許も取得。ダイムラーはマイバッハの協力により、1885年11月10日にこのエンジンを初めて2輪車に搭載。これが世界初のオートバイとなった。

 次いで、1886年には4輪車にも同エンジンが載せられ、世界初のガソリン自動車が誕生したのである。

  さらに、モーターボートにもこのエンジンが取り付けられた。1886年、ダイムラーはガソリン・エンジンつきボートをフランクフルトのレガッタ・クラブの要請で造りあげ、初めてネッカー川で実験し、1888年にはこのマリー号がビスマルク宰相に引き渡されたと言われている。

 また、1888年8月12日には、ライプチッヒの書籍販売業・ヴェルフェルト所有の飛行船にも4psエンジンを搭載し、ドイツの都市であるカンシュタットを飛び立ちコルンヴェスゼイムまでの約4kmを飛行したのだ。

 このように、ダイムラーは初めから「陸・海・空」のあらゆる種類の乗り物にガソリン・エンジンを普及させようと考えていた。そこで、陸・海・空を意味するシンボルとして「スリーポインテッドスター」を考案。現在のメルセデス・ベンツのシンボルの源流となったのだ。

海外に躍進しフランスやアメリカへ

 1890年に「ダイムラー・エンジン会社」を設立。海外と利益関係を結ぶための活動を本格的に開始した。

 彼は海外進出こそ将来、自分の理想を大きく膨らませるカギとなると確信していたため、1889年にフランスの自動車生産を盛り上げたパナール・ルバッソール社と契約を締結していた。

 そして運命の1891年、アメリカでダイムラーが作った高速エンジンとその様々な利用法を広めたニューヨークのピアノメーカー、スタインウェイ&サンズと契約を結び(なりそめは後述)、同じニューヨークにダイムラー・モーター会社を設立するに至ったのだ。

ダイムラー製品のライセンス生産がきっかけ

 本題に戻そう。時は1888年。

 スタインウェイ&サンズの創立者ハインリッヒ・エンゲルハルト・スタインヴェグの四男ウィリアム・スタインウェイは故郷ドイツを訪問した際、ゴットリーブ・ダイムラーと知り合い、ダイムラー製品をアメリカでライセンス生産する事について話し合いを重ねた。

 結果、交渉はうまくまとまり、ウィリアム・スタインウェイは、前述の通り、アメリカのニューヨーク州ロングアイランドに合弁会社「ダイムラー・モーター会社」を設立。

 その契約には、定置型及び船舶用エンジンの生産を行なうという条項も含まれた。つまり、ドイツ本国のダイムラー・エンジン会社は欧州自動車メーカーとして初めてアメリカに進出したのだ。

 2社は、ゴットリーブ・ダイムラーのパートナーで、天才技術者であるヴィルヘルム・マイバッハが設計した「35PSメルセデス(1901年)」を初めてニューヨーク向けに出荷。また、ゴットリーブ・ダイムラーが描いたオリジナル図面を用いて、アメリカ初の本格自動車エンジンをライセンス生産するなど多くの事業を手掛ける。

 他にも、ウィリアム・スタイウェイはゴットリーブ・ダイムラーのガソリン・エンジン(1891年)のアメリカにおける権利を保有、ニューヨークのアストリアで造ったヨットやモーターカーに搭載したりもしている。

 これらにより、それぞれの絆は非常に深いものとなったのだ。

 この深い絆を現在に伝えるため、2008年にシュツットガルトのリーダーハレにおいて、メルセデスとスタインウェイはドイツ生まれの世界的ピアニストであるラルス・フォークトを迎えて、120周年記念コンサートを開催した。2011年には日本でもスタインウェイのピアノ演奏とメルセデス・ベンツ展示会のコラボイベントがメルセデス・ベンツ楠で行なわれたのである。

 なお、オーストリア・ウィーンのウィーン楽友協会で毎年開催されているニューイヤーコンサートでもスタインウェイのピアノは使用されている。

 ちなみに、この建物は世界最高峰のオーケストラ・ウィーンフィルの本拠地である。

 常に「最高と比類なき製品」造りにこだわり続ける理念は、現在のメルセデス・ベンツとスタインウェイの両会社にも共通し今も脈々と引き継がれている。

◎参考文献&写真=メルセデス・ベンツミュージアム&マガジン◎撮影協力&カタログ=島村楽器株式会社(グランフロント大阪ショップ)◎ウィーンフィルの本拠地・ウィーン楽友協会及びコンサート写真提供&監修Shoichi Yatsu

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(Auto Messe Web 『Auto Messe Web編集部』)

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