レースもコスト削減が優先される時代に!?
連載:山田宏の[タイヤで語るバイクとレース]【独占Webコラム】
ブリヂストンがMotoGP(ロードレース世界選手権)でタイヤサプライヤーだった時代に総責任者を務め、2019年7月にブリヂストンを定年退職された山田宏さんが、そのタイヤ開発やレースの舞台裏を振り返ります。ブリヂストンのワンメイクとなった2009年のMotoGPは、前年の秋から世界経済を襲ったリーマン・ショックの影響で、コスト削減が大きなテーマに!
TEXT: Toru TAMIYA Photo:
2009年の年明け早々には、カワサキが活動休止を発表
MotoGPがタイヤワンメイク化に向けて大きく舵を切ろうとしていた2008年秋、世界はリーマン・ショックに揺れていました。世界的な経済の冷え込みから消費が落ち込み、日本経済も急速な米国ドルの下落による相対的な円高とそれに伴う輸出企業へのダメージなどから、大幅に景気が後退。そしてその波は、MotoGPにも思いっきり襲いかかります。例えば2009年1月9日には、カワサキレーシングチームがMotoGP活動の休止を発表しました。
―― 川崎重工業は2009年1月9日に、FIMロードレース世界選手権MotoGPの参戦活動を休止すると発表した。写真は2007年の日本GPで2位になったランディ・ドゥ・プニエ選手。
カワサキとブリヂストンがMotoGPを一緒に戦うようになったのは2004年からでしたが、じつは「来年からタイヤを供給してもらえないか?」と2002年の段階で打診を受けていました。つまりカワサキは、最初にMotoGPで声をかけてくれたメーカーだったのです。このとき我々は、当初の予定を1年前倒しした参戦初年度。サポート台数の増加に対応できるインフラは整っておらず、それを理由にひとまずお断りしたのですが、カワサキは大した実績も残せていない我々のことを1シーズン見ていてくれて、2004年から一緒にレースをすることになったのです。
そしてコスト削減というテーマは、2009年もMotoGPの活動を続ける我々にとっても大きな課題に。「百年に一度の不況」と言われたリーマン・ショックは、アメリカの有力投資会社だったリーマンブラザーズが2008年9月に破綻したのが契機でしたが、状況が劇的に悪くなったのは11~12月あたりからでした。ブリヂストンそのものも、製品の売り上げが低迷する一方で原材料高騰や円高の影響も受け、かなり厳しい経営状況になりましたが、これは他のさまざまなメーカーも同様。MotoGPでも、コスト削減に向けた具体的な対策が導入されるようになりました。
そのひとつが、バイクメーカーによる単独テストの規制。2008年まで、メーカーがMotoGPライダー以外を起用してテストコースで実施するテストの日数は自己申告制で、そのテストで使用するタイヤの本数に制限はありませんでした。しかし2008年11月、MSMA(モーターサイクルスポーツ製造者協会)での協議により「テスト日数は年間40日、タイヤ本数は300本」ということになりました。これは、タイヤがワンメイク化されたことでより厳格に機能させられる取り決め。クローズのテストですから、はっきり言ってテスト日数が本当に40日以内だったかなんて、メーカー外の人間にはわかりません。しかしそこで使用されるタイヤは、すべてブリヂストンから供給。ワンメイクですから、ルールを破って極秘裏にタイヤを開発する必要もないわけで、我々が年間のテスト用タイヤ供給本数を厳密に管理することで、少なくともタイヤ本数に関しては取り決めが守られ、どのメーカーも同じ条件でテストを削減することができるのです。
また2009年からは、シーズン中に実施するチームテストの削減も決まりました。タイヤがコンペティションだった時代、これにはタイヤをテストするための時間がかなり多く含まれていました。しかしちょうどタイミングよくワンメイク化されたことで、タイヤテストの要素をかなり減らせるので、結果的にテストのボリュームを削減しても問題なかったのです。さらにレースウィークの走行回数も、金曜日は午後のFP1のみとして、土曜日にFP2と予選、そして日曜日に決勝というスケジュールに。シーズンを通してとにかく走行を圧縮することで、チームにかかる負担の軽減が図られました。
もっとも私個人としては、コスト削減はMotoGP活動中にいつも会社から言われていたことなので、リーマン・ショックの影響で2009年がとくに厳しかった……という印象はあまりないんです。ちなみにこの年の11月2日、ブリヂストンは翌年の契約満了をもってF1から撤退することを発表。これもリーマン・ショックの影響がかなり大きかったと思います。しかしMotoGPに関しては、ワンメイク化が決まった段階で2011年まで3年間の契約を結んでいたので、少なくとも撤退に関してすぐに心配しなければならない状況ではありませんでした。でも続けられるからこそ、なるべくコストを削減していこう……と考えていました。
予想外のレインコンディションに見舞われたのは、テストだけではなかった
この年、開幕戦は現在と同じようにカタールGPでしたが、その1週間前にウインターテストが実施されました。じつはこれも、コスト削減の一環。本来なら、カタールのコースは特殊でテストにはあまり向いていないのですが、テストからそのまま機材を置いて開幕を迎えることで、移動コストが削減できます。そしてそのテストで、年間降水量が非常に少ないカタールで予想外の雨が降りました。毎回、レースやテストには念のためウェットタイヤを持ち込んでいるのですが、とはいえ砂漠のカタールでレインコンディションというのは完全に予想外。しかも1週間後のレースウィークも、これまた雨が降ったのです。
テストが雨だったこともあり、レースに対しても我々はもちろんウェットタイヤを用意していました。しかしカタールはナイトレースで、雨が降ると視界が確保できず、また路面が濡れていると照明の反射で状況が把握しづらいことから、「ウェットコンディションだったらレースは中止に……」という議論がずっとされてきました。そして迎えた日曜日のMotoGP決勝は、各ライダーがグリッドについてウォームアップランが始まろうとしたときに再び雨。そしてその雨は、すぐには止みませんでした。
そのため急遽、MotoGPを運営するドルナスポーツとFIM(国際モーターサイクリズム連盟)とチーム代表が集まってミーティングを実施。そこに我々も呼ばれて対応の協議をしました。ドルナからの「契約上ではこのまま決勝をキャンセルしても問題ないが、決勝を明日に延期することもできる」という問いかけに対し、チーム代表からは「開幕戦だし、ここまで来てレースをしないのはMotoGPにとって大きなマイナス。観客がいなくても明日やるべき」という意見が大半を占めました。そして、前代未聞の月曜日決勝というスケジュールに。我々もドルナから、「月曜日決勝となった場合に対応できるか?」と相談されました。このときすでに、我々もオフィシャルの一部のようになっていて、ドルナ側と一緒になっていかにレースを円滑に進めるかを考えるうちに、ワンメイク化による立場の変化を実感しました。
ちなみに、決勝が月曜日に延期されたことで、予約していた帰りの飛行機のチケットはムダになりました。我々やスタッフのエアチケットは、たいてい予約変更ができない安いやつでしたから。もちろん各チームなども、スタッフのチケットは同様の状況だったことでしょう。つまり、コスト削減が2009年の大きなテーマでしたが、我々はその開幕戦から予想外の費用を使うことになったのです。そう、砂漠に降ったレアな雨のせいで。
―― ちなみに月曜日の決勝では、1位ストーナー選手、2位ロッシ選手、3位ロレンソ選手というリザルトだった。
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