予想裏切るアトリエ・アルピーヌ仕様に対面
text:Kazuhiro Nanyo(南陽一浩)
【画像】楽しい1台は?【アルピーヌA110とポルシェ718ケイマンを比較】 全86枚
photo:Keigo Yamamoto(山本佳吾)
editor:Taro Ueno(上野太朗)
当日のお題はアルピーヌA110、とだけ聞かされていたので、現場に着くまでは2021年のリネージGTなのかと思っていた。
アルジャン・メルキュール(水銀の銀色)と呼ばれるボディカラーが昨年の艶アリ仕様から今年仕様はマットになって、ペールゴールドの差し色が入ったホイールのデザインが変わった、むしろエレガント・バージョンだ。
たしか世界限定400台で、日本には30台だったから、もう売り切れているはずだろうに? と思いながら。
そんな予想を裏切って目の前に現れたA110を前に、筆者は絶句した。
リネージには間違いないのだが、「チューリップ・ノワール」という紫色ボディカラーに、ゴールドの「セラック」18インチホイールを履いた、70s風にパンチの効いた1台だったのだ。
これは過去のアルピーヌのカタログから厳選されたヘリテイジカラーと呼ばれる29色の外装、ブラックかダークブラウンのレザー内装、3色のホイール数種に4色のブレーキキャリパーなど、それぞれを好みで組みあわせることができ、ディエップ工場で1台ずつ組み上げられるという「アトリエ・アルピーヌ」仕様。
このパーソナライズ・プログラムの実例として、アルピーヌ・ジャポンが取り寄せたオーダーサンプルで、当然、広報車の1台だ。
いきなり暗転 7月末でオーダーストップ
とはいえ何を隠そう、じつは昨年11月にアトリエ・アルピーヌが立ち上がった頃、筆者がコンフィギュレーターであれこれ選んで真っ先にできた「マイA110」が、他でもないチューリップ・ノワール&ゴールドホイール仕様だったのだ。
その後、茶系やブルー系に変節したとはいえ、証拠にスクショしていた画像も数枚ある。
ホイールはよりクラシックな「レジェンド」18インチを選んでいたとはいえ。そんなものを保存してあること自体、個人的にA110には相当ツカまれている証拠ではある。
だから、自分の妄想仕様たるA110リネージが突如、リアルの世界に現れて、「注文したっけ?」という錯覚に襲われ、焦ったのだ。
趣味を見透かされたと同時に、「その癖、まだ注文していないのか?」と、暗に詰め寄られているようにも感じた。
だが次の瞬間、筆者の頭は混乱した。
というか、アルフォンス・ドーデーの「最後の授業」のフランツ少年よろしく、暗転した。
「ひとまず7月31日いっぱいで現行フェイズのアトリエ・アルピーヌの注文受付は締め切りなんだそうです。工場の生産枠の関係で。だから、あれこれ色や仕様を選べるのも、あとちょっと、というのが今回の記事のテーマです」
嗚呼、ぼくにはロクな頭金もなければ与信枠もないじゃないか!
