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業界ニュース 2019.9.19

「シーマ現象」に「六本木のカローラ」が誕生! バブル期に輝いた車5選

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■バブルを象徴するような名車たち

 1980年代の中頃から1990年代初頭にかけては、いわゆる「バブル景気」と呼ばれ、日本中が好景気に湧いていました。

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 土地や建物、株などが高騰し、いまも語り継がれる名車も次々と登場しました。

 そんなバブルを象徴するようなクルマを5車種ピックアップして紹介します。

●日産「シーマ」

 いまから50年以上も前から、トヨタと日産は「クラウン」対「セドリック/グロリア」という国産高級車の覇権争いをしていました。

 そして、日産は1988年にセドリック/グロリアの上級仕様として、初代「セドリック シーマ」と「グロリア シーマ」(以下シーマ)を発売します。

 ボディは3ナンバー専用の4ドアピラーレスハードトップとして、エンジンは3リッターV型6気筒DOHCを搭載。自然吸気で200馬力、ターボモデルでは255馬力という高出力を誇りました。

 バブル景気や、1985年頃からの「中流意識」の高まりから生まれた「ハイソカーブーム」という背景もあり、シーマは大ヒット作となります。

 また、ライバルのトヨタをはじめ他メーカーからも高級志向と高性能を兼ね備えたセダンが続々登場するなど、国内の高級車市場が活性化し、この状況は「シーマ現象」とも呼ばれました。

 なお、シーマはその後モデルチェンジを重ね、現行モデルで5代目となり、日産および海外のインフィニティブランドのフラッグシップセダンとして販売していますが、かつてほどの隆盛はありません。

●トヨタ「クラウン」

 1955年の初代発売から、オーナードライバー向けの高級乗用車として代を重ねてきたトヨタ「クラウン」は、時代の流れとともにボディサイズや排気量を拡大してきました。

 しかし、主力販売グレードは2リッターエンジン搭載車だったことから、5ナンバーサイズのボディに収められ、排気量の大きい3ナンバー車は前後のバンパーを大きくすることなどで外観上の差別化を図っていました。

 1987年に登場した8代目クラウンでは、4ドアハードトップモデルにドアやフェンダーまで専用部品となった3ナンバー専用のワイドボディをラインナップ。

 もともとクラウンを嗜好する層が高級志向であったことや、ひと目でわかる見た目の違いにより、3リッター直列6気筒DOHCエンジンを搭載する「ロイヤルサルーンG」が人気車種となりました。

 1989年のマイナーチェンジでは、4リッターV型8気筒DOHCエンジンを搭載した「4000ロイヤルサルーンG」が追加され、後の「セルシオ」や9代目クラウンの「マジェスタ」に繋がる、トヨタの大排気量高級車路線を切り開きました。

 前述のシーマがバブルを象徴するように報じられていますが、実際にはクラウンの販売台数が突出しており、1990年には約21万台を販売。2018年に日本で一番売れたホンダ「N-BOX」が約24万台ですから、どれほどクラウンの人気が凄かったのかがわかります。

●ホンダ「NSX」

 ホンダのスーパースポーツ「NSX」は1989年に発表され、翌1990年9月に全国のべルノ店(当時の販売チャネル)を通じて発売。

 バブル景気の真っ只中とあって、価格は800万円から(消費税含まず)と高額にも関わらず発売前から注文が殺到し、発売時ですでに3年分のバックオーダーを抱えていたといいます。

 シャシは軽量なオールアルミ製モノコックとし、自然吸気ながら280馬力を達成した3リッターV型6気筒DOHCエンジンをリアミッドシップに収め、低い車高に「くさび」のような鋭いデザインと、まさに和製スーパーカーというべきクルマに仕上がっていました。

 開発に現役F1ドライバーのアイルトン・セナや中嶋悟氏を起用していたことも、当時は大きな話題となりました。

「NSX」は卓越したハンドリングとハイパワーというだけでなく、普段使いも問題なくできる高品質のスーパーカーとして開発されました。このことは後に、フェラーリやランボルギーニといった老舗のスーパーカーメーカーの開発方針に大きな影響を与えたといいます。

 2016年に新型NSXが発売されましたが、初代NSXのピュアなスポーツカーとしての評価も高く、中古車市場では高値安定が続いています。

■「六本木のカローラ」と「小ベンツ」と揶揄されるほどに売れた2台

 1982年に欧州で発売された、当時BMWでもっとも小さなモデル2代目「3シリーズ」は、日本で大ヒットします。

 日本には1983年から正規輸入されましたがスペックはそれほど高くなく、国産のセダンと大きな差はありませんでした。しかし、ドイツ車のステータスは国産車よりもはるかに高く、BMWのエントリーモデルとして人気を博します。

 また、好景気に湧いていた日本では、同時に円高も進んでいたため、正規輸入だけではなく並行輸入も盛んで、当時の雑誌には並行輸入車の広告がたくさん掲載されていました。

 ボディサイズは全長4325mm×全幅1645mm×全高1380mm(4ドアセダン)と、いまの水準からするとかなりコンパクトで、2リッター未満のエンジンならば5ナンバー登録ということもあり、それも人気の理由のひとつでした。

 東京都港区六本木でとくに多く見かけることがあり「六本木のカローラ」と揶揄されましたが、同クラスの国産車よりも100万円以上も高価だったので、かなり無理をして買った人もいたようです。

●メルセデス・ベンツ「190シリーズ」

 前述の3シリーズに対抗すべく、メルセデス・ベンツもエントリーモデルの「190シリーズ」を1982年に発売。日本では1985年から正規輸入されました。

 ボディサイズは全長4420mm×全幅1678mm×全高1390mmとコンパクトで、もっとも多く販売された「190E」では2リッターエンジンだったことで5ナンバー登録でした。

 メルセデス・ベンツとしてはかなりコンパクトですが、設計思想はキチンとメルセデス・ベンツの流儀に則っており、同クラスの国産車よりも高い品質で人気を得ます。

 エントリーモデルといっても500万円前後の価格帯でしたから、当時としても高価でしたが、やはりメルセデス・ベンツというステータスは、大いに魅力的でした。

「小ベンツ」ともいわれましたが、日本におけるメルセデス・ベンツの普及に多大な貢献をしたモデルです。

※ ※ ※

 クラウンが年間で約21万台も売れたというのも衝撃的ですが、当時は限定車や人気車が投機の対象にもなっていたので、中古車価格が新車価格を上回るのが珍しくありませんでした。

 バブルが弾けた後はそうした流れは一旦影を潜めましたが、近年はクラシックカーやバブル期の日本車が投機対象になっています。

 バブル期のクルマと現代のクルマは性能的に比較にはなりませんが、当時は過剰にコストダウンされなかったモデルが多く、その辺りも魅力的なのかもしれません。

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(くるまのニュース くるまのニュース編集部)

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