現在位置: carview! > ニュース > 業界ニュース > 中野香織が紐解くブリティッシュ・アイビー

ここから本文です

中野香織が紐解くブリティッシュ・アイビー

掲載 1
中野香織が紐解くブリティッシュ・アイビー

アメリカ由来のアイビーだが、英国的なクラシックやフレンチ・シックを取り入れた独自のスタイルも注目を集めている。英国文化を研究する服飾史家の中野香織さんが考察する。

ルーツは英国クラシックメンズファッションの源流には、イギリスのクラシックスタイルが存在する。1950年代、アメリカの名門大学であるアイビー・リーグの学生から始まった「アイビー・スタイル」も、実はイギリスのトラディショナルな要素を土台として派生したものだ。アイビーリーガーたちにとっては、必ずしも意識的なファッションではなく、いわば日常着や一種の制服のようなものであった可能性が高い。その装い一式を1960年代の日本が取り入れ、VANを中心としたクリエイターたちによって日本独自の解釈と定義が与えられたのが「アイビー・ルック」である。これは日本で独特の進化を遂げつつ長く愛され、のちにアメリカへ逆輸出されて再評価されたことは広く知られている。そして近年、さらに一歩踏み込んだ「ブリティッシュ・アイビー」という新たな潮流が日本で注目を集めている。

NIGO率いるケンゾーがフューチュラ 2000とのコラボレーションを発表!

そもそもアメリカン・アイビーと呼ばれるスタイルは、3つボタンのブレザーにボタンダウンシャツ、コットンパンツ、ローファーなどを合わせる軽快で清潔感あふれるファッションが基本である。しかし、その各アイテムの起源をさらにたどれば、1920年代の英国紳士が取り入れていたスポーツウェアやリゾートウェアなど、イギリス式の装いに行きつく。こうした原型がアメリカ流のカジュアル化を経て完成したのが「アイビー・スタイル」だったというわけだ。結果として、イギリス上流階級の品格をほのかに漂わせるエッセンスが、アメリカを経由して日本に届いたことで、日本の若者たちにとっても大きな魅力となっていったと考えられる。

1960年代の日本で起きたアイビー旋風の際には、その奥底にイギリス的な要素は見え隠れしていたものの、憧れの対象はあくまでもアメリカのアイビーリーガーのライフスタイルであった。ブルックス ブラザーズやJ.プレスといったアメリカの名門ブランドがもてはやされ、彼らのシンプルかつ洗練された大学生活に日本の若者は夢を投影したのである。

ところが、ここ1~2年ほど前から話題になっている「ブリティッシュ・アイビー」というトレンドは、より直接的に英国ブランドやそのテイストを取り入れたスタイリングを特徴としている。たとえばバブアー(Barbour)のオイルドジャケットや、ドレイクス(Drake ’ s)のネクタイやスカーフなど、老舗ブランドの定番アイテムを押さえつつ、伝統と現代性をうまく融合させることが最大の魅力だ。興味深いのは、「ブリティッシュ・アイビー」という名称自体、当の英国ではほとんど聞かれないという点である。これはまさに、日本独自の観点とネーミングによって再構築された、いわばオリジナルのファッション潮流と言える。1960年代にアメリカ由来のアイビー・スタイルを日本が再定義した歴史を思い起こさせる。

こうしたムーブメントの背景には、数年来続くクラシック回帰やレトロブームがある。伝統的なテーラードや往年の名品を再評価する動きが高まるなかで、ブリティッシュ・アイビーも同じ文脈の延長線上にある。ただし、当時の厳格なドレスコードを忠実に再現するわけではなく、現代の若者が自由な解釈で取り入れている点にこそ特徴がある。たとえば、クラシックなツイードジャケットにオーバーサイズのパンツを合わせたり、格式高いマッキントッシュコートにあえてスニーカーを合わせたりするなど、伝統を尊重しながらもルールを柔軟に変化させる姿がいまの時代にフィットしていると見える。

さらに、フォーマルすぎずカジュアルすぎないというバランス感覚も、ブリティッシュ・アイビーが支持を得ている理由の一つだろう。イギリス仕込みのクラシカルな落ち着きと、アメリカ流の軽快さ、そして日本人特有の繊細なアレンジが組み合わさることで、オンでもオフでも対応しやすい便利なスタイルが完成する。また、英国の伝統的な素材や縫製技術に裏打ちされたアイテムは、長年の着用に耐え得るというサステナブルな側面も持ち合わせている。良質なものを長く大切に使いたいという意識が高まる現在、若い世代にも歓迎されるのは当然かもしれない。

