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業界ニュース 2019.4.29

【安いだけじゃダメだった】アメリカ車が送った日本への刺客の悲しい結末

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 団塊の世代の方々が若者だった1960年代までは、ボディの大きさも含めた流麗なスタイルや大排気量エンジンによるパワフルな走り、エアコン、パワーウィンドウ、パワステ、ATといった快適装備を備えたアメ車は憧れの存在だった。

 しかし1970年代に入ると燃費のよさやクオリティや信頼性の高さを理由とした日本車の台頭もあり、日本では潜在的な憧れはあるにせよ、アメ車はここ30年以上日本では販売不振が続いている。

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 しかしアメリカビッグ3も1990年代に日本市場開拓のため、打倒日本車を掲げて安い価格で勝負に出た時期もあった。

 当記事ではそんな日本に送り込まれたアメリカメーカーの刺客たちを紹介し、残念ながら失敗に終わった原因を考察していく。

文:永田恵一/写真:ベストカー編集部、YANASE、FORD、CHRYSLER

日本車に対抗して安さで勝負するも惨敗

クライスラーネオン(初代)
日本での販売期間:1996~1999年
全長4370×全幅1720×全高1370mm
直4気筒SOHC 1996cc 134ps/ 17.8kgm
価格:149万9000円(SE)

日本での販売増強を目論んで、ネオンの価格設定を日本車に匹敵するほどの低価格にした努力はすばらしかったが、安くて高品質の日本車を相手には安いだけでは難しい

 1994年のデトロイトモーターショーで登場したネオンは、「とにかく安い実用車」というコンセプトを持ち、特にアメリカでのスタート価格は約9000ドル(当時の為替レートで約90万円)を掲げた。

 車格を日本車で例えるとカローラやサニーといった大衆車といったところだが、全幅が若干大きく、3ナンバーサイズだった。エンジンも2Lという小さいながらもアメ車らしいボリュームがセールスポイントであった。

 ネオンは1996年から日本導入が始まり、価格は約130万円からと確かに安かった。しかし約130万円の廉価版はMTでエアコンもオーディオもなく、それなりの装備が着くグレードだと約180万円と、車格がひとつ上のコロナやブルーバード並みだった。

 そのうえATは3速で、各部のクオリティは日本車を基準にしたら信じられないほど低く、要するに同じ値段で買える日本車を買ったほうがずっといいというクルマで、成功する要因はひとつもなかった。

 ネオンは2代目モデルも2000年から日本で販売されたものの、今度は価格が200万円を超え、こちらも失敗に終わってしまった。

値引きなしのワンプライス販売が日本になじまず

サターンSW2ワゴン
日本での販売期間:1997~2001年
全長4520×全幅1695×全高1395mm
直4気筒DOHC 1901cc 126ps/ 16.8kgm
価格:168万円(ベースグレード)

1997年日本導入にあたりセダン、ワゴン、クーペの3モデルを投入したが、アクの強いフロントマスクは3モデル共通で、日本人の好みに合わなかったのも失敗の要因

 サターンは1990年代にGMが「それまでとはまったく違った新しいクルマの売り方」を展開すべく立ち上げたブランドである。

 サターンは値引きをいっさいしないワンプライス販売をセールスポイントとしていたのでディーラー(サターンではリテーラーと呼んでいた)に行ってもスタッフから声を掛けられることはなかった。

 これはアメリカでは画期的な新しいクルマの売り方で、実売価格の不公正感がないことなどで大きな支持を集め、トヨタにも影響を与えた。

 いろいろな意味で1997年から鳴り物入りで日本で販売が始まったサターンはSシリーズというモデルで、車格はコロナやブルーバードに相当し、1.9Lエンジンを搭載。

 ボディタイプはセダンのSL、ステーションワゴンのSW、左側がマツダRX-8のような観音ドアを持つクーペのSCの3つが設定され、価格は日本車より安い約160万円からだった。

