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業界ニュース 2019.9.12

打倒スカイラインを誓ったスープラが熱かった! パワー競争を戦った車5選

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■1980年代に勃発したパワー競争を戦った名車たち

 国内の自動車市場では2004年まで馬力規制がありました。1989年から280馬力を上限とし、各メーカーは従うことになります。

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 一方で、馬力規制が始まる前の1980年代初頭には、メーカー間による馬力競争が始まります。とくにターボ車の登場によって、飛躍的にエンジン性能が向上していきます。

 そこで、この馬力競争のなかで誕生したスポーツモデル5車種をピックアップして紹介します。

●トヨタ「スープラ」1986年発売

 1978年にデビューした初代トヨタ「セリカXX」は、2.6リッター直列6気筒エンジンを搭載した北米市場を意識したクルマでした。

 2代目は直線基調のボディに「ソアラ」と同じ2.8リッター直列6気筒DOHCエンジンを搭載。

 しかし、3リッターV型6気筒ターボエンジンを搭載し、230馬力(グロス)を誇る3代目「フェアレディZ」には動力性能では及びませんでした。

 そこで、1986年にセリカXXから輸出名と同じ「スープラ」に車名変更を伴うモデルチェンジをおこない、最高出力230馬力(ネット)を発揮する3リッター直列6気筒DOHCターボエンジンを搭載する「スープラ3.0GT」が登場。

 ロングノーズのスタイリッシュな3ドアクーペで、低速トルクも大きく市街地でも快適に走れるなど、スポーティかつオールマイティなモデルでした。

 市販車をベースとした「グループA」カテゴリーの全日本ツーリングカー選手権にも参戦するなど、高性能をアピールし、若いファンを獲得します。

 なお、1990年に登場した「2.5GTツインターボ」は、トヨタ初となる280馬力を達成しました。

●マツダ「サバンナRX-7」1985年発売

 2代目となるマツダ「サバンナRX-7」は1985年にデビューしました。

 初代から大きく進化したシャシに、185馬力(ネット)を発揮する1.3リッター2ローターターボエンジン搭載。

 ロータリーエンジンならではのスムーズな加速感と、マルチリンク・リアサスペンションで、軽快にカーブを駆け抜ける正統派のスポーツカーに仕立てられていました。

 また、日本車初の対向4ピストン・アルミブレーキキャリパーの採用や、フロントのホイールハブまでアルミ化するなど、速さに見合う装備を搭載。

 フォルムはポルシェ「944」に似ていると評されましたが、若者が憧れるスポーツカーとして高い人気となります。

 1989年のマイナーチェンジでは、ロータリーエンジンの要ともいえるシール類の改良などでスロットルレスポンスを大幅に向上させ、最高出力は205馬力(ネット)まで向上しています。

●日産「スカイライン」1985年発売

 通算7代目となる「R31型 スカイライン」は1985年に発売され、「セブンス」の愛称で呼ばれました。

 このモデルでは「KPGC110型 スカイラインGT-R(通称:ケンメリGT-R)」以来の直列6気筒DOHCエンジンを搭載し、大いに話題となります。

 発売当初は、4ドアハードトップと4ドアセダンのボディでしたが、1986年には2ドアクーペの「GTS」シリーズが追加されました。

 そして、1987年のマイナーチェンジを機に、グループAレースの公認用モデルとして「GTS-R」が800台限定で発売。

 搭載された「RB20DET-R型」2リッター直列6気筒DOHCターボエンジンは、専用タービンを装着するなどチューニングが施され、最高出力210馬力(ネット)を発揮しました。

 また、グループAレースではエアロパーツなどの追加ができないため、フロントに固定式スポイラーと、リアに大型のスポイラーが装備されていました。

 日産はGTS-Rをベースにしたマシンで全日本ツーリングカー選手権を戦い、1989年にはシリーズタイトルを獲得します。

 なお、この翌年から「スカイラインGT-R」で参戦し、無敵を誇ることになり、全日本ツーリングカー選手権消滅のきっかけとなりました。

■馬力規制が開始される前夜のモデル

●三菱「スタリオン」1982年発売

 三菱が世界のスポーツカー市場への参入のため、1982年に「スタリオン」を発売しました。リトラクタブルヘッドライトを持つスタイリッシュなルックスで人気となり、北米ではポルシェ「924ターボ」のライバルと評価されました。

 1983年には2リッター直列4気筒ターボエンジンに、インタークーラーを装着して175馬力(グロス)にパワーアップ。

 1984年には可変バルブ機構を備えた「シリウスDASH」エンジンを搭載。最高出力200馬力(グロス)まで高められた「2000GSR-V」を追加し、205馬力(グロス)の日産「スカイライン2000ターボインタークーラーRS」と競い合います。

 1987年には2リッターエンジンのまま、輸出用のブリスターフェンダーを採用して3ナンバー登録の限定車「GSR-VR」を発売します。

 さらに1988年には輸出仕様と同じ2.6リッターエンジンを搭載した最終モデルのGSR-VRが登場。

 スタリオンはスープラ、スカイラインと同様に全日本ツーリングカー選手権で活躍し、4WD化して世界ラリー選手権への出場も計画されていましたが、参戦しませんでした。

●日産「フェアレディZ」1983年発売

 日産「フェアレディZ」は、1983年にシリーズ累計生産台数100万台を突破しました。その記念すべき年にデビューしたのが、3代目「フェアレディZ」です。

 外観は初代、2代目の特徴的な「ロングノーズ」を受け継ぎながら、エンジンは従来の直列6気筒から、新世代のV型6気筒に変更されました。

「300ZX」には同年に先行デビューしていた「セドリック/グロリア」に搭載された、最高出力230馬力(グロス)を誇る新開発の3リッターV型6気筒ターボエンジンを搭載。

 高速性能は当時の日本車としては驚異的なもので、スピードリミッターを持たない欧州仕様では最高速度250km/hを記録します。

 しかし、基本的には北米市場をターゲットとした、速さとイージードライブを両立させたトルクフルなエンジン特性で、市街地でも扱い辛さは皆無でした。

 1985年10月には、7代目スカイライン用に開発された、最高出力210馬力(グロス)を絞り出す2リッター直列6気筒DOHCターボエンジン「RB20DET型」を搭載した「フェアレディ 200ZR」を発売。V型エンジンとは違った直列6気筒ならではのスムーズな回転と、高回転時の甲高い音で人気を博します。

 その後、1989年まで生産され、次世代の「Z32型 フェアレディZ」にバトンタッチしますが、このZ32型こそ、日本車で初めて280馬力を到達し、以降の規制上限値になりました。

※ ※ ※

 今回、紹介したクルマのなかで、前述のとおりスープラとスカイライン、スタリオンは、レースで競い合うライバルでした。そのため、馬力競争が激化することになります。

 そこで、運輸省(現在の国土交通省)としては事故の増加を恐れ、280馬力を上限としたわけです。

 いまほどシャシ性能や安全性能が高くなかった当時としては、仕方のない処置だったのかもしれません。

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(くるまのニュース くるまのニュース編集部)

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