今月の初頭にアメリカでモトクロスプロデビューを果たした下田丈。かねてよりトップサテライトチームのガイコホンダ直系、育成チームアムゾイルホンダに所属していた下田だったが、このプロデビューに際して、いよいよガイコホンダへステップアップすることにもなった。アマチュアの集大成たるロレッタリンMXから、たった1週間で仕立ててきたガイコホンダの本気を見てみよう。
Honda CRF250R
GEICO Honda
RIDER:JO SHIMODA
MECHANIC:DEREK DEWYER
AMAは、プロダクションルールがあるので、そもそもいわゆる開発車を走らせることができない。基本パッケージは、市販車のCRF250Rをベースとしていることが前提だ。ホンダの場合、ファクトリーチームとして450クラスを戦うTeam HRCを頂点とし、直下にサテライトチームのGEICO Honda、アマチュアチームとしてAMSOIL Hondaの3部構成になっている。いわゆるアマチュアパッケージのAMSOIL Honda車はかなり市販車に近い。
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左がAMSOIL、右がGEICO仕様。ガイコホンダでは、パッケージをわけていてAMSOILをアマチュアプラットフォーム、GEICOをプロプラットフォームと呼んでいる。それをベースに、各自のライダーにあわせてセッティングあるいはモディファイを重ねていくわけだ。グラフィックもそっくりだし、コンポーネントもかなり似たものを使っているから、あまり変わっていないようにも見えるが、否。ガイコ仕様のそれは、ヨシムラのエキゾーストすら、下田スペシャルなのだ。
ユナディラのガイコテントに並ぶマシン。手前#822カーソン・マムフォード、#496ジェット・ローレンスはAMSOILのメンバーとして参戦しているため、マシンもアマチュア仕様のまま。明確にエンジンも異なる。#374からがガイコホンダのいわゆるプロプラットフォームマシンだ。
プロパッケージの、スペシャルエンジンマグネシウムカバーがふんだんに使われる外観は、モディファイ車としての風格を匂わせる。中身に関して書けるものはないのだけれど、いわばガイコホンダで組み上げたファクトリーエンジンということになる。ファクトリーエンジンは、チームによって様々で、たとえば欧州のKTMではどのチームも必ずマッティグホーフェンの本社付近にあるファクトリーからエンジンが出荷される。いわば、スペシャルパーツの一つに近い。
センサーの数はアマチュア時代とは桁違いで、メカニックのデレクも市販車やアマチュアパッケージと違うのは、これらデータを反映した細やかなセッティング、パワーデリバリーだ、と言う。下田の場合は、個人にあわせた部分がとても多いそうだ。「下田は特に、ローエンドのスムーズさを求めるライダー。ローからミドルにかけて様々なマッピングをテストした」とデレク。
下田が求めるローエンドからミドルの出力特性を、最終的に解決したのはヨシムラに特注した長いタイプのエキゾースト。チームの使うタイプより、見た目でわからない程度に長いそうだ。アムゾイル時代と同様に、フルオープンの排気口(逆にCRF450Rは絞っている)。
例えば、ジェット・ローレンスのヨシムラエキゾーストをみると、テーパー形状をしている。これはUSヨシムラのスタンダードな形状だ。
デュアルエキゾーストからは、O2センサーの信号がECUに送られ、リアルタイムでフィードバックする。これはガイコに限ったことではないが、マシンに無数にとりつけられたセンサーは、ロガーとして走行情報を蓄積し、あとで分析するためのものと、ECUへ送られて燃料噴射・点火タイミングの情報として使われるものの2種類に大別される。
ガイコホンダの場合、ECUはボルテックス。アマチュア時代のアムゾイルから受け継がれるパーツだ。
アムゾイルホンダ時代も同様だったが、吸気はサイドカバーとボックスを加工することでダイレクトに吸気できる構造へ変更。
エアクリーナボックスには、エキゾーストの熱の影響をうけづらいように耐熱シートで加工済み。ボックスにもセンサーのラインが入っていて、監視されている。
また、クラッチにはチームでヒンソン製を採用しているが、クラッチシステム自体が下田にあわせたものに変更されているとのこと。がっちり握った状態(デレクはSuper Grabbingと表現する)をつくらなくても、コントロールできるようになっていて、スパっとつないだ時もスムーズさを求める下田にこたえるセッティングだ。単にレートの低いスプリングを使っているわけではない。
ラジエターは、アムゾイルホンダでもスペシャルに換装されていた部分だが、ガイコホンダではまた容量の異なるものに変更。冷却効率を向上させている。
ラジエターのボディが、下へ長いことがみてもわかるだろう。
エンジンマウントの加工には、理由がある車体に関しては、AMAのプロダクションルールでディメンションを変更することができないので、ベースはスタンダードと同じだ。