 サターン自体はクオリティも特に悪くないし、ほかのアメリカからの刺客と違い5ナンバーサイズで価格も安かったのだが、やはり失敗に終わった。

 敗因としてはワンプライス販売が程度はともかくとして値引きが当たり前の日本では受け入れられなかった。多少価格設定の高い日本車でも、値引きしてもらえばサターンも日本車も値段は変わらない、「ならば整備関係などいろいろな意味で日本車のほうが安心」という、単純な理由ばかりが浮かぶ。

 ただサターンが日米で当たり前だった値引き販売に対するアンチテーゼを唱えたことは、日本でもサターンが販売された小さいながらもひとつの意義だったかもしれない。

安さを売りにするも日本車の敵ではなかった

ポンティアックグランダム(4代目)
日本での販売期間:1991~1996年
全長4785×全幅1740×全高1375mm
直4気筒DOHC 2392cc 152ps/ 20.7kgm
価格:230万円(SEセダン)

押し出しの強い昆虫系のフロントマスクが印象的なグランダム。乗り心地のよさなどセダンとしての快適性は備えていたが日本車に対抗できる品質はなかった

 グランダムは1990年代中盤のマークII三兄弟やディアマンテのようなボディサイズを持ち、250万円から300万円の価格でエンジンは2.4L、4気筒と3.1L、V6を積み、排気量を考慮してアメ車=外車として見れば一見安いというクルマである。

 しかしクルマ自体はエンジンの振動が大きい、ハンドリングが不自然、クオリティはライバルとして想像するマークII三兄弟やディアマンテに到底及ばないなど、ボディは大きくても実質的な車格はカローラやサニー相当だった。

 グランダムも「この金額出すならば日本車のほうがずっといい」という結論になるのは順当で、こちらも失敗に終わった。

欧州生産車でもあまりに地味すぎ

フォードモンデオセダン(初代)
日本での販売期間:1994~2001年
全長4490×全幅1750×全高1435mm
直列4気筒DOHC 1795cc 115ps/ 15.5kgm
価格:172万8000円(L)

欧州フォードが開発生産したモデルということでアメ車ではないが、フォードが日本に刺客として投入。モンデオは出来も悪くなく、価格も安かったが決定的な魅力に欠けた

 モンデオはヨーロッパフォードが生産、開発を行った日本車だとエンジン排気量ではコロナやブルーバードに相当するモデルだが、ボディサイズはもっと大きかった。

 日本では1994年から初代モデルがセダンとステーションワゴンのバリエーションで販売が始まった。

 初代モンデオは当時フォードが日本で力を入れ始めたのに加え、この頃日本で価格破壊という言葉がよく聞かれたほどのデフレが始まったのに呼応し、価格は約200万円からと日本車並みだった。

 モンデオは動力性能こそ平均的だが、ヨーロッパ製らしいシッカリした走りを備えており、純粋なアメ車とは違ったキャラクターを持っていた。

 ならば売れたかというと当初はディーラーがそれなりにあったのもありなかなか売れたのだが、長期的には成功しなかった。

 成功しなかった理由としては、モンデオはキャラクターはあったもののヨーロッパ車としては薄く、外車に触れたいならもう少し払ってでもゴルフやプジョー306などに流れるユーザーが少なくなかった。

 日本車にも日産プリメーラのようなヨーロッパ的なクルマもあり、ならば何度も書いた「日本車のほうが安心」というユーザー心理が挙げられる。

トヨタの販売力をもってしてもお手上げ

トヨタキャバリエ
日本での販売期間:1996~2000年
全長4600×全幅1740×全高1355mm
直4気筒DOHC 2392cc 150ps/ 21.4kgm
価格:149万9000円(2.4S)

シボレーキャバリエをトヨタブランドで販売。アメリカでは人気モデルだったキャバリエも日本人の琴線を刺激することができず、トヨタも大苦戦。次は何を押しつけられる!?

