乗車券売機の外付け決済端末を巡る競争
キャッシュレス決済による乗車の仕組みが広がる一方で、あまり注目されないのが乗車券売機のキャッシュレス決済対応である。だが、この動きも、日本の公共交通で進む技術の変化や事業のあり方を考えるうえで見過ごせない話題だ。
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もっとも、対応は簡単ではない。例えば、乗車券売機でPayPayなどのコード決済を使えるようにする場合、対応に合わせて券売機そのものを全面的に入れ替える方法は、かかる費用に見合う効果を考えると現実的ではない。そこで注目を集めているのが、今ある乗車券売機に外付けで取り付けられる決済端末である。
高額な設備更新を避け、今ある券売機を生かしたまま必要な機能だけを加える方法は、鉄道事業者にとって理にかなっている。それだけではない。地域の公共交通を支える自治体や国にとっても、限られた予算で駅の機能を新しくしていく手段となる。
高機能な自動改札機をすべての駅へ導入することが費用面で難しい路線では、外付け型の決済端末が地域ごとの決済環境の差を縮め、駅のデジタル化を着実に進める方法として広がりつつあるのだ。
リッチクライアント方式による安定運用
具体例として、2025年8月7日に公表された取り組みがある。この日、エム・ピー・ソリューション(東京都港区)は、小湊鉄道の光風台駅と上総牛久駅の乗車券売機に、物販向け端末「IM10」を導入したと発表した。飲料自動販売機や店舗で使われてきた決済機器が、そのまま鉄道の乗車券売機へ広がる動きが続いている。
同社のプレスリリースでは、「IM10」の特長について次のように説明している。
「自動機で採用されている物販用端末はシンクライアント方式が多い中、「IM10」はリッチクライアント方式であるため、安定した速度で決済ができることが評価されています」
サーバー側で決済処理を行うシンクライアント方式に対し、リッチクライアント方式は端末側で処理を完結する。このため、高性能なプロセッサーが必要となり、端末そのものの製造費は高くなる。一方で、乗車券売機を丸ごと入れ替える場合と比べれば、外付け端末の導入費用は大幅に抑えられる。
さらに、リッチクライアント方式は山間部などの通信環境やサーバートラブルの影響を受けにくく、安定した処理を続けられる強みがある。処理の遅れや停止が許されない鉄道の運行や車内改札、人手の少ない駅での運用では、この安定性が日々の業務を支えている。
こうした他分野で育った決済の仕組みを取り入れることで、既存の乗車券売機は交通系ICカード、タッチ決済対応のクレジットカード、コード決済、各種電子マネーまで幅広く受け付ける窓口へと変わりつつあるのだ。
低予算での機能刷新を支える官民連携
具体例として、ルミーズ(長野県小諸市)が手掛けるマルチ決済端末「salo-01」の動きも注目される。公式発表資料では同機の導入が中心となっているが、現在では後継機となる「salo-02」も展開されている。一連の導入実績は、この技術が少しずつ現場へ広がっていることを示している。
2023年4月1日には、しなの鉄道線の軽井沢、小諸、上田、屋代の4駅で「salo-01」の先行導入が始まった。これにより、対象となる4駅の乗車券売機でクレジットカードによる乗車券購入が可能になった。
この導入を伝えたルミーズのプレスリリースには、地方の交通事業者が抱える事情も記されている。
「首都圏以外では、キャッシュレス決済端末が搭載された自動券売機は少なく、特に交通系電子マネーの利用エリア外にある地方の私鉄では、キャッシュレス決済導入にあたり、初期費用やランニングコストなど費用面での課題があるといわれています」
同社は、しなの鉄道線への導入で自治体などの補助金が活用されたことも公表している。公的な支援を使うことで、事業者だけの負担に頼らず、地域全体で公共交通を支える取り組みにつながっている。
交通系ICカードに対応した自動改札機を新しく整備するには、大きな費用がかかり、予算面で難しい場合もある。その一方で、今ある乗車券売機に外付け端末を加える方法なら、設備全体の更新時期を待たずに決済機能を強化できる。