実例を挙げるなら、バブアーのオイルドコットンジャケットは手入れさえすれば数十年単位で愛用できる高い耐久性を誇る。メンテナンスを重ねるごとにオイルドコットン特有の風合いが増し、エイジングが楽しめるのも魅力だ。こうした歴史と物語を伴うプロダクトを、ストリート感覚で若者がさらりと着こなしたり、モダンなシルエットや革新的な配色で再構築したりするのが、いまのブリティッシュ・アイビーの面白さである。伝統的なデザインをリスペクトしながらも、時代に合わせて自由にアレンジする精神は、常に若者文化を牽引してきた普遍的な美学でもある。

興味深いことに、エディ・スリマンが手がけた最後のセリーヌのコレクションは、1920年代にロンドンの若者を中心に結成された社交界グループ“The Bright Young Things”に由来する。彼らは当時の英国社交界を賑わせた派手なパーティー文化とドレスコード破りで知られ、英国の伝統を背景にしながらも固定観念を軽やかに超えていくファッション感覚をもっていた。現代のブリティッシュ・アイビーにも通ずる精神だろう。由緒正しい歴史を下地としながら、そこに新鮮な創意を加えていく姿勢こそが、「アイビー」というスタイルの本質である。

まとめてみよう。「アイビー」はアメリカで確立されたスタイルでありながら、そのルーツには英国のクラシックスタイルがしっかりと息づいている。そして日本は、日本人特有の繊細な感覚をもって「アイビー」の起源をさらに深く掘り下げ、新たな視点で「ブリティッシュ・アイビー」というスタイルを編み出し、世界のファッションシーンに再び刺激を与えている。伝統と革新が交錯し、新たな価値が生み出される中で、次なる「アイビー」はどんな表情を見せるのか。若い世代が柔軟なアレンジを加えながらも、受け継がれてきた品格を大切にする姿勢こそ、これからのメンズファッションを切り拓く鍵となる。

KAORI NAKANO服飾史家、著作家。英国文化、ダンディズム史、ファッション史、英国王室スタイル、ラグジュアリー領域を専門とする独立研究者。著書に『「イノベーター」で読むアパレル全史』、『新・ラグジュアリー 文化が生み出す経済 10の講義』(安西洋之との共著)など。

WORDS BY KAORI NAKANO、Getty Images, © CELINE

文:GQ JAPAN
【キャンペーン】第2・4金土日は7円/L引き!ガソリン・軽油をお得に給油!(要マイカー登録&特定情報の入力)