 キャバリエはかつてGMとの合弁工場をアメリカに持っていたトヨタが当時の日米貿易摩擦緩和のため、GMからのOEM供給の形で1996年に年間2万台の販売目標を掲げたモデルである。

 ボディタイプはセダンと2ドアクーペで、車格は日本車ならコロナやブルーバードに相当した。トヨタが販売するだけに右ハンドル化に加えウィンカーとワイパーレバーは日本車と同じ配置に変更し、価格は2.4Lエンジンを搭載しながら同クラスの日本車並みの約180万円からと安く設定し、CMには所ジョージさんを起用するなど、万全の体制が敷かれた。

 しかし、結果は大失敗に終わった。敗因としてはアメ車らしいトルクフルな走りではあったものの、ネオンほどではないにせよ日本車のような高いクオリティは備えておらず、「日本車並みの価格なら日本車を買ったほうがいいし安心」ということに尽きる。

 キャバリエはモデル末期には価格を約150万円スタートまで値下げしり、キャバリエ購入資金100万円プレゼントなども展開したがそれでも状況は好転せず、「トヨタがあれだけちゃんとやってもダメだった」ということだけが強く印象に残った。

 キャバリエは笛吹けどまったく踊らず、苦肉の策でセダンを白黒パトカー、覆面パトカーとして大量納入した。

アメリカメーカーは売り方の再考が必要

 普段意識することは少ないが、日本は日本メーカーが造る高品質なクルマを比較的適切な価格で買える非常に恵まれた国である。またクルマは基本的に長期間使う整備も必要な耐久消費財、道具である。

 このことを考えると、なんらかの強い個性か魅力を持たないアメ車を含めた外車が安くても日本で売れないというのもごく当たり前のことに感じる。

 もしアメリカメーカーが日本でクルマを拡販したいというなら、本国に近い適正価格を付けることを大前提に、優秀な実用車が溢れ返っている日本にはキャデラックのような高級車やカマロのようなスペシャリティカー、ピックアップトラックといった強い個性を持つか、日本車が弱いジャンルのクルマを導入するしかないように思う。

 そういった売り方をしている代表的なブランドはスポーツモデルのRSとカングーを中心としたルノーで、ルノーが日本で成長を続けている。

 ルノーの躍進を見ると、売り方を再考すればアメ車も日本で一応の数なら売れる可能性もそれなりにあるのではないだろうか。

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(ベストカーWeb 市原信幸)

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みんなのコメント

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  • qhc*****|2019/04/29 09:37

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    どれもダサすぎたから売れなくて当たり前。
  • kan*****|2019/04/29 09:38

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    愛車という言葉があるくらい、日本ではクルマに対する思い入れは強くなるのが当時は一般的であった。
    そんな場所に安価な移動手段というべきネオン、サターン、キャバリエがほぼ同じ時期に投入したのはどういう勝算があったのだろうか?ポンティアックグランダム以前にも、クライスラーオムニ/ホライゾンなど日本車キラーと言われたクルマがことごとく失敗に終わっている。同じ失敗を何度も繰り返すアメ車メーカーの学習能力が低いと思いがちだが、実際は生産コストに見合うぎりぎりの結果だったんだろう。それだけ日本人は低い給料でも精いっぱい複雑な工程をこなしてクルマを組み立てていたと言う事でもある。
  • nan*****|2019/04/29 09:16

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    欧州生産車でもあまりに地味すぎ

    モンデオは結構売れていたと思う、実際には中々良かったで。二輪の亀屋長純もワゴンボディに乗っていたな。
    ネオンはマスコミが騒ぎすぎた、日本車キラーと大々的に報道していたけどキラーになるのは無理。
    あと70年代のカネ持ちは基本的にアメリカ車に乗る事が多かったんや、ベンツは未だ未だ乗る方は少なかったな。

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