池波正太郎の時代小説が好きでよく読んだものだけれども、エッセイもまた味わい深い。エッセイには機微の描写だけでなく、現代ニッポンでのお役立ち情報も少なくなかったので、大いに参考になる。その中でも、年末旅行の勧めは真似させてもらっている。
年末旅行の勧めとは、「12月も25日を過ぎた頃に出掛け、30日頃に戻ってくるような国内旅行が良い」というものだ。ふつうの人はそんなに暮れも押し詰まってから旅行に出ないから空いているし、ホテルや旅館なども正月休み直前の客の少ない時期だから大切にもてなしてくれるという池波の“説”である。
もちろん、古い体験を元にした話なのかもしれないが、ある年は近江八幡、またある年は草津と真似してみても当てはまらない話ではなかった。
そこで、納車されたばかりの718ボクスターの長距離慣らし運転を兼ねて、2017年の年末旅行は以前から訪れてみたかった伊勢神宮に出掛けてみることにしたのである。
納車されて、718ボクスターで長距離を走るのは初めてになる。首都高速から東名高速、新東名と乗り継いで一気に西へ向かい、伊勢神宮を参拝後に伊勢に宿泊。翌日は東に戻りながら明治村を見学し、浜松で一泊し、ゆっくりと帰京するという旅程を組んだ。
718ボクスターには、エンジンとトランスミッションを制御するノーマルとスポーツのふたつの走行モードが設けられている。
ふたつの違いは、ノーマルに対してスポーツは各ギアで高回転域までエンジン回転を引っ張ったのちにシフトアップする特性に設定され、シフトじたいも素早く、その分、ショックも少し伴う。
さらに大きな違いがあって、それはアイドリングストップとコースティングの存在だ。
アイドリングストップはクルマが停車してすぐにエンジンが停止し、一定時間が経過すると自動的に始動して再びアイドリングに入る。一定時間を計ってみると、1分間だった。
止まっていたエンジンが再び始動する時には、獣が身震いするように背後から一瞬の振動が伝わってくる。スポーツモードではアイドリングが止まることがないのだが、この“獣の身震い”の方がなんとなくスポーティに感じてしまう。
その後には、以前のボクスターでは感じることのなかった野太い4気筒のビートが連続していく。
ノーマルモードではコースティングが頻繁に行われることを知ったのは、東名高速が新東名高速に入り、傾斜やカーブがなだらかな、ほぼ、または完全に直線の道が続くようになってからだった。コースティングとは、クラッチが切れてエンジンとトランスミッションが切り離され、回転数がアイドリングまで下がることだ。ステアリングホイールが直進かそれに近い状態にあって、アクセルペダルを戻すとすぐにコースティングに入る。もちろん、狙いは省燃費だ。
新東名は直線部分が長いから、718ボクスターは頻繁にコースティングに入る。ステアリングを切ったり、アクセルを踏み込んだり、またフットブレーキを踏んだりすれば瞬時にクラッチは繋がり、エンジン回転数は上昇していく。
走行中にクラッチが切れるなんて、走行が不安定になるわけだから怖ろしいと思ったのは最初だけだった。タコメーターを見ていると、ノーマルモードでは実に頻繁に作動させている。短いと数秒でコースティングに入ったり、そこから出たりしている。7速でも、6速でも、5速でも、あるいは4速でも条件が揃うとすぐに入る。そして、走行が不安定になる手前の段階で718ボクスターが感知してクラッチを繋いでいるのだ。こういうところにも、クルマの知能化は現れている。
コースティングは省燃費のためであることは前述したが、厄介なこともあることも新東名を走っていてわかってきた。
前を走るクルマに近付き過ぎそうになる時などに、フットブレーキを踏むまでもなく、エンジンブレーキを使ってちょっとだけ減速したくて左側のパドルを引いて、7速から6速にシフトダウンしたとする。
減速しないのだ。7速と6速でギア比の違いが近過ぎるからかと思ったが、コースティングだった。コースティング中にシフトダウンしようとすると、クラッチが切れているわけだから、パドルを1回引いただけではクラッチがつながりギアがもとの7速に入るだけだから、ほとんどエンジンブレーキは効かない。そこからもう1回パドルを引いて初めて6速に落ちるのだ。しかし、7速と6速では近いので目立ったエンジンブレーキが得られないから、さらにもう1回引いて5速まで落とす必要がある。カシャカシャカシャと合計3回パドルを引かなければならないから焦る。
