アシモフの古典からジョージ・ルーカスの大ヒット作まで。映画『プロジェクト・ヘイル・メアリー』『オデッセイ』の原作者アンディ・ウィアーが、自身の創作に影響を与えた映画・小説10作品を語った。
アンディ・ウィアーの同名ベストセラー小説を翻案した宇宙SF大作『プロジェクト・ヘイル・メアリー』(主演:ライアン・ゴズリング、監督:フィル・ロード&クリストファー・ミラー)が現在公開中だ。全世界興収1億ドル超えの大ヒット作となっており、ウィアーの小説を原作とする映画としては二度目の快挙ということになる。
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「私は映画的な文章を書く傾向にあるんです」と、ウィアーは話す。「私の物語作りの発想は、これまでに観てきた非常に多くの映画から影響を受けています。だから私の書く小説は、ある意味で、すでに映画的なのです。脚色とは常に難しいものですが、私の作品はそれほど複雑な処理を施さなくても、そのまま翻案できるのだと思います」
巨額の予算を投じた非シリーズものの企画が稀少または皆無に近くなった昨今の趨勢とは裏腹に、カリフォルニア州デイビス出身のコンピュータプログラマーだったウィアーの既刊3作は、いずれも大手の映画製作会社の間で争奪戦になっている。2014年のデビュー作『火星の人』は、その翌年にリドリー・スコット監督作の『オデッセイ』となったし、月を舞台にした強盗物語の『アルテミス』は、ロード&ミラーが映画化権を押さえた。
多くの点で、ウィアーはマイケル・クライトンの後継者だ。クライトンの思索的な小説もまた、1990年代を通じて争奪戦を巻き起こした。クライトンは架空の技術や発想が生み出す心理学的・社会学的な意味合いを描いただけではなく、恐竜を蘇らせる方法まで提示した。謙虚で控えめなウィアーはクライトンになぞらえられることを好まず、彼ほど幅広い題材は扱えないと述べている。それでもウィアーは、そうした映像的なSF小説のスタイルを、一段上のレベルにまで高めた。
『プロジェクト・ヘイル・メアリー』(以下、『PHM』)において、ウィアーは自ら創造した奇妙なエイリアン種族の解剖学的特徴や、光を食べて地球上の生命を脅かす宇宙藻類の繁殖方法をきっちりと書き込んでいる(ウィアー「オーストラリアのオオヒキガエルのような一種の外来種ですよ。ただし、もっとタチが悪い」)。目指すのは、単に作品を見せることではなく、細部まで作りあげたものを読者に段階を追って紹介していくことなのだ。
この「藻類を題材にした教育エンターテインメント」は、映画化には向いていないように聞こえるかもしれない。しかし『火星の人』と『PHM』は、どちらも宇宙という環境そのもの以外には本質的な「悪玉」が存在しないSFサバイバル物語として異彩を放っている。両作のカリスマ的な主人公たちは、排泄物とジャガイモしか頼るもののない不毛の異星に独り取り残されるか、危機に瀕した宇宙研究所で岩石のマペットとともに世界の救済を試みるかの違いはあれど、どちらも最悪の状況から知恵を絞って抜け出さなければならない。数学はプロットを損なうものではなく、プロットそのものなのだ。
『オデッセイ』のマット・デイモンの後を受けて、『PHM』の主演を務めたのはライアン・ゴズリングだ。極めて原作に忠実なこの映画で(脚本は『オデッセイ』と同じドリュー・ゴダード)、ゴズリングは「知性ある岩石」との友情を育む。そのケミストリーたるや、彼が過去に共演したマーゴット・ロビー、レイチェル・マクアダムス、エヴァ・メンデスらとのそれに勝るとも劣らない。おかげで2時間半の上映時間もあっという間だ。
ウィアーが読者や映画の観客の心をどうしてこれほど深くつかめるようになったのかが気になって、彼の創作に影響を与えた10のSF小説と映画を順不同で挙げてもらった。その後に、それらの作品について電話で詳しい話を聞いた。
『アポロ13』(1995年)
ビル・パクストン、エド・ハリス、トム・ハンクス、ゲイリー・シニーズ、ケヴィン・ベーコンらが出演した、ロン・ハワード監督によるオールスター・サスペンス。失敗に終わった1970年の月面着陸計画が題材。
アンディ・ウィアー:『火星の人』に最も近いのは『アポロ13』でしょう。大いにインスピレーションを受けました。『アポロ13』にはひとつのエアタンクを別のと連動させようとするシーンがありますが、『火星の人』はそんな話だと私はよく説明します。丸々一冊それだといってもいい。昔聞いたジョークを思い出しますね。「地上の管制官が『アポロ13』の真のヒーローだと思う奴は、たぶんオタクだぜ」というもので、私は「もちろん彼らがヒーローさ!」と思っていました。
