■フェラーリに代わるオークション市場の指標となった「ミウラ」とは
2010年代中盤までの国際クラシックカー・マーケットにおいては、フェラーリの人気モデルが市場の推移を見定めるためのベンチマークとなってきた感がある。しかし近年では、一部のモデルをのぞくクラシック・フェラーリの相場価格が落ち着きをみせているせいか、代わってランボルギーニ、とくに「ミウラ」がマーケットの「潮位」を示す指標となっているようだ。
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毎年8月中旬、アメリカ・カリフォルニア州モントレー半島内の各地で展開されるカーマニアの祭典「モントレー・カー・ウィーク」が2021年に2年ぶりの開催となるのに際して、昨年はオンライン限定オークションでお茶を濁したRMサザビーズ社も、恒例の大規模オークション「Montley」をオンラインおよび対面型のミックスで開催。今回は平年以上のフェラーリが出品されることになったが、その一方で我々VAGUEが注目したのは、やはりランボルギーニ「ミウラ」である。
このミウラ、ちょっと異様な風体と、なかなか数奇なストーリーを持つ1台であった。
●過渡期に製造された、50台のみのミウラとは?
VAGUE読者諸兄の間でも絶大な人気を誇るランボルギーニ・ミウラは、1966年秋の正式発表後、1973年まで生産された「元祖スーパーカー」である。
しかし、もとより実験的な生い立ちを持つモデルであるがゆえに、そのモデルレンジ中には継続的なエンジニアリングの向上とアップグレードを受けることにより、パフォーマンスと市販車としての商品性を確たるものとしていったことでも知られている。
デビュー2年後の1968年には、V12エンジンを350psから370psにスープアップするとともに、細部をブラッシュアップした「P400S」へと進化する。この「S」は「極端な」を意味するイタリア語「Spinto」の頭文字といわれる。
そして1971年には、それまでのミウラ各モデルで指摘された問題点や、かのボブ・ウォレスが課外作業で製作したといわれる元祖「イオタ」で実験・改良されたメカニズムを盛り込んだ「P400SV」へと進化を果たした。
P400SVでは、前後のカウルを大幅にリニューアル。フロントはラジエーターグリルの形状が少しだけ変更したほか、リアフェンダーはワイド化が施された。
また「P400」およびP400S時代にミウラを象徴づけていたヘッドライト前後の「まつげ」が、ランボルギーニ社の開祖フェルッチオに収められたP400SVの個体以外は廃されたことから、アピアランスは大きく変わることになった。
一方、ボディに隠れて表からは見えない改善点としては、それまでの反転Aアーム+トレーリングリンクに代えて、コンベンショナルなA型ロワーアームを備えた新設計のリアサスペンションが挙げられる。
またV12エンジンについても、従来型ミウラでトラブルの発生源となっていたエンジン+トランスミッションの一括潤滑をやめ、それぞれ専用の潤滑システムを装備するなど、まさにミウラの最終進化形ともいえるだろう。
しかし、クラシック志向の強い一部のランボルギーニ愛好家の間では、ナローフェンダー+まつげ付きヘッドライトのP400やP400Sを推す声もあるというのだが、実はそんなファンにとって極めて望ましいスペックの車両が、P400SからSVに移行する直前に50台だけ生産されていた。
今回のオークションに出品されたP400S、シャシーNo.#4761は、その50台のなかの1台である。
■ファーストオーナーは19歳の女子大生だった「ミウラ」
今回の「Montley」オークションに出品されたミウラP400Sは、歴代オーナーの人数が非常に少なく、現代にいたるヒストリーが仔細にわたって残されていた。
●40年以上にわたって休眠し、タイムカプセルとなったミウラP400S
米モータートレンド誌のWEBマガジン「AUTOMOBILE」が2020年7月に発表したレポートによると、このP400Sは1970年代初頭からカリフォルニア大学バークレー校に在校していた、当時19歳のイラン人女子学生がファーストオーナーとのこと。
イラン革命以前に同国の有力者であった彼女の両親は、サンタ・アガタ・ボロネーゼのランボルギーニ本社に赴いて、アメリカ仕様としてこの#4761をオーダーし、カリフォルニアに住む愛娘のもとにデリバリーさせたそうだ。
