この記事をまとめると
■1970年代のアメリカで発売される新車には5マイルバンパーの装着が義務付けられた
「巨大トレーラーに煽られる」「4車線一気跨ぎ」でけっこう怖い! アメリカの高速を走るクルマが映画レベルにアグレッシブだった
■5マイルバンパー装着でオリジナルの美しいデザインが台無しになるモデルが多かった
■5マイルバンパーをうまくスタイリングに取り入れたモデルもあった
長くてデカくて醜い5マイルバンパー
いわゆる「5マイルバンパー」が、1970年代のクルマの美しさを台無しにした──といわれれば、確かにそのとおりではあるだろう。
通称5マイルバンパーとは、クルマ好き各位は先刻ご承知のことと思うが、アメリカの連邦自動車安全基準215条に基づいて装着された「でっかいバンパー」のことである。連邦自動車安全基準215条は、1972年9月以降に登場する新車に、そして既存の販売車は1974年モデルから、時速8km(約5マイル)で衝突した際、車両の各部に大きなダメージを与えないバンパーの装着を義務づけた。
それをきっかけに、アメリカ車とアメリカ輸出用のクルマはショックアブソーバーを内蔵したでっかくて重いバンパーを前後に装着せざるを得なくなり、デザインの自由度は大幅に制限された。そして、それまでの「美しかったスタイリング」も、きわめて見苦しいものに変わってしまった──という話である。
冒頭で申し上げたとおり、通称5マイルバンパーが1970年代のクルマの美しさを台無しにしたのは、確かにそのとおりではあるだろう。ランボルギーニ・カウンタックの5マイルバンパー装着車などは、とくにひどい。
だが、さまざま存在する5マイルバンパー付きモデルのなかには「……いま見ると、逆にイケてるのでは?」と感じられるものも多いように思える。
まず、5マイルバンパーによって美しさが台無しになった車種の代表格といえば、先ほども少し申し上げた「ランボルギーニ・カウンタック」だ。
ご承知のとおりカウンタックのデザインは、巨匠マルチェロ・ガンディーニの筆による大胆でありながらも繊細な線と面がたまらなく魅力的だ。しかし、1985年からアメリカへの正規輸入が始まったLP5000QVに取り付けられた巨大で唐突な5マイルバンパーは、その大胆さと繊細さをすべて台無しにした。
その姿はまるで超イケメン男性が、ドンキなどで売られている「ヒゲと鼻メガネ」を無理やり装着されたかのようで、笑うに笑えない。ただただシラケるというか、悲しい気持ちになるばかりである。
そのほかでは可憐なイメージとフォルムだった初代BMW 3シリーズ(E21)に無理やり付けられた超絶出っ歯な5マイルバンパーは、見ているこちらのほうが恥ずかしくて死にたくなる代物であった。
5マイルバンパーありきでデザインされたモデルも登場
で、そのほかにも5マイルバンパーによってデザインを台無しにされた1970年代から1980年代にかけてのクルマはたくさんあるわけだが、たとえばカウンタックほどの超絶レベルで台無しになったモデルがたくさんあるかといえば、じつはそうでもないような気もする。
たとえば先ほど出てきた初代BMW 3シリーズの前身にあたる「2002」に取り付けられた5マイルバンパーは、もちろん全体のデザインを台無しにしたし、オリジナル版をデザインしたデザイナーの意思と尊厳を踏みにじっているともいえるだろう。
しかし、いま現在の視点で5マイルバンパー付きBMW 2002の写真を見てみると、「これはこれで悪くないというか……マルニのボクシーな迫力感と黒い5マイルバンパーは、意外と親和性が高いのでは?」という感慨も覚えるのだ。
似たようなことはジャガーEタイプのシリーズ3にもいえる。ご承知のとおり1961年に登場したジャガーのスポーツクーペ「Eタイプ」は、繊細で美しいデザイン構成がたまらなく魅力的なわけだが、1971年からのシリーズ3においては、前後のバンパーにコブのようなオーバーライダーが追加された。
それは当然ながら不格好だが、Eタイプのシリーズ3自体が微妙なフォルムに改悪(?)されたため、「似合ってるとまではいわないが、意外と悪くない組み合わせであるというかなんというか……」ぐらいには見えるのだ。
そして、「むしろ5マイルバンパーであるほうがカッコよく見える」というタイプの車種も存在する。それは例えば1974年から1989年にかけてのポルシェ911だ。
1963年に誕生したポルシェ911は1974年に初のフルモデルチェンジを受け、「ビッグバンパー」と俗称される世代へと移行した。ビッグバンパーとは文字どおりでっかいバンパー=5マイルバンパーなわけだが、これが意外と930型のフォルムには合っているというか、あの黒いバンパーなしでは930のデザインは成り立たないのではないか? あれがないと「ズボンを履いてない男性」ぐらいに見えてしまうのではないか──と思えるほどハマっている。
悪名高き5マイルバンパーも、「それありきのデザイン」を最初から行えばカッコよくなるという好例であろう。
これと似たことは、日産フェアレディZにおいてもいえそうだ。
連邦自動車安全基準215条が策定される以前にデザインされた初代フェアレディZ(S30)は、やはり5マイルバンパーは付いていないほうが美しい。5マイルバンパーが付いたS30北米仕様の姿を愛している人がいることは知っているし、筆者も決して嫌いではない。だがそれはエキゾチック趣味の一種であって、本質的な美醜の判定とは次元が異なる話だ。
しかし、最初から5マイルバンパーありきでデザインされた2代目フェアレディZ(S130)は、ポルシェ911のビッグバンパーがそうであったように、あれはあれでなかなか美しいと思える。5マイルバンパーなしのS130ももちろん美しいというか、むしろそちらのほうが美しい気はするが、「あっても意外とイケる」のである。
この「あっても意外とイケる」という車種はけっこう多い。日本で最初に5マイルバンパーを採用したのは1975年のトヨタ・セリカ。もちろんこれも「ないほうが美しい」のは当然だが、初代セリカのマッシブなフォルムとゴツくて黒いバンパーは、意外とイケてなくもない組み合わせだ。
また、英国のライトウェイトスポーツであるMGミジェットとMG Bも、途中から付けられるようになった5マイルバンパーは圧倒的に不人気で、オリジナルの繊細な金属製バンパー装着車が人気を集めていた。そのため5マイルバンパー付き中古車の多くは、オリジナルの金属バンパーに付け替えられることが多い。
しかし最近は、「猫も杓子もオリジナル風に改造したがるのはどうなのよ? 『5マイルバンパーのオリジナル状態』を保つほうが潔いし、むしろいまとなってはカッコよくね?」的なニュアンスで、5マイルバンパー付きのMGにプライドをもって乗っている若いクルマ好きもいる。
「5マイルバンパーがオリジナルのデザインを台無しにした」というのは、確かにそのとおりだ。しかし、一概に5マイルバンパー=カッコ悪いともいえないのではないか──というのが、筆者の思うところである。
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