『アルテミス』の映画化が遅れている理由のひとつは、共同監督のロードとミラーが、ワイヤーアクションを使ったり、10億ドルなんて費用をかけたりせずに1G未満の重力を再現しようと試みてきたからです。地球上で1G未満の重力を作り出すには、いわゆる「嘔吐彗星(無重力研究に使う航空機)」にでも乗るしかなく、その場合でも一度に30秒程度しか無重力状態を得られません。『アポロ13』ではそれが使われました。無重力シーンの一部は、文字通り無重力ですよ。彼らは嘔吐彗星の内部にセットを組み立て、機体を放物線状に降下させたのです。大変感銘を受けましたね。
『われはロボット』(1950年)
アイザック・アシモフが時代に半世紀先んじてロボット工学の持つ意味を探求した短編集。2004年にウィル・スミス主演で映画化(『アイ,ロボット』)されたが、期待を裏切った。
ウィアー:若い時分には短編集を非常に愛好していました。実際、『火星の人』の後、最初に出版社に売り込んだのは短編集だったんです。先方からは「そんなもの誰も買わないし、誰も読みません」という返事が来ましたがね。10代の頃は短編集さえあれば満足でしたが、きっと珍しい趣味だったのでしょう。『われはロボット』は短編集ですが、中心的なテーマによってつながっていて、一部の登場人物も重複しています。作家というのはひとつの発想からあらゆる方向に話を展開させられるのだなと感心しましたが、そのような本を読んだのは初めてでした。
『われはロボット』はシンプルなアイデアから始まります。ロボット三原則があり、ロボットのいる未来社会が存在する。そこでアシモフは、自ら定めた三原則に反する問題を作り出し、それを解決していくのです。「これは第二原則を少し損なったらどうなるかという話だ」という具合にね。私はそれが大好きですし、私の作品の多くもそうしたものですよ。アシモフは私のお気に入りの作家です。
映画版は原作にまるで忠実ではありませんでした。作り手を批判しているわけじゃありませんよ。ただ、私向きではなかったということです。私は筋金入りのアシモフ・ファンなので、私が満足するような『われはロボット』の映画化作品は決して作れないかもしれませんね。あるいは、私が満足する映画になったなら、ほかにあと4人ぐらいしか満足しないかも。大衆受けする作品にはならないでしょう。映画化に向いたアシモフ作品を探しているなら、ずいぶん前から世に出ているのが1つあります。『鋼鉄都市』です。
『鋼鉄都市』(1954年)
SFというジャンルの自由さを示したアシモフの探偵小説。
ウィアー:出所は不明ですが、『鋼鉄都市』にはこんな裏話があります。「SFのノワール小説など書けまい」と、誰かがアシモフに賭けを持ちかけたというんですね。そこでアシモフは書いてみせた。あれを読んで私は、SFとはジャンルではなく設定なのだと初めて気づきました。SFアクションもSFロマンスもSFコメディもあり得ますが、SFというのはあくまで設定なのです。『鋼鉄都市』の場合は、SF的な世界が舞台の殺人ミステリーです。ひとりの探偵を中心としたミステリーであり、その点ではエルキュール・ポアロものなどと何も変わりません。ただ、ロボットの存在する世界でそれが繰り広げられるわけです。
『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(1985年)
ロバート・ゼメキス監督の『バック・トゥ・ザ・フューチャー』だ。すでにご覧になっているだろう。
ウィアー:子どもの頃、タイムトラベルの何かに強く惹かれました。この映画が公開された1985年当時、私は12、13歳。よく言われますが、自分が10歳だった頃の世界が誰にとってもサイコーなんです。まさにそんな年代のときに、私は『バック・トゥ・ザ・フューチャー』に衝撃を受けました。すごく心躍るものがあると思ったんですよ。別の時代に行き、過去を変えることはできないまでも、まるで観光客のように当時の人々を見ることができるのだという発想にね。それに私は、ファンによる二次創作でよく見かけるようなクロスオーバーが昔から大好きでした。私に言わせれば、タイムトラベルは2つの異なる時代が交わる究極のクロスオーバー・フィクションだったんです。
