チーム・ロータスの歴史に名を刻む幻の「102C」
プラモデルメーカーとして知られるタミヤ(静岡県静岡市)の本社ギャラリーには、F1マシン「ロータス102B」が展示されています。これは「F1(フォーミュラワン)世界選手権」に1958(昭和33)年から1994(平成6)年まで参戦していたイギリスの名門、チーム・ロータスが、1991(平成3)年シーズンに実戦投入したマシンです。
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日本国内で「ロータスのF1マシン」といえば、中嶋 悟が同チームに在籍していた1987(昭和62)年から1989(平成元)年シーズンの、全体に黄色いカラーリングのものが広く知られているでしょう。当時アメリカのR.J.レイノルズ・タバコ・カンパニーが販売していたタバコ「キャメル」のカラーリングですが、その「キャメル」は1990(平成2)年を最後にロータスのメインスポンサーから撤退してしまいます。
1991年シーズンはグリーンとホワイトのツートンになり、上述のタミヤや、建設重機などのメーカーであるコマツ(小松製作所)といった、日本企業複数社によるスポンサードが始まりました。またこの年のドライバーは、のちのワールドチャンピオン(年間ドライバーズタイトル)であるミカ・ハッキネンと、同年のル・マン24時間レースで「マツダ 787B」を優勝に導いたジョニー・ハーバートなどが在籍していました。タミヤ本社ギャラリーの展示車は、ミカ・ハッキネン仕様のカラーリングが施されています。
この展示車、実はいったん改造され「102C」を名乗り、イギリスのシルバーストーンサーキットを走行したことがあります。日本の自動車メーカー、いすゞのエンジンを搭載した、知る人ぞ知る幻の「ロータス102C」です。
ガソリンエンジンの技術力を示せ!
2019年現在の日本国内におけるいすゞ自動車は、ディーゼルエンジンを中心としたトラックのメーカーとしてのイメージが強いかもしれませんが、かつては「アスカ」「ジェミニ」など、ガソリンエンジンモデルをラインナップする乗用車の製造、販売をしていたこともありました。
そのいすゞがF1エンジンを作ることになったのは、「ガソリンエンジンの開発技術力向上(最新技術の習得、開発スピードアップ)を目指してのもの」と、当時を知るいすゞ自動車の社員は話します。
「自動車レース最高峰の、『グループC』レギュレーションである『スポーツカー世界選手権(3.5L NAクラス)』またはF1に参戦できるエンジンを作り、レース参戦を計画したのがきっかけでした」
1990年1月に企画設計を開始し、1990年12月末には初号機が完成、1991年1月よりベンチテスト(ダイナモメーターによる性能評価)を開始します。
「初号機での出力性能が目標を達成し、レースで十分戦えることが実証できたので、実車テストの段階に推移しました。初号機の性能が目標を達成しなかった場合、実車テストはありませんでした」
その実車テストですが、なぜロータスのマシンに載せることになったのでしょうか。ネット上などでもいくつかの噂が散見されますが、今回、改めていすゞ自動車に問い合わせたところ「1991年5月に、チーム・ロータスのスタッフ2名が日本のスポンサー企業を訪れた際、ある人物を介して紹介され会うことができ、テストすることとなりました」とのことでした。チーム・ロータスのスタッフと直接交渉し実現した、というのが真実のようです。
いざシルバーストーン!
こうして1991年8月6日と7日、いすゞの「P799WE 3.5リッターV型12気筒エンジン」を搭載したロータス102Cは、イギリスのシルバーストーンサーキットにて走行テストに臨むこととなりました。
1日目はショートコース(南コース)にて、車両、エンジンの機能チェックを実施したそうです。周囲ではマクラーレンのベルガーやティレルの中嶋、レイトンハウスのグージェルミンなどが同じくテスト走行に臨んでいます。そうしたなか、ロータス102Cはジョニー・ハーバートがステアリングを握り、ウェットコンディションのなかテストプログラムを順調に消化、のべ51周を走行したそうです。
2日目、グランプリコースにて引き続きジョニー・ハーバートのドライブにより、いよいよ本格走行テストに臨みます。マクラーレンのセナとベルガー、レイトンハウスのグージェルミンも同様のテストを実施していました。この日のロータス102Cも順調にプログラムを消化し、走行距離はのべ48周、距離にして251Kmにおよびます。ラップッタイムはマクラーレン・ホンダ(使用タイヤ、燃料などは不明)の5.3秒落ちでしたが、最高速は数km/h落ち程度で、つまり、その年のドライバーズ/コンストラクターズタイトル(年間個人/チーム優勝)を獲得したチームのマシンと、さほど遜色のない結果だったということになります。
ジョニーの手ごたえは上々!
2日間にわたるテスト終了後、ジョニー・ハーバートはいすゞ製P799WEエンジンについて、次のような感想を残しています。
・大変スムーズで振動が無い。
・車を乱すことなくとてもハンドリングの良い大変スムーズなパワーの出方をする。
・リミット回転を超えてもパワーが上がっているように感じる。
・エンジンブレーキが小さいがこれは問題ない。
・エンジンピックアップもレスポンスも良い。
なおロータス102Cは「エンジンそのものの重量増」「オルタネーター(発電機)が間に合わずバッテリーを搭載した」「計測機器なども搭載した」といった要因で、ジャッドV8エンジンを搭載するロータス102Bからは計40kgの重量増となり、オーバーステアになっていたそうです。前出の、当時を知るいすゞ社員は、こうした状況を考慮すると「ラップタイムよりドライバーコメントの方が重要な評価ポイントになります」と話します。
こうして上々の結果を残したいすゞのF1エンジン「P799WE」でしたが、しかし実際のレースに投入されることがなかったことは、のちの歴史が示すとおりです。
エンジン部品は10台ぶん作られ、7台が組み立てられ、そのうちの1台は冒頭のロータス102B同様、タミヤ本社にて展示されています。また、このとき組み立てられた7台のエンジンは、すべてが現存しているそうです。
●いすゞP799WE 3.5リッターV型12気筒エンジン
・バンク角:75度V型12気筒
・Bore(mm)×Stroke(mm)・排気量(cc):初期型 82×55.1・3492cc、最終型 85×51.3・3493cc
・圧縮比:13.0
・最高出力:765ps(563kW)/13500rpm
・最大トルク:42kg(412Nm)/11500rpm
・全長・全幅・全高:689.5mm・584mm・495mm
・重量:158kg
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