軽量化を目指して鋼管スペースフレームのTTが登場
現在の世界耐久選手権(WEC)の前身であるスポーツカー世界選手権。幾度となくレギュレーションや名称の変更が行われてきたレースシリーズである。1968年からの世界メーカー選手権の頃の名マシンを紹介する当企画。アルファ・ロメオtipo33の後編をお届けする。
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専用設計の2リッターV8エンジンを3リッターまでスープアップ、60年代終盤から70年代序盤に掛けてメーカー選手権に臨んだものの、念願のタイトルには一歩届かなかったアルファ・ロメオ/アウトデルタだったが、70年代中盤にはカルロ・キティのデザインした3リッターの水平対向12気筒を搭載した発展モデルが登場、悲願の王座を手に入れている。
デビュー3シーズン目となった71年に、ブランズハッチ(サーキットレース)、タルガフローリオ(公道レース)、ワトキンスグレン(サーキットレース)と3勝を挙げ、ほかにも2位2回、3位3回と安定した強さを見せ、ポルシェに次ぐシリーズ2位の座に就いたことでアルファ・ロメオTipo 33/3には翌72年シーズン、タイトルの期待が一層高まることになった。だがふたを開けてみるとタイトルはフェラーリが奪回。
アルファ・ロメオはまたもシリーズ2位に終わってしまった。しかもフェラーリは、全11戦中、ワークスが参戦しなかったル・マン24時間を除いて10勝をあげ、それもうち8戦は1-2フィニッシュという圧勝ぶりだったが、この辺りはまた回を改めて、フェラーリをフィーチャーした際に詳しく紹介することにしよう。
閑話休題、タイトルさえ期待されていたアルファ・ロメオにとって72年シーズンのメーカー選手権は、タルガフローリオの2位がベストリザルト。ほかに3位入賞が5回と散々なシーズンとなってしまったのだった。もう少し詳しく見て行くと72年の主戦マシンはTipo33TT3。
一部ではTipo 33/3TTとの表記もあるがアルファ・ロメオでは公式的にTipo33TT3と呼ばれている。TTはTelaio Tubolare、つまりはチューブラー・フレーム(鋼管スペースフレーム)を意味している。前年、71年シーズンのタルガフローリオでデビューしたもので、エンジンはTipo 33/3用の3リッターV8のチューニングを進めて継続使用したが、ライバルに比べて重いことが災いしたようだ。
73年にはカルロ・キティが手掛けた水平対向12気筒を搭載
そこで73年シーズンに向けてはエンジンをより強化したニューマシンを投入することになった。それがTipo33TT12。TTの後に12が追加されていたことからも分かるように、搭載されたエンジンは、カルロ・キティが手掛けた水平対向12気筒ユニット。
当初は450馬力とされていた最高出力も、後には510馬力にまでパワーアップ。当時のF1GPマシンと比較してもひけを取らないだけのハイパワーを誇っていた。一方でロールバーまで覆ったボディカウルは、ダルなノーズやショルダーの峰にフィンを生やす独特の空力理論でデザインされていた。
しかしTipo33TT12のデビューは、悲惨な結果に終わってしまった。73年シーズンも中盤、全10戦シリーズの折り返しを迎える第5戦・スパ-フランコルシャン1000kmに初めて姿を見せたTipo33TT12は、一部間に合わなかったパーツを現地調達して走り始めたがトラブルが続出。結局本番に駒を進めることはできなかったのだ。
仕切り直しのデビュー戦となったタルガフローリオではロルフ・シュトムレンがレース中のベストラップをマークして、そのポテンシャルの一端を見せたものの、やはり結果には結びつかず。
その後もリタイヤの連続でシリーズ終盤、第9戦のエステルライヒリンク1000kmでは、特徴的だったリヤカウルを、エンジンカバーをフラットにしてロールバーを露出させる、コンサバな形状にコンバートしてきたが、そこでも結果を残すことはできず。最終戦のワトキンスグレンはついに出走を取りやめるという、惨憺たるデビューシーズンを送ることになった。
翌74年シーズン、Tipo33TT12は開幕戦のモンツァで見事な1-2-3フィニッシュを飾ることになる。その後も3度、2位入賞を飾ったが、第2戦以降はマトラが連勝、前年に続きメーカー選手権を2連覇。明暗を分けている。
そんな経緯から、当初はシリーズからの撤退も噂された75年シーズンだったが、ドイツのウイリー・カウーゼンのチームからエントリーしたTipo33TT12は全9戦のシリーズで7勝を挙げ、念願のメイクスタイトルを手に入れることになる。
シリーズを2連覇したマトラが顔を見せなかったとは言うものの、アルピーヌ・ルノーとポルシェのターボ勢に加えて、DFVを使用するリジェやガルフ・ミラージュなど錚々たるメンバーを相手にしての結果だけに、評価は高い。ようやく、本来のポテンシャルを発揮できるようになった、ということだろうか。
翌76年シーズン、アルファ・ロメオ/アウトデルタはニューマシンを投入している。それがTipo33SC12。前年の主戦マシンだったTipo33TT12との違いはシャーシ。Tipo33TT12が鋼管スペースフレームだったのに対してTipo33SC12はアルミモノコックフレームが採用されていた。ちなみに、SCはscatolato(イタリア語で箱の意)から命名されたもの。
エンジンは、Tipo33TT12から継続して水平対向12気筒を搭載。ダルなノーズにショルダーの峰、ロールバーをカバーしたリアカウルにインダクションポッドを持つボディにも大きな変更はなかった。
ラストシーズンは8戦8勝で2度目のタイトルを獲得
そのTipo33SC12だが、デビューシーズンの76年には苦戦を強いられてしまう。フル参戦も叶わず、第4戦のイモラで2位に入ったのがシーズンで唯一、スポットライトを浴びた瞬間だった。しかし翌77年は状況が一転する。
全8戦のシリーズで無傷の8連勝を飾ることになったのだ。もっとも、ポルシェの軸足はグループ5=シルエットフォーミュラに移り、その他のライバルたちもシリーズとは無縁となったル・マン24時間に興味が移ったことから強がなライバルがいなかったことも幸いしたのだが。それでも全8戦を完全制覇、というのは評価されるべきだろう。
ちなみに、シリーズ最終戦のザルツブルグでは排気量を2124ccに縮小、ツインターボを装着した新エンジンをテスト。パワー自体は上まわったものの、重量増加もあってトータルのパフォーマンスでは3リッターNA版には届かず、総合2位に留まっていた。いずれにしてもこの77年でアルファ・ロメオのスポーツプロトタイプのプロジェクトは休止。アウトデルタはF1GP用12気筒エンジンの開発に傾注することになった。
深紅のボディにノーズのホワイトが映える#2号車は、75年式のTipo33TT12。カルロ・キティが手掛けた新エンジンは水平対向12気筒だった。やはり深紅のボディでノーズとサイドにダークブラウンのストライプが走る#1号車は77年式のTipo33SC12でシリーズ最終戦に登場したターボ仕様。ともに今年4月にアルファ・ロメオ歴史博物館で撮影。
一方、そのターボ仕様と同じカラーリングだが、何故かフェルネット・トニック(FERNET TONIC=アルコール飲料)のロゴが剥がされた“下地”状態でナンバーさえもない車両は77年式Tipo33SC12のNA仕様。2015年の2月にオランダのローマン・コレクション(=国立自動車博物館)で撮影した。また#2号車と同じく深紅のボディにノーズのホワイトが映える#12号車は、2013年の10月に都内は台場で行われたモータースポーツジャパンで撮影したものでスズキのフォーミュラKeiをベースに製作されたというレプリカだ。
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