『バック・トゥ・ザ・フューチャー』は、タイムトラベルの仕組みやら原理やらをくどくど説明しなかったからこそ、誰もが納得する快作になったのだと思います。タイムトラベルの科学的根拠を説明する際のアプローチは、「君たちの可愛いオツムをそんなことで痛めなくていいんだよ」というものでした。サイコーですよね。私も私の可愛いオツムをそんなことで痛めずに、ただ楽しみました。
『ゲーム・プレイヤー』(1988年)
英国のSF作家イアン・M・バンクスによる『カルチャー』シリーズの一作。舞台はユートピア的な未来社会。
ウィアー:『カルチャー』シリーズの第一作は『Consider Phlebas』ですが、私が一番好きなのは『ゲーム・プレイヤー』です。というのも、これを読むまでは、完全な脱希少性社会(注:科学技術の進歩によって必要なものが無限に供給される社会)を舞台にした物語なんて書けないだろうと思っていたからですよ。だって争いの種になるものがないのに、どうやって争いを描けっていうんですか? 論争さえ必要なくなるでしょう? 「へえ、自分の惑星の、自分の浮島に、自分の豪邸を建てたいんですね? ご自由に!」って感じですもんね。しかし彼はそれを非常に面白く書いています。
ここで肝心なのは、この「カルチャー」と呼ばれる社会は別に軍国主義的でも攻撃的でもなく、単に全員の幸福を最大化したいだけなのだということです。そこで彼らは、その幸福を脅かす別の社会を何とかしようと決意した。さもないと2000年後ぐらいに戦争になってしまうが、それは嫌だってことでね。ちなみに公正を期すために言っておくと、物語の大部分は主人公と彼の相棒ロボットが暮らす、脱希少性とはほど遠い社会で展開されます。ほとんどの争いの出所は、そこなんですよ。それでも、非常に興味深い作品でした。
『スター・ウォーズ/帝国の逆襲』(1980年)
ジョージ・ルーカス監督による大人気スペースオペラ三部作の第2弾。
ウィアー:既知の宇宙に住む全員が同意すると思いますが、『帝国の逆襲』こそ『スター・ウォーズ』シリーズの最高傑作ですよ。最後に悪玉が勝つなんて映画を観たのは、私が記憶する限り、あれが初めてでした。まったく予想外でしたね。それに悪玉は有能でもありました。単に善玉が間抜けな悪玉集団をやっつけるだけの話ではなかったのです。アクション映画ではたいてい、悪玉は数で勝り、ヒーローはスキルで勝りますよね。ところが、この作品では、数とスキルの両方で勝る悪玉がヒーローを打ち負かした。私は「ほお!」と思いましたね。おかげで次作が本当に楽しみになりました。『ジェダイの帰還』は、「いったいどちらが勝つのだろう?」と思いながら観に行ったものです。
──興味深いですね。というのも、あなたの作品には、そうした要素がそれほど色濃くはないからです。少なくとも『火星の人』と『PHM』には。ええ、むしろ「人間対自然」ですよね。私がそれを好むのは楽観的な人間だからです。全員が協力・団結して、共通の問題を解決するような物語を書くのが好きなんですよ。「人間対自然」の物語では、誰も自然を応援しません。居住区の密閉が損なわれ、(『火星の人』の主人公)マークが死ぬなんて展開、考えられますか(笑)。
『ルナ・ゲートの彼方』(1955年)
過酷な惑星に取り残された一群の生徒たちを描く、ロバート・A・ハインラインの小説。
ウィアー:子どもの頃、ハインラインのすべての本を愛していました。いや、それは事実ではないか。ハインラインのすべての初期作品を愛していました。後期の彼は下品な老人になってしまって、異常なセックスだのを書き始めたので、読む気が失せましたがね。とはいえ初期の作品は見事です。『ルナ・ゲートの彼方』はサバイバル・ストーリーで、ご承知のとおり間違いなく私の好きな分野です。
面白いネタをひとつ。ハインラインは反骨の人でした。『ルナ・ゲートの彼方』の主人公は黒人ですが、当時は「主人公は黒人だ」などと気軽に言える時代ではありませんでした。もし言ったら、「よし、それならこの本は黒人の読者向けだから、黒人にだけ売ることにしよう」などと言われたでしょう。しかし彼はそうしたくなかったので、黒人を主人公に据えながら、賢明にもそれを明言しなかったのです。本の中の手がかりをつなぎ合わせなければ、そのことは見えてきません。後年のインタビューで、彼はこう言っています。「ええ、主人公は黒人です。ただ版元から横槍が入らないように、そのことは黙っていなければなりませんでした」と。
『スター・トレック2/カーンの逆襲』(1982年)
ニコラス・メイヤー監督による『スター・トレック』の劇場版第2作。