大規模な設備投資を行わなくても、都市部と近い決済環境を整えられるこの方法は、限られた予算で駅の機能を新しくしていく手段として広がりつつあるのだ。
マルチ決済対応による利用者層の拡大
専用の自動改札機と比べた場合、乗車券売機に取り付ける外付け端末は、処理の速さだけで評価されることが多い。しかし、大きな特徴は対応できる決済手段の広さにある。
「IM10」や「salo-01」「salo-02」といった端末は、クレジットカード、コード決済、電子マネーなど、さまざまな決済方式に対応している。事業者が契約先を選ぶことで、国内で広く使われている主要なサービスを幅広く利用できる。
この仕組みは、決められた交通系の決済手段に利用者を合わせる従来の形から、普段の買い物で使っている決済手段を駅でもそのまま使える形への変化を示している。交通系ICカードであるSuicaなどは、定期的に鉄道を利用する人には広く定着している。一方で、利用頻度が少ない人や遠方から訪れる人にとっては、専用カードを準備したり、現金で入金したりする作業が負担になることもある。
日常の買い物で広く使われているPayPayなどのコード決済を券売機で直接利用できる環境は、鉄道を利用する際の手間を減らし、新たな利用者を呼び込むきっかけにもなる。
こうした鉄道業界の動きを理解するには、個別の導入事例だけでなく、決済市場全体の変化にも目を向ける必要がある。経済産業省が公開している資料によると、2025年のキャッシュレス決済比率は58.0%(162.7兆円)に達している。その内訳は、クレジットカードが82.7%(134.6兆円)、デビットカードが3.4%(5.5兆円)、電子マネーが3.7%(6.0兆円)、コード決済が10.2%(16.6兆円)となっている。
注目されるのは、決済手段ごとの変化である。2018年時点でキャッシュレス決済全体の0.2%に過ぎなかったコード決済は、2019年に1.2%、2020年には3.7%へ伸び、その後も拡大して2025年には10.2%となった。
一方、電子マネーの割合は2018年の7.4%から、2019年には7.0%、2020年には7.0%、2021年には6.3%へ低下し、2025年には3.7%となっている。
決済手段の利用状況が変わり続ける中で、特定の方式に限らず、複数の決済手段を受け入れられる環境を整えることは、利用者の変化に対応するための現実的な選択となっているのだ。
地域施策との連動がもたらす相乗効果
コード決済サービスの広がりを支える要因のひとつとして、自治体と決済事業者が共同で進める地域限定のポイント還元キャンペーンがある。還元ポイントの費用は自治体の予算、つまり地域住民の税金でまかなわれている。
一方で、地域内での買い物を促し、お金の流れを生み出す効果が見込めることから、多くの自治体で活用されている。前述した経済産業省の資料が示すコード決済の伸びにおいても、全国の自治体による取り組みが大きな役割を果たしてきた。
こうした地域向けの施策と交通の仕組みを結び付ける動きも広がっている。鉄道や路線バスを対象に含めることで、住民の移動や観光客による沿線の利用を促し、地域の活性化と交通事業者の運賃収入確保を同時に目指せる。
自治体と連携し、地域内での買い物と移動を結び付ける取り組みを進めるには、駅の乗車券売機が幅広いキャッシュレス決済に対応していることが重要になる。
交通の仕組みを新しくするには費用がかかる。しかし、外付けの決済端末を使い、導入費用を抑える方法であれば、資金面での負担を軽くできる。多くの人が利用する駅の乗車券売機が、さまざまな決済手段を受け入れる場所へ変わっていく取り組みは、移動の便利さを高めるだけではない。地域全体のデジタル化を支える役割も担い、今後も広がっていくだろう。(澤田真一(ライター))
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みんなのコメント
だから、積極的になれずに慎重なんだと思います。
クレカ決済だって各駅改札機が1〜2か所程度しかない。