こんな記事も読まれています

ロレックスのニックネームはいくつある? “ペプシ”から“ピカチュウ”まで47種類を総まとめ!
ロレックスのニックネームはいくつある? “ペプシ”から“ピカチュウ”まで47種類を総まとめ!
GQ JAPAN
ラグジュアリーフルサイズSUVのパイオニアだからこその完成度──新型キャデラック エスカレード スポーツ試乗記
ラグジュアリーフルサイズSUVのパイオニアだからこその完成度──新型キャデラック エスカレード スポーツ試乗記
GQ JAPAN
コラボものを筆頭に、独自のモードを表現するバレンシアガ──2025年夏のTシャツ&カットソーコレクション
コラボものを筆頭に、独自のモードを表現するバレンシアガ──2025年夏のTシャツ&カットソーコレクション
GQ JAPAN
愛着から生まれる私のヴィンテージ──“伝説のミューズ”小林麻美とジェントルマン Vol.10
愛着から生まれる私のヴィンテージ──“伝説のミューズ”小林麻美とジェントルマン Vol.10
GQ JAPAN
山田泰巨が案内! 村野藤吾や渡辺仁が手掛けた泊まれる名建築ホテル──特集:自分磨きの夏旅へ
山田泰巨が案内! 村野藤吾や渡辺仁が手掛けた泊まれる名建築ホテル──特集:自分磨きの夏旅へ
GQ JAPAN
ラグジュアリーなロゴ使いが冴えるフェラガモ──2025年夏のTシャツ&カットソーコレクション
ラグジュアリーなロゴ使いが冴えるフェラガモ──2025年夏のTシャツ&カットソーコレクション
GQ JAPAN
素材&カラーリングでモードな遊びが垣間見えるロエベ──2025年夏のTシャツ&カットソーコレクション
素材&カラーリングでモードな遊びが垣間見えるロエベ──2025年夏のTシャツ&カットソーコレクション
GQ JAPAN
社会的身体をテーマとした「体を成す からだをなす」展──銀座メゾンエルメス ル・フォーラムにて開催
社会的身体をテーマとした「体を成す からだをなす」展──銀座メゾンエルメス ル・フォーラムにて開催
GQ JAPAN
リシャール・ミルの新作は時計ではなくバイク!? ブラフ・シューペリアと協業し「RMB01」を発表
リシャール・ミルの新作は時計ではなくバイク!? ブラフ・シューペリアと協業し「RMB01」を発表
GQ JAPAN
機能と感性が交差する旅の3スタイル「ビーチ編」──特集:自分磨きの夏旅
機能と感性が交差する旅の3スタイル「ビーチ編」──特集:自分磨きの夏旅
GQ JAPAN
セクシーとラグジュアリーが共存するドルチェ&ガッバーナ──2025年夏のTシャツ&カットソーコレクション
セクシーとラグジュアリーが共存するドルチェ&ガッバーナ──2025年夏のTシャツ&カットソーコレクション
GQ JAPAN
古くて新しいメルセデス・ベンツGクラスの特別仕様車が日本上陸! G450d Edition STRONGER THAN THE 1980s登場──GQ新着カー
古くて新しいメルセデス・ベンツGクラスの特別仕様車が日本上陸! G450d Edition STRONGER THAN THE 1980s登場──GQ新着カー
GQ JAPAN
エルメスからルイ・ヴィトンまで、いつもの旅をアップグレードしてくれるトラベルアイテム──特集:自分磨きの夏旅へ
エルメスからルイ・ヴィトンまで、いつもの旅をアップグレードしてくれるトラベルアイテム──特集:自分磨きの夏旅へ
GQ JAPAN
エスクードが生まれ変わった!──新型スズキeビターラ試乗記
エスクードが生まれ変わった!──新型スズキeビターラ試乗記
GQ JAPAN
ニューバランス新作「Made in UK 991v2 “Brandied Apricot”」は上品なアプリコット色!──GQ新着スニーカー
ニューバランス新作「Made in UK 991v2 “Brandied Apricot”」は上品なアプリコット色!──GQ新着スニーカー
GQ JAPAN
【Amazonプライムデー2025】折りたたみメンズ日傘のおすすめ決定版! 猛暑と紫外線から身を守る晴雨兼用14モデル
【Amazonプライムデー2025】折りたたみメンズ日傘のおすすめ決定版! 猛暑と紫外線から身を守る晴雨兼用14モデル
GQ JAPAN
アートとモードが高次元で融合するマルニ──2025年夏のTシャツ&カットソーコレクション
アートとモードが高次元で融合するマルニ──2025年夏のTシャツ&カットソーコレクション
GQ JAPAN
古き良き英国ファッションを、ディープなモードで解釈するメゾン マルジェラ──2025年夏のTシャツ&カットソーコレクション
古き良き英国ファッションを、ディープなモードで解釈するメゾン マルジェラ──2025年夏のTシャツ&カットソーコレクション
GQ JAPAN

みんなのコメント

1件
  • mak********
    オイルドコットンのジャケットは一着欲しいけど、満員電車に揺られる毎日では周囲に迷惑かけるから何年も思うだけで済ませてる。記事写真のような環境ならいいよね。それ含めて羨ましい。良いものを大事に長く使う生活に憧れるんだ。
※コメントは個人の見解であり、記事提供社と関係はありません。

この記事に出てきたクルマ

新車価格(税込)

177 . 7万円 257 . 8万円

新車見積りスタート

中古車本体価格

3 . 8万円 293 . 0万円

中古車を検索
ホンダ フィットの買取価格・査定相場を調べる

査定を依頼する

メーカー
モデル
年式
走行距離

おすすめのニュース

愛車管理はマイカーページで!

登録してお得なクーポンを獲得しよう

マイカー登録をする

おすすめのニュース

おすすめをもっと見る

この記事に出てきたクルマ

新車価格(税込)

177 . 7万円 257 . 8万円

新車見積りスタート

中古車本体価格

3 . 8万円 293 . 0万円

中古車を検索

あなたにおすすめのサービス

メーカー
モデル
年式
走行距離

新車見積りサービス

店舗に行かずにお家でカンタン新車見積り。まずはネットで地域や希望車種を入力!

新車見積りサービス
都道府県
市区町村