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“星野イズム”全開。SUGOの波乱にも負けないTEAM IMPULのレース哲学

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“星野イズム”全開。SUGOの波乱にも負けないTEAM IMPULのレース哲学

 2021スーパーGT第5戦SUGOの決勝が始まって10周もすると、2番手スタートのRed Bull MOTUL MUGEN NSX-GTのペースが落ちた。3、4番手のカルソニック IMPUL GT-RとAstemo NSX-GTが前をふさがれるかたちとなり、2番手争いがワンパックになる。15周目、カルソニック IMPUL GT-Rの松下信治はRed Bull MOTUL MUGEN NSX-GTに一瞬並ぶも抜くには至らず、逆にAstemo NSX-GTに隙を突かれポジションを奪われてしまう。そこですかさずピットから檄が飛ぶ。

「あきらめるな! プッシュ!」

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 その言葉どおり松下は20周目に抜き返し、さらに翌周にはその前のRed Bull MOTUL MUGEN NSX-GTも捕えて2番手に上がった。その後のペースも良く、トップのARTA NSX-GTとの間隔をじわじわと縮めていく。先にピットへ動いたのはARTA NSX-GT。そこから2周後の33周で松下から平峰一貴へと、“その言葉”とともにバトンはつながれた。

 TEAM IMPULの星野一義監督の教えに、『あきらめる』『心が折れる』という文字はない。36周目、Astemo NSX-GTに背後に迫られた平峰だったが、「インは絶対に空けない。絶対に抜かれない」と、ポジションを死守。「接触? もしかしたら少ししていたかもしれませんが、分からないです」と、平峰は頭のなかが真っ白な状態で走っていたことを明かす。

 タイヤがやがて発動し始めると、後続を引き離し、トップを独走していたARTA NSX-GTの後ろ姿が徐々に近づいてくる。そのときの心境は、「とにかく抜く」だけ。だが戦う前に、ライバルはペナルティで消えることになった。「トップ浮上」は無線で知らされたが、「何も変わらないです」と平峰。ただ前がいなくなっただけであって、自分はひたすら「走る」のみなのだ。「とにかく抜く」に代わって「後ろを抑える」こともなく、ひたすら「走る」。愚直なまでの100%が、星野イズムの教えである。

 じつはこのレースウイーク中、その教えに反した行為が星野監督の逆鱗に触れていた。その対象は松下だった。予選までに時間が限られているなか、マシンに対する不満の個所を並べていたら、「毎回完璧なクルマなんてない。現状でいくしかない。うるさい」と。

「時間がないんだから、たしかにそうだと思った」という松下は、そのまま予選Q2のアタックに向かった。松下と言えば、その才能を誰もが認めるエリートだ。「GP2で優勝し、F1のテストもしたドライバーと組めることは自分にとっての財産」と平峰は語り、チームにも期待されて加入した。だが、そんなドライバーでさえ、星野イズムから見れば物足りない部分があるというのだ。

 以前のレースで松下が予選中にトラフィックに引っかかってアタックをやめたときも、星野監督のカミナリが落ちた。しかし、平峰は言う。

「僕は“怒る”と“叱る”の2種類あると思うんです。星野監督は、常に“叱る”なんです。愛情を持って叱ってくれるから、僕たちもがんばろうと思える」

 平峰は今季でTEAM IMPUL 2年目だが、昨年から愛のあるお叱りを受け続けてきた。「監督は常に僕らの走りを細かく見ていて、すべてお見通しなんです。セクタータイムが悪いと、『お前、なんであそこ遅かったんだ?』と、“人がタレた”ことがすぐ分かる。うまくいかないときは、『自分の走りをしっかり分析して、突っ込んでもいいから行ってこい。クルマは壊れても直すから。行かないと分からないから』って言ってくれる」

 星野監督の薫陶を受け決勝でがむしゃらに走る平峰の姿は、チームからも期待されている雰囲気が伝わってくる。星野監督は、「俺は愛のムチであいつらを磨きたいんだ」と語る。

「ふたりが成長してニッサンのナンバー1となって、ニスモのドライバーに抜擢されるようなことがあれば、ちゃんと見送ってあげたい。平峰はいますごく伸びてきているし、松下も今日の抜き返したようなパフォーマンスを俺は期待している。今日はふたりをほめてあげたいね」

 現在、ニスモで活躍する松田次生とロニー・クインタレッリは、2010年にTEAM IMPULで組んでいたコンビ。星野監督に磨かれ、成長してニスモに移籍していった。そのふたりが前戦鈴鹿で優勝し、さらにGT-R勢が表彰台独占。しかし、TEAM IMPULはそれに続く4位ではなく6位というリザルトに終わってしまった。ニッサン関係者が歓喜に湧くなか、ひとり蚊帳の外。星野監督は、早々にサーキットを後にしたという。「そりゃあ悔しかった。でも一番悔しかったのは星野監督だったと思う」とドライバーふたりは声をそろえる。

 鈴鹿の屈辱を晴らすべくマシンは全体的に見直され、「今年ベストのフィーリングだった」と松下は言う。「ARTA NSX-GTはたしかに速かったけど、見えないわけではなく、ペナルティで消えなくとも戦えた位置にいたと思う」とは大駅俊臣エンジニアだ。

 2年ぶりのSUGOラウンドは、セーフティカーとフルコースイエロー(FCY)が発動され、やはり『何が起きるか分からない、いつものSUGO』だったが、チームもドライバーも集中力が切れることなくチェッカーを迎えた。

 決勝中は「チームとドライバーとのコミュニケーションもうまくできていて、もう感謝しかない」と星野監督。パルクフェルメでは監督の涙にもらい泣きの平峰と、笑顔の松下かと思いきや、「いや、あいつもちょっと泣いてました」と平峰は笑う。

 TEAM IMPULが優勝したのは5年ぶり。未勝利期間があまりにも長すぎて、とあるメカニックは、「とにかく勝ちたい。まわりが重くてウチだけ軽くてもなんでもいいから勝ちたい」と、切実な心境を明かしてくれていたが、これで少しは気持ちが楽になったことだろう。

 5年前の2016年、平峰はGT300のJLOCで戦っていた。松下は、GP2第2戦モナコで日本人初の優勝を遂げるなどエリート街道を突っ走っていた。そんなふたりが今季タッグを組み、星野監督に鍛えられながらチームに久々の優勝をもたらした。祝福ムードに包まれたSUGOではあったが、もちろんこれで安穏とするのは星野イズムではない。

※この記事は本誌『オートスポーツ』No.1560(2021年9月17日発売号)からの転載です。


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