1980年代のWRCを席巻した「アウディクワトロ」。その舞台裏で、さらなる高みを目指したミッドシップクワトロの開発が秘かに進められていた。アウディスポーツの魅力を明らかにする短期集中連載の第2回目として、Motor Magazine2018年月号7月号に掲載した記事をお送りする。
突如として姿を表した幻のミッドシップ グループSマシン
あれは、2017年6月末にイギリスで行われた「グッドウッド フェスティバル オブ スピード」でのことだった。
出走車がスタート前に集まるアッセンブリーエリアと呼ばれる場所でカメラを構えていると、名ラリードライバーであるハンヌ・ミッコラがドライブする1台の見慣れないクルマが入ってきた。フロントに付けられたフォーシルバーリングスからアウディであることはわかったが、車名はおろか、その姿を見るのも初めてだった。
ただひとつ言えることは、どことなく愛嬌すら感じさせるボディデザインとは裏腹に、リアから発せられるエキゾーストノートは激しく、このマシンがただものではないことを伺わせていたことだ。
コンペティションシーンにおけるアウディの躍進は、フェルディナント・ピエヒ氏が1972年にポルシェから移籍してから始まったといっていい。開発担当重役に就いたピエヒは、フルタイム4WDシステム“クワトロ”の開発を推進。その成果として結実したのが、1880年発表のクワトロである。
早速、グループ4マシンとして仕立てられたクワトロは、1981年からWRC(世界ラリー選手権)にワークス参戦を開始。直列5気筒ターボエンジンのパワーと4WDの高い走破性で、1982年にメイクスタイトルを、1983年にドライバーズタイトルを奪取し、ラリー界に“ストラトス ショック”以来の革命をもたらした。
ところがグループBの時代になると、次第にプジョー205ターボ16が先鞭をつけたハイパワーミッドシップ4WDのパッケージングが主流となり、ショートホイールベース&ワイドトレッドに進化したグループBマシン、「スポーツクワトロ」にも陰りが見えてきた。
そこでアウディ開発陣は秘密裏にミッドシップグループBマシンの開発に着手。1985年型「スポーツクワトロS1」をベースに600ps(それ以上という噂もある)にチューンされた2.1L直5ターボエンジンを搭載した「スポーツクワトロ RS001」を製作し、1985年10月にわざわざ共産圏であったチェコスロバキアへと持ち込みヴァルター・ロール氏の手で隠密テストまで行っている(一説によると、RS001はピエヒ氏にも内緒で計画が進められたといわれており、オーストリアの雑誌にテストの模様がスクープされたことでピエヒ氏が激怒、計画は白紙に戻されたという)。
秘密裏に開発が進められた700psのモンスターマシン
1985年9月、FIAは安全性の向上を目指す代わりに生産台数をわずか10台に緩和したグループS構想を発表。それを受けアウディは従来とはまったく異なるマシンの開発をスタートさせる。
それがこのスポーツクワトロRS002だ。シャシは新設計の鋼管スペースフレーム製で、サスペンションは前後ダブルウイッシュボーン式。ファニーなボディは風洞実験の末に決定されたもので、主にグラスファイバーが用いられていた。現在は700ps(!)を発生する2.1L直5ターボエンジンがミッドに搭載されているが、当初の計画では6気筒エンジンの搭載が予定されており、その開発にはポルシェが深く関与したという噂もある。
こうして完成したRS002だが、1986年に相次いだグループBカーのアクシデントがその運命を変えた。ツール ド コルスにおけるヘンリ・トイボネン死亡事故を受け、FIAが1987年からのグループBおよびSの廃止を表明したのだ。これにより、アウディはすぐさまワークス活動を休止。併せて開発部門にはピエヒ氏からRS002(4台が作られたという説もある)の廃棄が命じられた。
アウディ社内に走行距離がわずか12kmのRS002が保管されていることがわかったのは、それからかなりの月日が経った後だ。そして16年にアウディトラディションの手でレストアが施され、その存在が初めて公となった。
ではなぜ、このRS002だけが生き伸びることができたのか? それはいまなお謎のままだ。(文:藤原よしお/写真:藤原攻三、Audi AG)
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