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業界ニュース 2018.8.1

実は今年40周年! 三菱 ミラージュの昔と今

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実は今年、三菱ミラージュが40周年を迎えた。

1978年に彗星のごとくデビューした初代は衝撃的だった。鋭角的でクリーンなデザインは日本車離れしていて、極めて斬新だったのだ。

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当時はまだマニュアルト・ランスミッション全盛で、当然ミラージュもマニュアルのみの設定だったが、三菱初のFFであるミラージュはパワートレーンのレイアウトの関係からエンジンのアウトプットを逆回転にする必要があり、それを利用して副変速機を設けていた。つまり4速の主変速機に4速の副変速機を持っていたので8速マニュアルだったのだ。メインシフトレバーの脇にサブシフトレバーが生えているという奇妙な構造だった。

このスーパーシフトで思い出すのは、ヨコハマタイヤがプロモ―トするラリーの名門、「ADVAN RALLY TEAM」の使用機材のミラージュだ。1.6リッター直4SOHCのサターンエンジンは軽快によく回った。

シングルキャブのままで、パワーのアドバンテージこそなかったが、軽量ボディと腕っこきのドライバーのおかげで華々しい戦績を残している。

同車をテストしたことがあるのだが、超クロースレシオになる8速はありがたいものの、素早いシフトをしていると、ご推察のように途中でこんがらがる。シフトアップはまだしも、頻繁にシフトダウンを繰り返すとどこに入って、何をしているのかわからなくなったものだ。

このスーパーシフトは後日、将来の4WDラリー車の実験台として実戦テストをした三菱 コルディアでも悩まされたが、ミラージュのテストをしているときは、まさかそんなことになろうとは思ってもいなかった。

この4×2のスーパーシフトは1983年にデビューした2代目ミラージュの早いタイミングで普通の5速MTになった。2代目ミラージュでは、同車を用いたワンメイクレースが開始されたことが強く印象に残る。「ミラージュカップ」と呼ばれたこのレースはそのあと、5代目ミラージュで終焉した1998年まで続き、シビックと並び日本におけるワンメイクレースの代表的存在であった。

ミラージュカップには多様なドライバーが参戦しており、筆者もハンドルを握ったことがある。ターボカーのドライビングは自然吸気エンジンとは多少異なって、ブーストをいかに効果的に使うことができるかでラップタイムが違う。そのコツを掴むまでちょっと悩んでしまったのも懐かしい。

当時、三菱自動車のレースサポート体制は素晴らしく、ブーストコントローラーの管理などで厳しく性能の均一化を図り、エンジンパワーによる差が出ないようにしていた。それでもチームは工夫する。丁々発止のあの手この手を使って涙ぐましくタイムを削っていった。

CMでは2代目ミラージュはエリマキトカゲで一世を風靡したが読者は覚えているだろうか?

3代目ミラージュはバブル真っ盛りの1987年、兄貴分のギャランを彷彿とさせるサイドデザインで登場した。スポーツグレードはサイボーグと呼ばれ、1.6リッター直4ターボモデルになった。

サイボーグでは何戦かラリーに参戦したのだが、実はあまり記憶にない。全日本選手権に参戦していた最後の頃で、KYBのスポンサーカラーで走っていたはずだが、どうも相性が悪かったらしく、大きな白いメーターパネルとナビゲーターの読み上げるタイムが記憶に残っているぐらいで、不思議なほど覚えていない。成績も残っていなかったはずなので、嫌なことは忘れる性格が遺憾なく発揮されたのだろう。

当時の三菱は新しいこと、面白いプロモーションを仕掛けており、この3代目ミラージュも世間は好感を持って受け入れていた。松任谷由実のさまざまな楽曲を起用したCMも懐かしい。もしかするとミラージュのピークはこの3代目だったかもしれない。

次の4代目ミラージュは我が家にあった。我が家のアシとして使っていたのだ。エンジンはDOHCの1.5リッター直4を選択した。ミラージュを選んだ理由は、丸っこいデザインと何よりもCMに出演していた深津絵里のファンだったから、というのはまんざら嘘でもない。

ボディカラーはカタログだけ見て選んでとんでもないことになった。納車日に家内から悲鳴のような電話があった。綺麗なグリーンのつもりだったが、実際は陸上自衛隊の連絡車のようで、イメージとはまったく異なっていた。

だが、そのカラー通り、我が家のミラージュは過酷な使用条件にもめげず頑張って働いてくれた。でももう少し可愛いカラーだったら家族の愛情はもっと深く、大事にされていたかもしれない……。

振り返ってみると、三菱は技術志向の強い会社で、新しいメカニズムに果敢にチャレンジしている時代が長かった。否、今でも独創的なPHEV(プラグ・イン・ハイブリッド・システム)につながる技術を持つ会社なのだが、当時はその技術をアピールするプロモーションにも目を見張るものがあった。

しかしバブル崩壊、リーマンショック、相次いだ不正事件で三菱ブランドは失墜し、それに伴い技術が停滞、そしてプロモーションも限られ、かっての勢いは低下してしまった。当時の隆盛を知る者としては寂しい限りだが、最近、復活の狼煙があげられていることに少し希望を感じている。

で、唐突だが歴代ミラージュで一押しはと言えば、やはり初代のミラージュだ。コンパクトハッチバックの市場に打って出るという気構えと、自ら変わっていこうとする意志を強く感じ、インパクトが強かった。

現行ミラージュは新興国市場のエントリーモデルの役割が主で、日本は従だ。作りやすそうなデザインだが、もう少し活気のあるデザインにしてほしかった。初代ミラージュの心意気が懐かしい。自衛隊の連絡車カラーの当時とは違って、今の三菱は綺麗な色が揃っているのだから。

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(GQ JAPAN 日下部保雄)

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