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業界ニュース 2019.2.2

平成に誕生するもすぐに消えてしまった短命のクルマ5選 Part.1

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2019年4月30日で平成の元号にピリオドが打たれる。平成という時代はバブル景気と大不況、阪神淡路大震災や東日本大震災といった甚大な災害が起きるなど、振り返ると激動の時代であった。激動だったのはクルマも同じで、流行り廃りも大きく変化した。そんな時代だけに、残念ながら短命だったクルマもある。今回は、その中から特に短命といえる販売期間が2年に満たないクルマを挙げてみた。文・永田恵一

1、三菱 プラウディア&ディグニティ(1999年12月から2001年3月)

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プラウディアは当時のデボネアの後継車、ディグニティはプラウディアのストレッチ版となるラージセダンである。
FFで3.5リッターV6と4.5リッターV8を搭載し、当時は和製キャデラックのようなキャラクターを持っており、快適で決して悪いクルマではなかった。だが三菱に高級車のイメージが薄かったせいか販売は低迷し、日本では短命に終わった。
しかしプラウディア&ディグニティは当時三菱と業務提携を結んでいた韓国のヒュンダイにも供給され、韓国では大成功を納めており、総合的に見れば悪いビジネスではなかったようだ。


2、三菱 エクリプス スパイダー(2004年10月から2006年3月)

エクリプスはアメリカにあった三菱とクライスラーの合弁企業であるダイヤモンドスターモータースで生産されていた、手軽なキャラクターのミドルクラスの2ドア車であった。
3代目モデルは、日本ではオープンのスパイダーだけが販売されたが、クセのあるスタイルやキャラクターの薄さに加え、当時の三菱のリコール隠しも仇となり販売は振るわず、短命に終わってしまった。


3、スバル インプレッサ リトナ(1995年1月から1996年9月)

初代インプレッサにあったリトナは、主にアメリカに向けた若い女性が「カッコいいから」と比較的軽い気持ちで買う2ドアクーペで、当時は同じようなコンセプトを持つトヨタ サイノスや日産 NXクーペが日本でも販売されていた。
インプレッサ リトナ自体は普通のエンジンしかなく、特徴に欠けるため短命に終わったものの、その代わりにリトナをベースにWRX STIの機能部分を移植したモデルが登場し、それがWRCのトップカテゴリーだったWRカーのベースになるという大化けを見せた。


4、スバル インプレッサXV(2010年6月から2011年10月)

初代インプレッサにはターボエンジンを搭載したスポーツワゴンの最低地上高を上げた、後のフォレスターや現在のXVに通じるグラベルEXというモデルがあった(グラベルEX自体は失敗に終わったが)。
3代目インプレッサにはグラベルEXの復活を思わせるクロスオーバーとしてXVが追加されたのだが、フタを開けると最低地上高は普通のインプレッサと同じで、極端に言えばルーフレールが付いているだけというモデルだったのに加え、ベースとなるインプレッサのフルモデルチェンジまでの期間も短かったため、短命に終わってしまった。
しかしインプレッサXVが4代目インプレッサ以降成功を納めているXVの布石になったという功績は決して小さくない。


5、ダイハツ ミラジーノ1000(2002年8月から2004年7月)

ノスタルジックなスタイルを持つミラジーノに1000ccの3気筒NAエンジンを搭載し、バンパーとフェンダーモールで僅かにボディサイズを拡大したモデル。
方向性に違いはあるにせよ、動力性能は660ccのターボと同等、室内空間も軽のミラジーノと変わらないということで、軽に対し高いコンパクトカーの維持費というデメリットだけが目立ってしまい、ブーンを後継車に短命に終わってしまった。

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