女はなぜ、“男の指”に釘付けになるのか──齋藤薫のジェントルビューティー考

男の指は、実にさまざまなことを語っている。だからこそ、女は男の指を見る。そして男の爪先に、魅了されるのだ。

女性たちは昔から男の指を見ていた

女同士で話していると、誰からともなく“男の手”についてを話題にして、気がつくと結構盛り上がっていたりする。「彼いいんだけどさぁ、なんかあの手が嫌いなんだよね」「あ、わかるわかるー」。どんな手指が正しくて美しいのかという基準はなく、みんななんとなく感覚で話をしているのが常だけれど。

男性が女性の脚を見るのと同じ？ もちろんそういう説もありながら、もっともっと本能的な、遺伝子に関わる現象であるとも言われる。そもそも手の形に異性を感じること自体が不思議と言えば不思議。でも、女性たちが昔から男の指を見ていたのは確かなのだ。

その根拠とも言えるものを見事に解き明かしたのが、動物行動学研究家・竹内久美子の著書、そのものズバリ『女は男の指を見る』だった。それは、人差し指に対して薬指が長い人ほど、テストステロンのレベルが高いというもの。動物と同じ、女性は生殖能力に優れた男性に本能的に惹かれていくはずで、それを手指のデザインで見分けていると言うのだ。

美しさは人の末端に宿る話は変わるが、私はある時まで“男性が美容すること”について、実はあまり良い印象を持っていなかった。今振り返れば、なんとも古くさい感覚だけれども、男の人が鏡の前に長くいることには抵抗があったのだ。

それが一瞬でひっくり返る出来事があった。電車の中で目の前に座った男性は20代後半から30代前半、全身黒の装いを粋に着こなす、見るからにお洒落な人だった。ただ、最初に目に入ってきたのは、いわゆるグラディエーターサンダルから覗いていた足の爪。そこにガンメタ色のペディキュアが塗られていたのである。

ハッとした。なんと美しいのだろうと。思わず顔を見ると、車いすテニスの小田凱人にも似た精悍さ。クールな装いの中にそのペディキュアがさりげなく馴染み、全く嫌味じゃない。正直惚れ惚れするほど素敵だった。まさにその時から、男が美しくなることには拍手したいほどの賛成派となったのだ。

美しさは人の末端に宿る。その時改めて、その法則を思い出した。髪に指先、そして足先……それをどのように整えるかで、その人から醸し出される美しさのレベルが決まってくる、という法則を。だからジェントルマンは昔から爪磨きをやっていた。いやそもそもその始まりは紀元前。古代エジプトでは身分の高い者が爪を磨き、ヘナで着色していたと言われる。その後も欧米では、男女とも貴族を中心にネイルケアは続けられ、男性はスーツに着替えてからも、靴磨きにこだわるように爪磨きもまた紳士のたしなみとして残ってきたわけで、言うまでもなくこれは清潔感の醸成のため。足の爪も含めて、歴史的にも、男の身繕いの成果は爪という末端に出ると考えていた揺るがぬ証である。とは言え、爪への色付けはかなり早い時期に衰退しているはずが、現代においてガンメタ色のペディキュアに清潔感を感じたのだ。男の美容ってまさにこういうことなのだと。

“男のメイク”が習慣化していく中で、男性にとって口紅とネイルカラーは特にハードルが高いと感じるかもしれないけれど、そこにセンスがあれば不思議なくらい違和感を感じさせなくなる。そして、彼はそのハードルを見事に越えてきた。足の素爪が美しい人ってまぁなかなかいないわけで、だったらダークなカラーを纏うという判断はとてつもなく正しい。男の爪も、手ならばよく磨き込んだ結果の艶めくノーカラーが美しいが、足の爪まであまりに美しく磨き込まれていると女としては引いてしまう。むしろクールなペディキュアに彩られていたほうが、センスを感じるのだ。逆に、最も厳しくセンスを問われるのがペディキュアと言ってもいいが、だからこそ、ファッションの一部としてのペデュキュアはあり。男の指が男を語り、男の爪がダンディズムを語ること、どうか忘れずにいてほしい。

齋藤薫／KAORU SAITO美容ジャーナリスト、エッセイスト。美容記事やエッセイのほか、化粧品開発やアドバイザーとしても活躍している。著書に『されど“男”は愛おしい』（講談社）、『“一生美人”力セカンドステージ─63の気づき』（朝日新聞出版）など多数。

文・斎藤薫　イラスト・川上貴士　 編集・橋田真木（GQ）