もはや出尽くした感のある、エンジンマウントの加工に関しては、ガイコではヘッドハンガーに5mmあるいは6mmの穴を穿つオプションがあるとのこと。アマチュア時代にとりいれられていなかったオプションなのに、よりレベルの高いプロでなぜ剛性を落とす必要があるのか。
デレクは答える。「ギャップへの耐性を上げるため。そもそも、ガイコホンダのプロスペックでは剛性を上げるためにスイングアームピボットをチタンにするなどのモディファイをしている。つまり、スタンダードよりも剛性は上がっているわけだが、これに対してギャップへの耐性を作るため、ヘッドハンガーへ加工するんだ。特に今回は、ロレッタリンのバイクと同じようなフィーリングに近づけるようにしている。その結果、下田のエンジンマウントには穴が空いている」とのこと。
デレクによると、剛性を向上させているのは、ピボットだけではないとのこと。ただし、大きな構造変更やフレームに手が入っているわけでないとも。
RJ・ハンプシャーのマシンには、若干太めの穴。デレクの言葉から判断するに、6mmのオプション。ライダーによって、セッティングを変更する。
そもそもエンジンマウントに関して言うと、ボルトの1本にノウハウがあって、締め付けトルクも剛性セッティングの重要な要素になっている。ガイコの場合、エンジンマウントはすべてチタンボルトで締め付けられているから、スタンダードよりも締め付けトルクのレンジが広い。剛性に関しての細かなノウハウをすべて判明するのはかなり困難なことだ。少なくとも「穴が空いているからスタンダードより剛性を低めに設定している」というわけではない。下田車に関して言えば、現状でロレッタ仕様に近づける、という方向性が最も正しい表現と言えるだろう。
サスペンションは、1週間とまもないこともありアマチュアそのままを流用、コーティングもされていないスタンダードベースだが、ご存じの通り現在のCRF250Rは昔のAキットと同様の構造で、大きくファクトリーサスペンションと相違はない。スイングアームやリンク、サブフレームはスタンダードで、ディメンションの変更はないとのこと。
プロがファクトリータンクを使う意味ガイコホンダと、アムゾイルホンダで見分けやすい違いの一つに挙げられるのは、容量の多いファクトリータンク。スタンダードでもチタンのCRF250Rだが、これがプロで採用される理由は明確。アマチュアの20分とは異なり、35分のレースだからだ。容量の多いファクトリータンクは、35分で余裕があるレベル。AMAでは必須の装備だとも言える。
スタンダードより上部へ出っ張っている分で容量が多い。
全日本モトクロスでも、昨年はファクトリータンクを使用。その理由を「チューニングエンジンにおいては、容量が不足する可能性を鑑みて」としていたが、成田亮車はシーズン途中から今季もファクトリータンクを使用している。ある意味、セッティングパーツの一つだと言えるだろう。
プロスペックのFブレーキ明確にファクトリーパーツ、とデレクが表現するものの一つがこちら。フロントブレーキである。磨き込まれたボディには、切削後が残り、ビレットであることを主張する。
スペックとしては27mm/30mmピストンの異径キャリパー。ブレーキラインはスタンダードで、このブレーキはライダーにあわせたセットアップができるとのこと。スタンダードよりも、プログレッシブ性があり下田は、そのままの特性を好む。
軽量化の追求軽量であればあるほど戦闘力は高く、当然ガイコホンダも軽量化には余念が無い。
通称赤ハブ。ファクトリーマシンの証のようなパーツだ。もちろん剛性や軽量化に貢献している。
あらゆる部分に軽量化の手が入る、とデレクは説明。たとえばシートはシートベースを軽量化することで大幅に軽くなることが知られている。
職人ワザのワイヤリングまた、ファクトリーマシンの見所の一つは、仕上げの美しさだ。特にワイヤリングは芸術的。いかにトラブルを未然に防げるか、というところでもプロの仕事の代表格。
USヨシムラのブレーキクレビスに通される精密さ。
クラッチレリーズ、あるいはドリブンスプロケットにもワイヤリングが施される。
レバー類も…
ステムヘッドは、もはや常識だ。
実際の所、かなりの部分がまだベールに包まれているガイコホンダ車。下田のマシンは、まだアマチュアから移ったばかりで、そのまま流用した部分もある。ここから下田は、プロモトクロスのシーズンオフに、すぐにスーパークロスへ移行することになるはずだが、またまったく異なる仕様のマシンへ慣れていかなければならないわけだ。
単に、パワーのあるマシンに乗れて戦闘力がある、というような話ではない。そもそも論、アメリカではパワフルなモディファイ車を扱えて、ようやく途が開けるようなところが85cc時代からある。下田のような育成プログラムのライダーは、特に若い頃から「チームが最高な状態にしあげた初見のマシン」を乗りこなさなければ、スキルがあるとは見なされない。そんなところも、感じ取ってもらえたらアメリカで戦う下田のディープな側面がみえてくるのではないだろうか。
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