ちょっと歴史を巻き戻してほしい。冷戦時代にソ連が管轄していた旧東ドイツでは、西側とはまるで違うクルマが作られていた。その代表がトラバント。そのボディは段ボールでできていたというのだが、果たしてホントなのだろうか?
文/ベストカーWeb編集部、写真/FavCars.com
ボディが段ボールってホント? レトロな感じが今でもそそる! 33年も作られ続けた国民車トラバントを知っているか?
■アウトウニオンの東ドイツの工場から生まれたトラバント
トラバント。P601と呼ばれる後期型
ドイツ車といえば優れた工業製品というイメージだが、時計を巻き戻した冷戦時代の旧東ドイツ側では、まったく別のイメージのクルマが作られていた。
その代表格がトラバント。社会主義の計画経済という仕組みのもとで、ほとんど進化せずに33年間も作り続けられたシーラカンスのようなクルマだ。
トラバントを作っていたのは、VEBザクセンリンクという会社。
そもそもドイツでは、1932年に民族系メーカーの4社(DKW、ホルヒ、アウディ、ヴァンダラー)が集まってアウトウニオンという企業体になった。
ところが第二次大戦が終わるとドイツは東西に分割されてしまい、東ドイツ側にあったアウトウニオンの旧ホルヒの工場は国に接収されてしまう。
その工場が母体となってVEBザクセンリンクが生まれ(VEBとは人民公社という意味)、この企業が1958年に生み出した一般国民向けの小型車こそが、トラバントなのだ。
トラバントのなりたちだが、全長3.5m、全幅1.5mという、日本の軽自動車よりわずかに大きい程度の2ドアセダン(一部ステーションワゴンもあり)。エンジンは600ccの空冷2ストローク直列2気筒で、こいつをフロントに横置きして前輪を駆動した。
その骨格は、ラダーフレームの上にボディをかぶせる戦前そのままのスタイル。応力を担わないボディは強固である必要がないので、強化繊維プラスチック(FRP)が用いられた。
昔を知る人がよく「トラバントのボディは段ボールだった」というが、これは冷戦末期に製造品質がグダグダになったトラバントをたとえて表現したもので、実際に段ボールが使われたことはなかったようだ。
■その姿は東西ドイツ統一の象徴でもあった
ラリーにも使われたトラバント
それにしても旧東ドイツには市場メカニズムが存在しなかったから、トラバントも「進化」からは置き去りにされ、延々と同じものが作られた。
正確にいえば初期型(P50/P60)と後期型(P601)があるらしいが、大きなモデルチェンジはその一度だけで、なんと1958年から1991年まで、33年間も作られ続けたのだ。
1991年といえば、日本ではすでにR32型GT-RやNSXが走り回っていた時代。
いっぽうトラバントはといえば、2ストバイクのような煤まみれの排ガスをまき散らし、ブレーキは前後ドラムという貧相な仕様、ヘッドライトのハイ/ロー切替えすら、いちいち車外に出てスイッチを切り替えるという戦前のような出来栄えだったのだから恐れ入る。
とはいえクルマの魅力は、スペックだけじゃ測れない。実際トラバントの姿は今見ても愛くるしく、現代に復活させてほしいと思えるほどキュートなのだ。
1989年11月9日、ベルリンの壁が崩壊し、解放された検問所からこのトラバントが続々と西ドイツ領へなだれ込んできた。最新のゴルフやベンツに交じって、クラシックカーのようなちっちゃいクルマが走る姿を見たとき、ドイツ国民は「ああ、ドイツはひとつになったのだ」と実感したという。
実際ドイツにはいまだにトラバント愛好者が多く、1万台以上の個体が走行可能なまま維持されているそうだ。
東西が対立した冷戦期をシーラカンスの生き抜いたトラバント。いやークルマって素晴らしいなあ。
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