現在位置: carview! > ニュース > 業界ニュース > 【1969年日本グランプリの記憶(2)】ニッサンR382の速さに誰もが驚き、そして酔いしれた

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業界ニュース 2019.7.7
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2年連続のTNT対決で沸いた1969年日本グランプリを制したのは、この一戦が実戦デビュー戦となったニッサンR382だった。しかも予選は出場3台が1-2-3(ポールポジションは北野元)、決勝レースでも1-2(優勝は21号車黒沢元治)という圧勝ぶりだった。(タイトル写真は黒沢元治のドライブで1969年日本GPを制した21号車ニッサンR382)

前年1968年の日本グランプリを制した日産は完全新設計のマシン開発に着手
Rで始まる日産のプロトタイプレーシングカーシリーズは、打倒ポルシェを旗印にプリンス自動車が開発したR380 (1966年)が源流。(Webモーターマガジン)

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みんなのコメント

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  • wat*****|2019/07/08 22:49

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    今ではたいした馬力ではないが
    当時で600PS以上出ていたのには
    ちょっとビックリかな?
  • nan*****|2019/07/07 20:18

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    シャシレベルは、マクラーレン、ローラといった当時最先端のスポーツプロトタイプカーに迫るものだった
      ↑
    と言うか国産ワークスよりマクラーレン市販シャーシの方が勝っていた訳だけどね。
    R380はヨーロッパの競技車両を参考にした車両やけど、R381以降はカンナム参戦を考えている。
    言わばコンセプト変更やね、練習時は5Lエンジンを使用したが実戦では6Lを出しトヨタ陣営を完全に騙し討ちする。
    作戦立案·選手層の厚さ共に日産が上手だったと言える。
    因みにカンナム参戦に関しては北野元を最有力視していたらしいが、環境の変化によりカンナム参戦の計画は無くなった。
    時代背景を考えると止むを得なかったが、国内での成功とは裏腹にR381以降のプロト車は有る意味悲劇のレーシングカーで有ったのかも知れない。

    今日はSUGOにモトクロスを見に行った、凄いレースやったで。
    因みに今は新幹線の中(笑)。 

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