いざ試乗 鮮明に伝わるあの一体感
しかし、この紫&ゴールド仕様で、個人的に残念に感じた点もある。
それは紫色のボディカラーにも関わらず、黒いレザー内装のステッチやステアリングセンターの巻きレザーが、ブルーしか選べないことだ。
ボディ同色ステッチか、いっそブラック同色であれば、間違いなく、もっとまとまりよかったはずだ。
こう書くとイヤらしいが、これまでA110に筆者は5000km近く試乗して、その大半はフランスで、アルプスの峠道ばかり1000km超という、およそアルピーヌの何たるかを味わうのにこれ以上ないであろう経験もしてしまったので、五輪直前期でポリスだらけ、かつ小雨降りしきるお台場でチョイ乗りしたところで、何か新しい印象が今さら沸くだろうか? そんなネガな気分も無くはなかった。
というわけで、しつこいようだが、最後の授業をサボろうとしていたフランツ少年並に、自分を恥じながら、紫&金仕様のA110に乗り込んだ。
だが、1つ目の角を曲がって早々に、身体が思い出してしまった。
軽く左折しただけなのに、ステアリングを軽く押す右掌から、サベルトの抜群のサポートに支えられた左側の肩甲骨から骨盤へ、さらに足先までが一気に繋がる感覚。
脊椎を中心に操舵が効いて、その応力と後輪駆動の感触が、腰回りに鮮明に伝わってくる、あの一体感が蘇ってきたのだ。
「車品骨柄」 スポーツカーの基本がそこに
街乗りごときで、ドライバーをかくもハッピー方向によろめかせるのは、運動体としてクルマとしてスポーツカーとして、そのスジのよさに尽きる。
ベクタリングとか制御といった小手先で誤魔化すところが、一切ないのだ。
妙な言い方は百も承知だが、人間でいう「人品骨柄」にあたる「車品骨柄」部分の卑しからぬところ。
そういうつくり手の堅固な意志やセンスよさが反映されている点に、A110の根源的な魅力がある。
軽さや重量配分、アーム長たっぷりのサスペンション・ジオメトリーといったフィジカル面はもちろん、低速域から扱い易くエレガントな挙動は、品位や品格とは獲得するものでなく、結果としてついてくるもの、そんな元々の性格づけを語る。
そうした、A110がドライバーの感覚を研ぎ澄ませる小さなディティールとして、フロントスクリーンの枠にプリントされた切り欠きがある。
これはステアリングセンターと重なり、剣道で切っ先を相手の喉に合わせる中段の構えのように、路面に対してステアリングの中立位置を無意識に意識させる照準というか目印となる。
そもそもコーナリングマシンらしい細部だし、パワーや小手先でそなえる以上に、目の前の道に構えを正して対峙する武道のような感覚の方が、スポーツカーの基本に相応しいと思う。
残念だけどあばよ… 注文するなら今
乗れば乗るほど、スポーツカーとはいえ、出せる速度や加速度だけが魅力のクルマではないこと。スポーツモードにすれば燃調が濃くなって、ポンポンと勇ましいバックファイアが始まること。
この先おそらく、ICEのスポーツカーとして2度と現れないであろう素直な成り立ちの1台であることを確信して、しみじみと荒涼が、交互に押し寄せてくる。
脳内BGMはいつの間にか、セルジュ・ゲンズブールの「Je suis venu te dire que je m’en vais」が鳴っている。残念だけどあばよ、的な歌だ。
後ほど聞いた話だが、当初29色用意されていたアトリエ・アルピーヌ専用のボディカラーはベージュ系が削られ、今は26色展開だという。
各色とも110台上限であるがゆえ、この日のチューリップ・ノワール仕様には「06/110」という刻印プレートがセンターコンソール下に備わっていた。
ちなみにチューリップ・ノワールは70年代にカタログ・ラインナップされていたが、5台しか市販車として世に出なかった。
そんなレア中のレアな色の現行車6台目という希少さには、グッとくる。
いっそアトリエ・アルピーヌというインディヴィジュアル・サービスであるからには、レザー内装のステッチ色はボディカラーにあわせて選べたら、もっと個々の完成度も満足度も高まるはずだったろう。
もう1つ欲をいえば、今のところ限定リネージGTのみが用いるアンバーブラウンも、レザー内装色の1つとして選択できたらよかったのに。
いずれ現行A110の生産は2023年まで続行することは、ルノーの新社長に就任して1年が過ぎたルカ・デ・メオ自身が確定しているし、これより先、アトリエ・アルピーヌ向けの生産枠が、これまでとは異なるカタチで復活しないとも限らない。
とはいえ、注文できるなら今、納期はいずれ半年以上あるし、頼んでおいて後悔はしないはず。そう、すでに後悔している立場から断言しておく。
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みんなのコメント
アトリエかGTを狙うしかない。