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自動車専門翻訳家がゆくドイツ自動車博物館の旅 その9

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自動車専門翻訳家がゆくドイツ自動車博物館の旅 その9

「皆さま、途中トイレ休憩を挟みますが、がまん大会ではありませんので、それ以前にご希望があれば遠慮なくおっしゃってくださいね!」バスが出発するや、ツアーコンダクターのKさんが私たちに声を掛けた。 

ポルシェ・ミュージアムの見学を終えた私たちはバスに乗り、シュトゥットガルトを後にして一路ミュンヘンに向かっている。今回の旅行のなかでもこの行程は長距離で、南東に約230kmも下る。アウトバーンを使って3時間を要する旅だ。出発してすぐにKさんが私たちに声を掛けたのは、ベテランツアーコンダクターの彼女らしい気遣いだった。

自動車専門翻訳家がゆくドイツ自動車博物館の旅 その8

アウトバーンのサービスエリアには大抵トイレが併設されている。ただし使うには1セント払う。最初はコインを準備するのが煩わしかったが、旅の途中から少額でも実費を支払うのは当然だと思うようになった。トイレを清潔に保ち、備品を揃えるには費用がかかる。日本のようにパーキングエリアのトイレが無料なのがむしろ異例だろう。海外旅行は日本を客観的に見るいいチャンスだとこんな場面で実感した次第。余談ついでにもう一つ、「ミュンヘン」の発音について。アレックスもバスドライバーのセバスチャンも、私の耳には「ムュンシェン」と言っているように聞こえた。

19日夕刻ミュンヘンに到着、市内のホテルで荷物を解いた。

バイエルン州の州都ミュンヘンはベルリンとハンブルクに次ぐドイツで3番目に大きな都市。ホテルのある界隈はいささか雑然とした印象だ。2月20日木曜日のこの日、午前中はミュンヘンの観光に充てられた。市内を抜けて郊外に出ると、一転して視界が広がる。私たちが訪れたのは、20ヘクタールという広大な庭園内に建つ建造物、ニンフェンブルク宮殿だ。360度空が広がる。空気が清々しい。

ニンフェンブルク宮殿。かつてはバイエルン選帝侯の夏の居所だった。写真は建物の中心部のみで、ここから左右に翼棟が伸びている。BMWミュージアム(BMW Museum)は「フィーア・ツイリンダー」(4気筒)の別名で知られるBMW本社に隣接したお椀形の建物で、そのすぐ横のレーヘンナウアー・シュトラーセ(Lerchenauer Str.)を渡るとBMW ワールド(BMW Welt)がある。

手前のお椀形の建物がBMWミュージアム。後方の円筒形の建物がBMW本社。その形状から「フィーア・ツイリンダー」(4気筒)の別名で知られる。Photo: BMW

ミュージアムを設計したのはカール・シュヴァンツァーという建築家。内部は大小5つの円形フロア(最大半径9.4m、最小4.2m)が層を成し、それぞれを緩い傾斜のらせん回廊が結ぶ。来場者は最上階から順次、下のフロアに降りて展示物を見学するので、構造的にはメルセデスベンツ・ミュージアムに似ている。

アレックスはミュージアム正面入り口ではなく、横の入り口へと私たちを導いた。そこでこの日の案内役のスタッフを紹介すると、「普段は入れない場所へと案内します」と言って、敷地内の通路を横切り、大きな建物に連れて行った。ここが古いBMWのメンテナンスを行う「BMWクラシック」の展示場だ。顧客の所有車も所蔵するので、一部撮影禁止の区画もある。

私たち一同が建物内部に入ったのを確認すると、係員がすぐさまシャッターを降ろした。見学を終えて出るときも間髪を入れずに降ろして、外部の目から遮断する。いやに物々しい警戒振りだなという気がしたが、この辺りもゲルマン的完璧主義の表れなのだろう。

しかし内部に置かれた様々なBMWは、表舞台のミュージアムに劣らず魅力的だった。まさにアリババの洞窟。一歩進むごとに普段お目にかかれないBMWに出会う。そんなわけで本稿ではBMWクラシックの展示品を中心に、私が特に惹かれたモデルをアトランダムに紹介することにしたい。

BMW 3/20 PS。製造期間:1932~1934年。直列4気筒782 cc。最高出力:20 hp/4000 rpm。最高速:80 km/h。

BMW初の4輪モデルBMW 3/15(別名ディキシー)がオースティン7のライセンス生産だったのに対し、3/20は100%社内で設計した最初のBMWだった。製造期間は第二次世界大戦前の1932~1934年まで。エンジンは3/15用を準用したが、ストロークを80mmに伸ばして788ccを得ると同時に、ウオーターポンプとOHVシリンダーヘッドを備えていた(オースティン7は750ccのサイドバルブだった)。

この結果、最高出力は20hpへ高まり、課税馬力の3hpと合わせて3/20がモデル名となった。ボディサイズも3/15より大きく、2119mmのホイールベースにより快適なキャビンスペースを実現している。

なお、標準ボディはダイムラー・ベンツのジンデルフィンゲン工場が製作した。3/20は製造期間中AM1(Automobil München の頭文字)、AM2、 AM3、 AM4と年次改良を受けるごとにサブネームが改まっていく。

3/20は自動車メーカーとしてBMWが独り立ちする節目になったモデルだった。

BMW 501。直列6気筒。4速コラムシフト。全長x全幅x全高: 4730 x 1780 x 1530 mm。トレッド前:1322 mm。同後: 1408 mm。ホイールベース: 2835 mm。空車重量: 1340 kg。最高速: 135 km/h。

