6月はプライド月間。1980年代から現在までのクィア・シネマの歴史について研究者の菅野優香とともに振り返る。
改めてクィア・シネマの歴史を振り返りたいプライド月間。1980年代のメインストリーム化、90年代のニュー・クィア・シネマ、そして近年の多様化する表象まで──クィア映画は社会の変化を映し出すだけでなく、既存の価値観や境界線そのものに問いを投げかけてきた。クィア・シネマ研究者の菅野優香に、1980年代から現在までの歴史と、その表現が持つ力について話を訊いた。
濱口竜介が考えるケアと資本主義──映画『急に具合が悪くなる』ロングインタビュー
可視化されるクィアの物語アンダーグラウンドやアバンギャルド、フェミニズムを背景にしたアートハウス系の映画が出てきた70年代に比べて、80年代はハリウッドやメインストリームにLGBTQにまつわる映画が台頭してきた時代です。一方で、ステレオタイプ的に描かれる作品もありました。例えば『クルージング』(1980)は、公開当時にLGBTQのコミュニティから上映反対運動が起きるほど、ゲイをネガティブに描いた作品として批判が起きました。今では少し違う見方もできますが、ある意味、80年の幕開けとして語られる象徴的な作品だなと思います。
そこから80年半ば以降は、世界的に蔓延したHIV /エイズがクィア映画を大きく変えた出来事になりました。それまではアイデンティティや恋愛をテーマにした作品が中心でしたが、80年代半ば以降は、HIV /エイズと隣り合わせの社会のなかでLGBTQの人々がいかに生きるのか、そして家族に代わるコミュニティのなかでどのように支え合い、ケアを実践していくのかが描かれるようになりました。代表的な作品に『ロングタイムコンパニオン』(1989)と『パーティング・グランシズ』があります。
同時に、それまではLGBTQのなかでも特にゲイをテーマにした作品が多かったのが、80年代にはレズビアン表象もメインストリーム化してきてます。ここで紹介したいのが、『マイライバル』(1982)、『カラーパープル』(1985)、『ビビアンの旅立ち』(1985)の3本です。『カラーパープル』に関しては、スティーヴン・スピルバーグが監督を務めていて、メジャーシーンの監督がクィアな物語を手がける時代への移り変わりを象徴する作品だと思います。
もちろん、そうした当事者ではない男性監督による作品もありましたが、その一方で、『ビビアンの旅立ち』のドナ・ディッチをはじめ、スー・フリードリッヒ、バーバラ・ハマーといった当事者の女性の映画作家たちも精力的に作品を発表していました。80年代は、レズビアンの表象が広がっただけでなく、当事者自身の作った作品が広がり始めた時代でもあったと思います。
ただ、日本は少し状況が違いました。当時、美輪明宏さんやカルーセル麻紀さんのように表舞台で活躍するアイコンはいましたが、LGBTQの表象が見られる映像作品といえば、まだ成人映画が中心でした。「薔薇族映画」と呼ばれるゲイ向けの成人映画や、レズビアンものを扱ったピンク映画が多く作られていた時代で、欧米のようなかたちでクィア・シネマが一般映画として広がっていくのは、もう少し後のことになります。
ニュー・クィア・シネマの台頭90年代初頭からは、英米を中心に「ニュー・クィア・シネマ」と呼ばれる映画の潮流が生まれました。そこでは、LGBTQを肯定的に描くだけではなく、破天荒な主人公や犯罪者、アウトサイダーなど、より複雑で矛盾を抱えた人物像が描かれるようになります。当事者である監督たちが自らの視点で作品を手がけたことで、クィア映画は社会的メッセージだけでなく、エンターテインメントとしても強い力を持つようになったと思います。
また、80年代のハリウッド映画では十分に描かれてこなかった、有色人種のLGBTQコミュニティや多様なバックグラウンドを持つ人々がスクリーンに登場するようになったのも、この時代の大きな特徴です。当事者の監督たちが制作の主体となったことで、それまで可視化されてこなかった経験や視点が映画のなかに持ち込まれるようになりました。