──ネタバレは避けたいのですが、『PHM』の後にこの作品のクライマックス・シーンを観ると、両作を関連づけずにはいられませんね。ウィアー:ええ、そうかもしれません。意識的にそうしたわけではありませんが、これは私の人生に大きな影響を及ぼした映画ですからね。最高の『スター・トレック』映画はこれだと、ほとんどの人が同意してくれるんじゃないでしょうか。私のストーリーの語り方に、間違いなく影響があったと思います。
『レッド・プラネット』(1949年)
火星の寄宿学校の生徒たちを描いたロバート・A・ハインラインの一篇。
ウィアー:私が火星に強い関心を抱くようになったのは、ハインラインのせいだといえるでしょう。あの本で描かれた火星は、現実の火星とはまるで似ていませんが、彼が設定したルールは本当に興味深いものでした。実際、ある場面では、ある植物の内部に入った主人公が、酸素不足で死にかけます。そこで彼はヘッドランプをつけ、植物の内部に光を当てるのです。すると植物が光合成によって酸素を合成し、彼はその夜を生き延びるというわけ。もしかしたら、それが火星の自然環境下でどうやって生き延びるかという着想の種を、私の頭に植え付けたのかもしれませんね。たぶんですが。
『宇宙のランデヴー』(1973年)
巨大な宇宙船が突如太陽系に飛来したときに何が起こるかを描いたアーサー・C・クラークの小説。
ウィアー:非常にはらはらさせられるファーストコンタクト物語です。私がこの作品に惹かれた理由のひとつは、これが素晴らしい謎解き小説になっている点です。その物体は何なのか? 何をしているのか? 人類は寄せ集めの調査隊をそこに送り込むのがやっとという程度のインフラしか持っていません。偶然そのとき、その軌道上に居合わせた者たちが、それに当たったのです。面白いじゃありませんか。ただ、詰まるところ、私が気に入ったのは──60年近く前に出版されたこの本をまだ読んでいないという方々にはネタバレになりますが──宇宙船が人類に少しも興味を持っていなかったという点だと思います。彼らは人類と話をするために来たわけではなかった。彼らは星から星へと渡り歩く過程で、“充電”のために星に接近してエネルギーを集めているだけなのです。だからラーマ人は、おそらく地球上に生命が存在することすら知りませんでした。これ以上ないほど人類には無関心だったのです。そこが私はとてもうまいと思います。人類をまったく気にかけない宇宙人が出てくる物語など、それまで読んだことがありませんでした。
──宇宙藻類とどこか似ていますね。ええ、ある意味で。着想の一部になったかもしれません。あの宇宙船は宇宙藻類と似ています。アストロファージも地球を目当てにやって来たわけではなく、太陽を目当てにやって来たのです。
『アバター 伝説の少年アン』(2005年)
おまけにもう一作。ウィアーの挙げた作品がSFばかりだったので、登場人物の内面描写という点で影響のあった映画か小説はあるかと質問した。彼の回答は興味深いものだった。
ウィアー:私は自分の生み出すキャラクターがそれほど優れているとは思っていません。実際、その点は作家としての大きな弱点だと感じます。登場人物の深みや複雑さ。それをよりうまく書ける方法を学びたいですね。もっと巧みに血の通った登場人物を書けるようになりたいものです。
キャラクターの内面的変化や個性について考えるとき、私がしばしば持ち出す好例のひとつが、ニコロデオンのアニメシリーズ『アバター 伝説の少年アン』に登場するズーコです。最初の段階では、彼は主要な敵役なんですよ。善玉を倒すために悪の王国からやって来た悪玉なんです。しかしシリーズが進むにつれて、彼は視聴者の応援を受けるような善玉に変わり、主人公たちと協力し合います。視聴者は彼の性格や、今のような人物になった背景を知っていき、それと同時に、ズーコは人間的に成長し、最後には確固たる善玉の一員となるのです。私もそのくらい上手にキャラクターを書けたらいいのですが。
──それを聞いて驚きました。『PHM』のゴズリングは、非常に明確な内面的変化を見せていると思うからです。あなたのお膳立てが優れていたからではありませんか?まあ、人物の内面的変化に関しては、よりうまく書こうと最善を尽くしていますからね。永遠に「プロットで読ませる作家」としてのみ生きていくことはできません。
From GQ.COM
By Abe Beame
Translated and Adapted by Atsuo Machida
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