BMW 501。写真のプレートナンバー「M FV9501 H」は1956年2月10日に登録された。持ち主の名義は個人だった。その後ルーフに回転灯が取り付けられ、「POLIZEI」の文字が入ったが、ミュンヘン警察が当該の「M FV9501 H」をパトロールカーに採用した事実はない。一説によると、当時人気のあったテレビドラマシリーズに感化されて、オーナーがこうした改造を施したという。50年代といえば今から70年も前のこと、おっとりした時代だったのだろう。いずれにしてもこの「M FV9501 H」、珍しい経歴の持ち主である。

ナンバープレートに話が及んだついでに言うと、ミュンヘンやシュトゥットガルトなどの大都市では、ナンバープレートはその都市名の頭文字で始まるのだそう。私たちはそのことをアレックスから教わった。

1951年のフランクフルトモーターショーでデビューした501は、BMWが放った第二次世界大戦(1939~1945年)後初のモデルだった。戦後型BMW の開発は早くも1948年に始まっており、当初は全く異なる2つのモデルが平行して進められた。

1つは社内開発ナンバー331と呼ばれたモダンなスモールカーで、実にピニンファリーナがデザインを担当したという。もう1つは戦前の326をベースにした豪華モデルで、結局、BMW首脳陣は後者の豪華モデルを採択、これが生産型の501になった。歴史に「if」はあり得ないが、もし前者のスモールカーを選んでいたらBMWの戦後は大きく変わっていたかもしれない……。

501用のM337型6気筒エンジンは生産期間中、数度の変更を受けており、初期の64 hpから72 hpにパワーアップしている。排気量も最初の1971ccから最終的に2077 ccに増え、1954年からは 100 hpの2.6リッターV8が搭載されるようになった。このV8は1954年デビューの502にも搭載される。502は501と同じ外観で、内装を豪華に設えた派生型だ。

501も502もハードウェアとしての出来は悪くなかったが、商業的には成功作とは言えず、これが戦後BMWの屋台骨を揺るがすことになる。詳しくは追って述べよう。

BMW 507。製造期間: 1956~1959年。全長x全幅x全高: 4385 x 1650 x 1257 mm。ホイールベース:2480 mm。空車重量: 1330 kg。エンジン:バンク角90度のプッシュロッドOHV 3168 cc。最高出力: 150hp/5000rpm 最大トルク: 24mkg/4000rpm。BMWクラシック展示品のなかで断トツに目を引いたのが、この鮮やかなレッドに塗色された2座席ロードスターの507だった。製造期間が1950年代後半なこと、おもな市場が北米なこと、外寸が似通っていたことなど、507は同じ2座席オープンであるメルセデスベンツ190SLの恰好のライバルになると思われた(190SLの製造期間は1955~1963年。全長:4290 mm。ホイールベース;2400 mm)。しかし高価な販売価格ゆえに507は失敗作の烙印を押され、企業としてのBMWを窮地に陥れる引き金になる。

メルセデスベンツ190SLがあの300SLのデザインを踏襲した理詰めの外観なのに対し、アルブレヒト・フォン・ゲルツ(初代日産シルビアのデザインに関与したと言われる)のペンから生まれた507は流麗で洒脱、軽快なリズム感に溢れている。フォン・ゲルツを507のデザイナーに起用するよう提案したのは、アメリカの有力なインポーター、マックス・ホフマンだった。ホフマンはこの507に5000ドル程度の価格を付けて、総計5000台を売りさばこうと目論んだ。

しかし507はホフマンの思惑とは裏腹に、極めて高価にならざるを得なかった。アルミ製ボディをフォン・ゲルツのデザインに忠実に仕上げるには、腕のいい職人がハンマーで叩いて成形するしかなく手間が掛かったのだ。一説には完全に同じ形状の507は2台となかったと言われる。

生産コストが嵩んだゆえ、ドイツ国内の価格は2万6500 ドイツマルクとなり、間もなく2万9950ドイツマルクに上がった。北米の販売価格も当初から9000ドルと安くなかったが、最終的には1万500 ドルになった。一方、仮想ライバルの190SLは1万6500ドイツマルク、価格面でも市場競争力は一枚上手だった。結局、507の生産台数は252台に留まり、その大半が裕福な好事家のガレージに納まった。

507は1台製造するたびに損失を出した。しかしこの時、BMW首脳陣はもっと深刻な問題を抱えていた。1951年の501を皮切りに、その豪華版の502、さらにはスポーツモデルの503、507と放ってきた同社だが、いずれも思ったような利益を会社にもたらさないのだ。

どのモデルも同社の技術をフルに活かした力作なのに、戦前のようなヒットとはならなかった。年を追うごとに利益は減っていく。首脳陣は頭を抱えた。「なにか手を打たなければ」とは思うものの、わずか数年後に会社が倒産の瀬戸際に立たされるとまで予想した者はいなかった。しかし実のところ、BMWには抜き差しならない運命が急迫していたのである。

Text:相原俊樹Photo:相原俊樹ほか

【筆者の紹介】相原俊樹:自動車専門の翻訳家・著述家。月刊の自動車専門誌向けに海外のロードインプレッションや新車情報などを翻訳。自動車関連の翻訳書多数。現在の愛車はポルシェ・ボクスター。趣味は60年代のカンツォーネと藤沢周平の時代小説。

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みんなのコメント

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  • the-booco
    この507をモチーフにしたZ8を2000年に発売した。
    ボンドカーに採用されたにもかかわらずほとんど活躍もなく真っ二つにされて、あんまり売れなくて、850、Z8、i8と歴代8シリーズはBMWにとって鬼門になった。
    現在は6シリーズの後継車が8シリーズを名乗っている。
※コメントは個人の見解であり、記事提供社と関係はありません。

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