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センチュリーに乗る、センチュリーを語る──今尾直樹編

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センチュリーに乗る、センチュリーを語る──今尾直樹編

21年ぶりにフルモデルチェンジしたトヨタ センチュリーの実物を、筆者は今回の取材で初めて路上で目撃した。真横から見たときのCピラーとルーフラインに、ああ、これはロールズ・ロイスのファンタムにインスパイアされたのであるな、と即座に私は思った。中華の、のちには西洋の文化、文明を積極的に取り入れることで私たちニッポン人はこれまでやってきた。ニッポンを代表する、と自負する高級車が、ニッポンを表現している。まことに慶賀なことである。

トヨタ・グループの創始者である豊田佐吉生誕100周年を記念して1967年に発売となったトヨタ・センチュリーとはなにか? といえば、「日本の心を象(かたど)ったショーファーカーの最高峰」と同車のカタログの冒頭にある。その最新型のテーマは「継承と進化」である。そんなわけで筆者は、運転席ではなく、まずリア・シートにおさまった。試乗車は、革張りではなくて、おそらく世界的に見ても珍しいモケット表皮のシートでもって、乗るひとをおもてなししてくれる。

センチュリーに乗る、センチュリーを語る──大谷達也編

ウッドは天然のタモ材である。タモはモクセイ科の広葉樹で、家具のほか野球のバット等に使われている。ベースボールはニッポンの“国技”であるからして、まことニッポンの心を象っている。使用面積が少ないのは森林を大切にする江戸時代からの伝統であろう。貴重な資源は大切に扱うべきである。

後席センター・アームレスト内には各種スイッチが内蔵されており、それを適当に動かしていると助手席がスイーッと前方にスライドし、シートバックが折りたたまれて、その後ろの席のレッグルームがみるみる広がっていく。後席のシートバックは角度がゆるくなり、風呂上がりに電動マッサージ椅子でのんびり寛ぐような姿勢をとることができる。

設計者は、このクルマの特等席に乗るべき人物がつねに威厳と品位を保って座ることを求めていない。正座して駕籠に乗っていたサムライの文化ではなく、庶民文化をこそ称揚したいのだろう。たとえば大江戸温泉の座敷にある最高級リクライニングチェア、のようなものをつくりたかったに違いない。行ったことないので、そういうものがあるとして、の話。

そもそも、助手席が折りたたまれるなんぞという無粋が西洋のショーファーカーでは考えにくい。このメカニズムはつまるところ、おつきのひとは必要ありませんという宣言になっている。だって、秘書とかマネージャーとか、あるいは侍従とかと呼ばれるようなひとはどこに乗ればよいのか? 座るところがない。残っているのは運転席の後ろの席、ご主人の隣しかない。外から見たら、それはご主人と同格、お友だちということを意味する。

この助手席折りたたみシステムは、寝具、ふとんは折りたたんで押し入れのなかに片付けます、という美しいニッポンの生活慣習を表現してもいる。ニッポンは海に囲まれた島国であって、面積こそイギリスの1.5倍あるけれど、国土の7割が森林で、可住面積はイギリスの半分、そこにイギリスの2倍の1億2000万の民が暮らしている。限られた土地はみんなでガマンして使うべきだという天然自然の理想主義的思想をこれほど具体的に示した高級車は、ニッポンでしか生まれ得ない。

新型センチュリーのホイールベースは、先代比65mmも延びているとはいえ、3090mmにすぎない。これは、メルセデス・ベンツSクラスの標準ボディより65mm長く、ロング・ボディより75mm短い。世界に冠たるメルセデスの旗艦の、ほぼ真ん中を選んでいるわけである。中庸を重んじるニッポン人らしい、といえるのではあるまいか。

後席の乗り心地は現代のロールズ・ロイスが主張しているような「魔法の絨毯の乗り心地」が世界最高だとすると、価値観が大いに異なる。フロア剛性はさほど高くなく、フラットとはいえない。しかしながら、私たちニッポン人は移動時において、快適な乗り心地というものを求めない民族なのである。もしもそれが求められるのであれば、駕籠のような窮屈なもの(乗ったことないですけれど)、あるいは人力車のような乗り心地の揺れるものは普及しなかっただろう。世界に誇る“新幹線”でさえ、あれほど揺れる。それらに比べれば、その進化たるや、すばらしい。

インテリアはモケット張りで電化製品満載とはいえ、清貧の思想が感じられる。電動ウィンドウなどのスイッチ類に見覚えがあるのは汎用品を使っているからだ。必要ない、と見切ったところには思い切ってカネをかけない、という設計者の思い切った決断が伝わってくる。いくら売れても儲からなければ、「継承と進化」はできない。神は細部に宿る。ニッポン国のリーダーに求められているもの。それは大胆な決断である。このクルマはそのことを教えてくれる。先進国と呼ばれる国のなかで、異例に大きな借金で成り立っている中央政府と地方政府をもつ国のリーダーのためのクルマである。贅沢は敵だ。

労働は美しい。勤勉こそ私たちニッポン人の美徳である。新型センチュリーの車内にあって、もっとも幸福な時間を過ごすのはドライバーである。いまやレクサスの最高級モデルでさえもっていない5リッターV8+電気モーターのシステム最高出力431psは、ドライバーへの報酬というべきである。

それにしても、フロント・グリルに輝く黄金の鳳凰のマークは見事な出来栄えで、一見してカネがかかっている。カタログには、「江戸彫金の流れをくむ現代の工匠」が「鏨(たがね)と槌(つち)に魂を込めて彫り上げた金型は、品格を守りながら、躍動する翼のうねりや繊細な羽毛の表情を鮮やかに描き出しています」とある。初代以来、センチュリーがシンボルとしていただく鳳凰は、伝説上の瑞鳥(ずいちょう)とされる。瑞鳥とは、「めでたいことが起こる前兆とされる鳥」だそうで、だれもがすぐに連想するのは11世紀に建立された京都の宇治平等院鳳凰堂であろう。高級車なのに平等院なんである。鳳凰のマークは、20世紀のはじめ、西洋の階級社会から生まれてきた高級車とは異なる、ということを象徴している。

「日本の心」はひとつではなくて、矛盾を含み、いろいろなのである。

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