消費者の要求を徹底的に検証し、ニーズを満たすことは自動車開発のみならず、すべての工業製品にとって重要なことだろう。しかしあまりにも消費者のいうことを聞きすぎて、結果として失敗してしまったクルマもある。
やはり名車には消費者の想いを汲むこと、そして取捨選択を決断するような開発者の強いリーダシップが必要なのだろう。と、いうことで今回は消費者のいうことを聞きすぎて失敗してしまったクルマを紹介しよう。
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文:渡辺陽一郎/写真:ベストカー編集部
■ユーザーの不満を聞いたら魅力が消えたクルマがある!?
「お客様は神様です」という言葉がある。「お客様を神様のように大切に考える」という意味なら、すべての商売に当てはまるだろう。しかし「お客様は神様だから、必ず言うことを聞く」と解釈すれば間違いも生じる。
1994年に発売された2代目セフィーロは、運転席エアバッグを全車に標準装着しながら、4輪ABSはオプションだった。重要なのは事故を未然に防ぐことだから、エアバッグよりも4輪ABSを優先して装着すべきだ。
作動頻度も4輪ABSが圧倒的に多い。それなのにエアバッグを優先させた理由を開発責任者に尋ねると「装備の優先順位にはいろいろな考えがあるが、お客様が欲しがるのは4輪ABSよりもエアバッグだ」と返答された。
2代目セフィーロのエアバッグだけ標準装備というのは、安全面で考えれば実に中途半端になってしまった。たしかに消費者はエアバッグを望んだが……
当時のTV・CMでは、衝突時にエアバッグが風船のように膨らんで乗員を受け止めるスローモーション映像が多く使われ、大半の視聴者が爆発に相当する激しい作動を誤解していた。
また4輪ABSは仕組みが分かりにくく、エアバッグを欲しがっても無理はなかった。
快適装備であれば、ユーザーが欲しがる装備を素直に充実させれば良い。ところが安全装備は乗員の生死に影響を与える。クルマ造りのプロとして、開発者の考えを優先してこそ「お客様は神様」の考え方に基づく。
しかし2代目セフィーロはそれを怠った。エアバッグの標準装着も人気を高めて販売面では成功したが、安全をめぐるプロの仕事は中途半端であった。
■「不満はないか」と聞くと、人は欠点を探す
1995年に発売された2代目インスパイアがそれだ。
初代インスパイア(アコードインスパイア)は、1989年に発売された4ドアハードトップでヒット作になった。全高を1355mmと低く抑え、発売時点では直列5気筒2Lエンジンを縦置きに搭載した。
後席が狭いというネガを消したら魅力が消えてしまった2代目インスパイア
前輪駆動でもボンネットが長く、5ナンバー車でありながら3ナンバー車のような存在感が伴ってカッコ良かった。
それでも顧客に意見を求めると「天井が低いために車内も狭く、ファミリーカーとしては使いにくい」という。
そこで1995年に発売された2代目は、全幅を1785mmに広げて3ナンバー車になり、全高は50mm持ち上げて居住空間を広げた。「後席が狭い」という批判は聞かれなくなったが、売れ行きは急降下した。
初代インスパイアのカッチリしたデザインは「かっこいい」イメージが強かった。たしかに後席の居住性などには課題があったのだが……
理由は「神様」の声を聞いて車内を広げた代わりに、外観のカッコ良さが薄れたからだ。カッコ良さはインスパイアにとって最も大切な魅力だったから、車内を広げても販売面では失敗に終わった。
広くて快適なLサイズセダンは、ほかにもたくさんあるから、インスパイアがそれを真似る必要はなかった。この件に限らず、ユーザーに「不満はないか」と尋ねれば、欠点を探してそれに返答する。
改善するのは良いことだが、改善したことで従来からの魅力を損なうと販売に悪影響を与えてしまう。
■消費者の本音を見抜けなかったクルマ
別のパターンでは「そこはあまりこだわらない」という市場調査結果を得たのに、本当はこだわっていて、売れ行きを下げた失敗もある。