ニュー・クィア・シネマを代表する作品としては、まずデレク・ジャーマン監督の『エドワードII』(1991)が挙げられます。当時としては非常に大胆なクィア表象で、大きなインパクトを残した作品として知られています。また、現在はハリウッドでも活躍するトッド・ヘインズ監督も、この時期から実験的な作品を数多く手がけていました。ほかにも、ガス・ヴァン・サント監督の『マイ・プライベート・アイダホ』(1991)や、現在はアーティストとしても知られるアイザック・ジュリアン監督の『ラングストンを探して』(1989)など、後の映画史やアートシーンに大きな影響を与える作品が次々と生まれています。
なかでも、いまなお名作として語られることが多いのが、ジェニー・リビングストン監督の『パリ、夜は眠らない』(1990)です。1980年代のニューヨークにおけるボールカルチャーを記録したドキュメンタリーで、黒人やラテン系のLGBTQコミュニティの人々が自らの言葉で語る姿をスクリーンに映し出しました。有色のクィアやトランスジェンダーの文化や生活を広く可視化したという意味でも、画期的な作品だったと思います。
メインストリームへの浸透一方で、ニュー・クィア・シネマとは別の流れとして、80年代から続くメインストリーム映画におけるLGBTQ表象もいっそうの広がりを見せていきます。象徴的な作品のひとつが、ジョナサン・デミ監督による『フィラデルフィア』(1993)です。トム・ハンクスとデンゼル・ワシントンという当時のスター俳優を起用し、HIV /エイズとゲイに対する偏見を法廷で覆していく物語を描きました。HIV /エイズに対する社会の認識を変えるひとつのきっかけになった作品だったと思います。
アジア圏では、香港からウォン・カーウァイ監督による『ブエノスアイレス』(1997)、台湾からはツァイ・ミンリャン監督による『愛情萬歳』(1994年)、『河』(1997年)が公開されました。
日本におけるクィア・シネマの先駆者たち日本では、90年代に入るとLGBTQを主題とした映画が少しずつ公開されるようになります。なかでも、橋口亮輔監督の『二十才の微熱』(1993)や『渚のシンドバッド』(1995)は、日本のクィア・シネマを切り拓いた重要な作品だと思います。
去年亡くなられましたが、大木裕之さんも、現代アートの領域で知られるようになる以前から映画制作を手がけていました。90年代には『ターチ・トリップ』(1993)、『あなたがすきです、だいすきです』(1995)、『たまあそび』(1996)などを発表していて、日本のクィア・シネマを語るうえで欠かせない存在だと思います。
また、女性の作家では崟利子(たかし・としこ)監督がいます。90年代後半から、ドキュメンタリーの要素を取り入れた実験的な作品を制作していて、日本におけるクィア映画表現の幅を広げた作家のひとりです。
普遍性から個別性へ2000年代になると、より多くの人が感情移入しやすい普遍的な恋愛の物語が台頭する一方で、アイデンティティやカミングアウトをめぐる葛藤など、ヒューマニズムの側面にも焦点が当てられるようになったと思います。
代表的な作品としては、アン・リー監督の『ブロークバック・マウンテン』(2005)や、ガス・ヴァン・サント監督の『ミルク』(2008)が挙げられます。いずれもメインストリームで大きな注目を集め、クィアな物語をより広い観客層へ届けた作品でした。
また、レズビアンをテーマにした作品では、デヴィッド・リンチ監督の『マルホランド・ドライブ』(2001)のように、必ずしも当事者ではない監督たちも興味深いクィア・シネマを手がけるようになりました。
その延長線上で、2010年代以降は普遍的な恋愛やアイデンティティの物語からさらに進み、人種や階級、移民といった個別の背景にも目が向けられるようになったと思います。
例えば、ショーン・ベイカー監督の『タンジェリン』(2015)は、スマートフォンだけで撮影されたことでも話題になりましたが、トランスジェンダー女性のセックスワーカーを主人公に、貧困の問題にも切り込んだ作品です。セバスティアン・レリオ監督の『ナチュラルウーマン』(2017)も同じく、トランスジェンダー女性を主人公に描いた物語で第90回アカデミー賞では外国語映画賞(現・国際長編映画賞)を受賞しています。