スポーツモードならばコースティングは行われないから、その必要がない。7速には、速度がかなり高くないと入らないから、新東名を流れに乗りながら走るくらいのスピードからならば、パドル操作によるエンジンブレーキはすぐに得られる。
だから、周囲にクルマが多かったり、アップダウンやコーナーが多く、エンジンブレーキを使う時にはスポーツモードを選ぶと良いことがわかった。
ついでに補足しておくと、数年前までのPDKではマニュアル変速するためにはステアリングホイール上に四角いスイッチが設けられていて、パドルはパッケージオプション装備だった。その後スイッチは消滅してしまい、オプションで選ぶこともできなくなってしまったのが悔やまれる。
スイッチは上の端を押せばダウンで、下の端を押せばアップ。ステアリングホイールの右スポークと左スポークの両方に同じものが付いているから、右手でも左手でもアップとダウン両方の操作ができた。しかし、パドルは引く操作しかできず、右を引いてアップ、左を引いてダウンなので、ダウンは左手でしかできないところが好きではなかった。
PDKの前の「ティプトロニックS」というトランスミッションでも、この片手でアップもダウンもできるというロジックは同じだった。レーシングカーじゃないのだから、現実の交通環境下ではつねに左右両手でステアリングホイールを握っているとは限らないからだ。パドルでも唯一の例外がマクラーレンの各車で、右を引くとアップだが、指の背つまり爪で押すとダウンする。同様に左を引いてダウンするが押すとアップする。それが可能なのは、左右のパドルがシーソーのように連結されているからだ。マクラーレンのF1マシンと同じ発想で作られている。
スポーツモードとノーマルモードの違いも体得しながら新東名を西へ向かっていった。718ボクスターのマルチインフォメーションディスプレイには走行中の瞬間燃費を表示することができる。ある程度走るごとに数値が変化していく。静岡県の島田金谷インターを過ぎた辺りで見ると、なんと13.7km/lもの好燃費を示していた。以前のボクスターにはそんな表示はなかったので直接的に較べることはできないが、13.7km/lなどという数値には満タン法のアバウトな計測でもお眼に掛かったことはない。
好燃費の理由は、いくつか推察できる。
自然吸気2.7リッター6気筒からターボ付き2.0リッター4気筒へとダウンサイジングされたエンジン、ツインクラッチタイプの「PDK」トランスミッション、そしてノーマルモードのアイドリングストップとコースティングだ。高速道路を200km以上走り続けているから、アイドリングストップの影響は小さく、コースティングによるところが大きいのではないだろうか。以前のボクスターの燃費は街中中心で8km/l、高速道路ばかり走ったとしても11km/lがやっとだったから、進化は明らかだ。
718ボクスターのノーマルモードはどちらかと言えばエコモードに近いものだった。そして、スポーツモードがスポーツカーらしく機敏に走らせるのにふさわしい“ノーマルモード”と呼ぶべきなのかもしれない。911カレラなどには設けられているスポーツプラスモードが設けられていないのが、我が718ボクスターの足りないところなのかもしれない。
12月27日だったので、新東名を走るトラックの数も少なくなっていた。帰省する乗用車もまだ少ない。渋滞することなく、順調に西に向かっていた。池波先生の言う通り、この時期に出掛けてきて正解だった。
しかし、カーナビが突然、次のインターで出るように指示してきた。まだ静岡県を走っているわけだから、伊勢はまだまだ先だ。一般道を行くにしても、降りるのは早過ぎる。地図画面を縮小して、カーナビが導こうとしているルートを知って驚かされた。ええっ、そんなルートで行く方が早いのか!? まったく想像していなかった。(次回に続く)
金子浩久 モータリングライター
1961年、東京生まれ。大学卒業後、出版社で書籍と雑誌の編集者を3年半務め、独立。20~30代には、F1記者として世界を駆け巡る。主な著書に、『ユーラシア大陸1万5000キロ 練馬ナンバーで目指した西の果て』『10年10万キロストーリー』 (1~4)、『セナと日本人』、『地球自動車旅行』、『ニッポン・ミニ・ストーリー』、『レクサスのジレンマ』、『力説自動車』などがある。
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