この贅沢すぎるプレゼントは、おそらくはイランから留学資金を送金する代わりに、このミウラP400Sが西海岸に到着したらすぐに転売し、現金化することが目的だったと目されている。
ところが、肝心の女子学生本人がミウラを気に入ってしまったのか、自身の愛車として維持・運転することを決意してしまったことで、事態は計画から大きく外れてしまう。彼女は自身のミウラへの想いを巧みに秘匿しながら、両親から手紙で申しつけられた計画を遂行するふりをするために、このクルマの販売広告も出していたとのことである。
はるか遠い母国イランに住んでいた両親は、愛娘の策略に気づいていたのか否かは不明ながら、とりたたて行動に出ることはなかったようだ。そののちも彼女が2年間にわたってミウラに乗り続けていたことは、今回のオークション出品時に添付されたメンテナンスの請求書でも明らかになっている。
しかし、このミウラと女子学生の蜜月は、彼女が自損事故を起こしてしまったことで、突然の終わりを告げる。損傷は右ヘッドライト周辺に局在していたが、ミウラのデザインの複雑さとクラムシェル型のアルミニウムフードの複雑な形状とフィット感は、当時の地元のボディ改修業者にとっては、あまりにも大きな課題となってしまったという。
その結果、彼女はミウラとの生活を断念。それまで小規模の修理でかかわりのあった、カリフォルニア州サン・マテオの自動車ボディショップ経営者に譲ることとした。
2人目のオーナーとなったボディショップ工場主は、自身の職分を生かして#4761を路上に戻せるように修理するつもりで、1977年にはランボルギーニ本社から補修用の新品パーツも数多く購入していたが、やはりプロジェクトはなかなか進行することなく、実に40年以上にもわたって、サン・マテオのガレージの片隅にて長い眠りにつくことになる。
事態が動いたのは、2019年。今回のオークション出品者である現オーナーがこのミウラを手に入れ、再び走行可能な状態をとり戻すべく、ランボルギーニのスペシャリストによるチームを結成したのだ。
40余年の間に、アメリカにおけるランボルギーニのボディ補修のノウハウは大幅に進化していたのか、カリフォルニア州コスタ・メサに拠点を置く「ベックマン・メタル・ワークス」社が約8か月をかけて、損傷したままだったノーズをリペア。幸いなことに、前オーナーが1977年に補修パーツを入手したのちも、メーカーの製造ナンバーつきのオリジナルパーツは残されており、それらをうまく使い分けて投入したとのことである。
一方メカニカルパートでは、ミウラの専門家として知られるメカニック、ジェフ・ステファン氏に依頼。必要に応じて各パートを修理または部品の交換をおこない、40年ぶりに路上を安全に走ることができるコンディションを取り戻した。
そしてこのミウラP400Sにおける最大の特徴である、無塗装のボディワークについては「モーガン・イメージズ」のクリス・モーガン氏が担当。彼は最終的にベアメタル状態で彫刻のようなミウラの姿を披露するために、ボディに残されていた塗料を剥ぎ取る作業を委託された。
#4761が新車として生産された際のボディカラーはホワイト/グレーで、ブルーのインテリアが組み合わされていたとのことだが、オリジナルに戻すのか、強烈なインパクトのベアメタルをこのまま残すのか、あるいはまったく別のカラーリングとするかは、今回のオークションで落札した4人目のオーナーの思うまま、ということだった。
このきわめてユニークな1971年型ランボルギーニ・ミウラP400Sに、RMサザビーズ北米本社が設定したエスティメートは180万-220万ドル。そして8月14日に行われた競売では順調にビッドが進んだようで、最終的には209万5000ドル、邦貨換算すれば約2億3085万円で落札されるに至ったのだ。
3世代のミウラでも、もっともマーケット評価の高いSVが2億5千万円を超える価格で取り引きされることが当たり前になっている一方で、P400やP400Sはそれより1億円以上も安価となる事例が多い現在の市況において、今回の#4761の落札価格はP400Sとしてはかなり高評価とみて間違いあるまい。
これは来歴が明確であることや、現状の走行距離が1万6000マイル(約2万5000km)足らずの「タイムカプセル」であることが、大きく作用した結果と思われるのである。
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みんなのコメント
個人的にはこの「S」が一番好きなミウラ