また、1990年代から活躍を続けるトッド・ヘインズ監督は、『キャロル』(2015)において、アメリカの作家、パトリシア・ハイスミスの小説『ザ・プライス・オブ・ソルト』を原作に、1950年代のニューヨークを舞台とした女性同士の恋愛を描いています。国際的に高い評価を受け、カンヌ国際映画祭ではクィア・パルムを受賞している作品です。
ほかにも、人々の日常や成長の過程を丁寧に描く作品も増えていきました。象徴的な作品として、バリー・ジェンキンス監督の『ムーンライト』(2016)があります。
アラン・ギロディ監督も90年代から短編映画作品を制作していましたが、2013年に『湖の見知らぬ男』で第66回カンヌ国際映画祭のある視点部門に出品され、監督賞とクィア・パルムを受賞しています。
近年では、ジェーン・カンピオン監督が12年振りとなる作品『パワー・オブ・ザ・ドッグ 』(2021)でクィア・ウェスタンともいえる作品に挑戦し、ヴェネツィア国際映画祭で監督賞にあたる銀獅子賞を受賞しました。
日本の作品でいえば、今井ミカ監督による『虹色の朝が来るまで』(2018)がとても印象に残っています。ろう者であり、性的マイノリティでもある人々の交流を全編手話で描いた作品で、監督自身もろう者です。当事者の視点から映画表現そのものを捉え直し、クィア・シネマの可能性をさらに広げると同時に、これまでとは違う映画表現のあり方を感じさせる作品だったと思います。
個人的に、いま日本で注目している若手の映画監督は、小田香監督です。2011年に大学の卒業制作として発表した『ノイズが言うには』では、自身が家族に性的少数者であることを告白するプロセスを題材にしていて、その作品でデビューしました。その後は国内外で高い評価を受け、現在に至るまで国際的に活躍する映画作家として活動されています。
またクィア・アニメーション作家の矢野ほなみさんも、映像における「クィア」の可能性を広げる作品を次々と発表しており、新作『エリ』がカンヌ映画祭2026の「監督週間」に選出されたばかりです。
境界を揺るがすクィア・シネマこうして90年代から時代の変遷を辿りながら、近年では多種多様なクィア・シネマが上映されています。もともと「クィア」という言葉自体が、既存のカテゴリーや境界線に疑問を投げかける概念です。そのため、クィア・シネマには分かりやすさや単純な共感だけでは捉えきれない作品も少なくありません。しかし、その戸惑いや居心地の悪さこそが、クィアが本来持つ批評性と創造性でもあると思います。
トッド・ヘインズ監督の『ポイズン』(1991)やクリストファー・ミュンチ監督の『僕たちの時間』(1991)、ジョン・グレイソン監督の『ゼロ・ペイシェンス』(1993)、シェリル・デュニエ監督の『ウォーターメロン・ウーマン』(1996)、そして近年のルシオ・カストロ監督『ドランクヌードル』(2025)に至るまで、クィア・シネマはしばしば時間軸や現実とフィクションの境界を揺さぶりながら、既存の秩序や常識を撹乱してきました。
「これは何なんだろう」「どう理解すればいいのだろう」。そんな戸惑いを残す作品に出会ったとき、そのわかりにくさ自体がクィア・シネマの魅力なのかもしれない。既存の価値観や境界線を問い直し続けること。それこそが、クィア・シネマがこれまで担ってきた役割であり、これからも持ち続ける力なのだと思います。
編集と文・倉田佳子(GQ)
申込み最短3時間後に最大20社から
愛車の査定結果をWebでお知らせ!
申込み最短3時間後に最大20社から
愛車の査定結果をWebでお知らせ!
愛車管理はマイカーページで!
登録してお得なクーポンを獲得しよう
申込み最短3時間後に最大20社から
愛車の査定結果をWebでお知らせ!
申込み最短3時間後に最大20社から
愛車の査定結果をWebでお知らせ!
店舗に行かずにお家でカンタン新車見積り。まずはネットで地域や希望車種を入力!
みんなのコメント
この記事にはまだコメントがありません。
この記事に対するあなたの意見や感想を投稿しませんか?