ダイハツの開発者によると、2代目ダイハツブーン/トヨタパッソを開発するにあたって女性ユーザーを対象に市場調査を行うと、「小回り性能などの実用性は重視するが、走りと質感にはこだわらない」という結果が得られたという。
当時のブーン/パッソはダイハツとトヨタの共同開発で、最終的な開発方針は、市場調査を尊重するものになった。
その結果、2010年に発売された2代目ブーン/パッソは、初代モデルに比べて質感が低かった。内装の造りに加えて、操舵感まで曖昧なのには驚いた。
特に13インチタイヤ装着車は、路上駐車している車両を避ける時も、進路の調節がしにくくて気を使った。グローブボックスが省かれてトレイになり、車検証は重要書類なのに荷室のポケットへ突っ込まれた。
たとえユーザーの調査から「走りと質感にはこだわらない」という結論が得られても、2代目ブーン/パッソは行き過ぎで、「モノには限度があるだろう!」と感じた。当然に売れ行きも伸び悩んだ。
そこで2016年に発売された現行ブーン/パッソは、開発から生産までダイハツが一貫して受け持ち、トヨタパッソはブーンのOEM車になった。
報道発表時の資料には「国内ユーザーの声に耳を傾け、ダイハツが軽で培ってきたノウハウを小型車に展開することで、スモールカー全体のレベルアップを図る」と記載されている。
コンパクトカーの難しさに直面したブーン/パッソ。小さいボディでたくさんの要求を満たすのは難しい
以前は小型車のノウハウを軽自動車に展開してレベルアップを図ったが、2代目ブーン/パッソ以降は逆で、軽自動車が小型車の手本であり、目標になったことを示している。
改めて振り返ると、2008年のリーマンショック、これに続く2009年の景気低迷もあり、2010年発売の2代目ブーン/パッソと同年発売の3代目(現行)ヴィッツには、コストを費やしにくい事情があった。
その言い訳に「走りと質感にはこだわらない」調査結果が利用されたようにも思える。
■消費者のニーズを満たすスバルにも失敗したクルマがある!?
他社と違ってスバルは、ユーザーの声に耳を傾けて商品開発を行えば、ほぼ確実に好調な販売に直結する幸せなメーカーだろう。歴代WRXと、その特別仕様車などは典型だ。しかしエクシーガは失敗した。
1990年代の中盤以降、セダンは日本のユーザーを軽視した海外向けの商品になり、ミニバンが急速に売れ行きを伸ばした。
そこでスバルは2001年から、オペルザフィーラの姉妹車となるGMタイ工場製のトラヴィックを輸入販売したが、売れ行きは伸び悩んだ。
これを受けて「スバルらしい多人数乗車の可能なクルマ」について社内で議論を行い、市場調査も含めて導き出したのが「7シーターパノラマツーリング」のコンセプトだ。これに基づいてエクシーガが開発され、2008年に発売された。
エクシーガのエンジンは水平対向4気筒の2Lでターボも用意され、外観はレガシィツーリングワゴンに似ている。4WDも設定されて走行安定性が優れ、3列シートのミニバンなのに運転すると楽しい。
まさにスバルとそのユーザーが思い描くようなミニバンであった。
エクシーガは水平対向エンジンを搭載した3列シートミニバン。スバリストの夢を叶えたようなクルマだったが……
ところが売れ行きは伸び悩んだ。「スバルらしいミニバン」を求めるユーザーが少数にとどまったからだ。スバル車を購入する人は、基本的にミニバンを好まない。
仮にスバル車のユーザーに子供ができてミニバンが必要になれば、発想を切り換えて、セレナやヴォクシーなど多人数乗車と積載性を重視した車種を選ぶ。
つまりスバルのクルマ造りとミニバンは、本質的に親和性が悪いのだ。天井が低めでスライドドアを装着しないエクシーガは、ミニバンユーザーからも、スバル車のファンからも敬遠されて販売が低迷した。
後年には仕方なくSUV風のクロスオーバー7に発展させている。今のマツダがミニバンを扱わないのも、同じ理由だ。神様の声にも限界があり、ブランドイメージを超える商品を成功させるには、相当な困難が伴う。
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