ドイツの長い冬も、ようやく終わりが近付いてきました。厚い氷に覆われていた湖も少しずつ溶け、森にも鳥のさえずりが戻ってきています。天気が悪い日は雨がしとしとと降るのみで、雪やみぞれに変わることはほとんどありません。そんな雨の日に、少し懐かしく、また日本ではあまり馴染みのないハッチバックと出会いました。雨に濡れた緑色の車体が艶かしい、ランチア・Y(イプシロン)です。
エンリコ・フミアの手によるデザイン
美の競演!ドイツ屈指の旧車イベント「レトロ・クラシックス・ミーツ・バロック」
ランチア・イプシロンは、イタリアの名門ランチアのボトムを支える、プレミアム・コンパクトカーです。写真の個体は、1995年から2003年にかけて生産された初代モデル。ランチアのネーミングはギリシャ文字に由来するものが多く(ベータ、ラムダ、ガンマ、デルタ、カッパなど)、イプシロンもその伝統を受け継いでいます。ギリシャ文字「Y」で「イプシロン」と発音しますが、実はドイツ語のアルファベットも「Y」を「イプシロン(またはユプスィロン)」と発音します。
イプシロンのプラットフォームは、同グループのフィアット・プントのものを切り詰めて使用していました。5ドアはなく、3ドアのみのシンプルなグレード構成でしたが、その流れるようなデザインは多くの人の心を掴み、8年間に約80万台を生産するヒットモデルとなります。エクステリアのデザインを担当したのはエンリコ・フミア。ピニンファリーナを辞めた後、当時ランチアのデザインセンターに所属していました。エンリコ・フミアはアルファ・ロメオの164やスパイダー、GTVなどのデザインでも知られています。
自分好みのデザインに仕立てる!
メタリックグリーンのボディに、クロームのグリルと流れるようなデザインのサイドミラー。O・Zレーシング製の6本スポーク・アルミホイールにスタッドレスタイヤを履いていますが、よく似合っていますね。イプシトロンの最大のセールスポイントはこの美しくも個性的なスタイリングと、豊富なカラーバリエーション。ボディカラーは標準の12色の他にオプションで100色が用意され、内装もアルカンターラや本革といった素材や、トリム、カラーを選択することができました。多くの選択肢から自分好みのクルマを作り上げる、というスタイルは好評を持って受け入れられ、イプシロンはデビュー直後から大成功を収めます。
ランチア・イプシロンはルノー・5の高級仕様「バカラ」などと並び、現在のプレミアムコンパクトカーの流れを作った1台と言えるでしょう。現在のMINIやフィアット500などの豊富なカラーバリエーションや、インテリアの豊富なオプションなども、イプシロンの成功が少なからず影響を与えていると考えられます。また、インテリアのセンターメーターなどといった1950~1960年代のデザインモチーフを再び取り入れ、1990年代に復活させたということも特筆すべき点ですね。
現在のランチアは1車種のみの生産
イプシロンは2003年に2代目モデルにバトンタッチ。2011年からは3代目モデルの生産が開始されました。そして2018年現在、この3代目イプシロンがランチア唯一の生産車となっています。というのも、FCA(フィアット・クライスラー・オートモービルズ)傘下でブランドの整理や車種削減が進んだ結果、ランチアはイタリア国外での販売を停止。イタリア国内だけでわずかに1車種のみが販売されているという、往年のランチアファンからするととても寂しい状況になっているのです。
2015~2016年には「ランチア・デルタ・インテグラーレが復活する」という噂がにわかに浮上したことがありましたが、その後の進展についてよいニュースが入ってくることはありませんでした。マセラティはSUVなどの成功でブランドの立て直しに成功、アルファ・ロメオは新型車を精力的に発表しながら2018年にはF1に復帰…同じグループ内の、かつての名門ブランドたちの輝きに比べて、ランチアだけが不遇の今を過ごしている感は否めません。
イプシロンだけでなくランチアのクルマ自体、現在のドイツ国内ではあまり見かけることはなく、希少な存在となってきています。このままブランド消失か、華麗に復活するのか。かつての名門ブランドが再び元気になって戻ってくることを願わずにはいられません。
[ライター・カメラ/守屋健]
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