内燃機関による脱炭素
「EV(電気自動車)だけですべてをまかなうことが難しいというのは世界的な実験でも証明されている」
ベンツ・レクサスを抑えて「ダントツ1位」――経営者164人が選んだ愛車ブランドの正体
マツダの中井英二上席執行役員はこう語り、内燃機関を活用した新たな脱炭素技術の実証を進めていることを明らかにした(『日本経済新聞』2026年7月3日付け)。
その中核にあるのが、走行中に排気中のCO2を車両が回収し、給油時にガソリンスタンドでカートリッジを交換・回収するという構想だ。さらに回収したCO2はセメントや肥料、プラスチックなどの原料として利用することを想定している。
この取り組みの背景には、マツダの堅調な足元の事業基盤があるだろう。同社の5月単月の国内生産台数は前年同月比5.0%増の5万3135台、グローバル販売台数も10万1074台となり、10か月ぶりのプラス成長を記録した。特に北米市場では「CX-50」が前年同月比35.0%増となるなど、主力スポーツタイプ多目的車(SUV)の成長がグローバルで進んでいる。この確かな市場基盤があるからこそ、長期的な環境技術への継続的な投資と挑戦が可能になっている。
一見するとエンジン車の環境技術に見えるが、実際には自動車産業だけでは完結しない。もし実用化されれば、
・自動車
・石油
・化学
・建設
・物流
といった複数産業を横断する新たな資源循環の仕組みとなるかもしれない。これまで環境対策において排気管は排出物を減らす対象であったが、この構想はそこを資源の回収口へと転換する。日本の自動車産業が長年培ってきた精密な内燃機関の技術基盤を有効に活かし、脱炭素の資産へと反転させるアプローチである。
現在のガソリンスタンドは燃料を供給する場所として機能しているが、マツダの構想ではそこへ新たな役割が加わる。給油と同時に車両からCO2を回収し、産業用途へ流通させる
「炭素資源の回収拠点」
になるという考え方だ。しかし、その実現には車両技術だけでは不十分だろう。回収設備の整備、CO2輸送ネットワーク、利用先企業とのマッチング、安全基準、品質管理など、多数の事業者が連携するインフラが必要になる。中井氏も
「インフラ側の協力がなければ難しい」
と述べており、技術開発と同時に社会実装の仕組みづくりが重要になることを示している。これは、将来的な燃料需要の変化に直面する石油流通ネットワークに対し、新たな事業モデルと社会的インフラとしての持続可能性をもたらす広がりを含んでいるだろう。
排出物から資源への転換
今回の構想では、回収したCO2を産業原料として利用することが前提になる。実際にマツダは、固定化したCO2をセメント、肥料、プラスチック向けへ供給する方針を示している。回収したCO2に継続的な需要が生まれれば、自動車が排出するCO2は
「資源」
として経済価値を持つ。これは、自動車産業のバリューチェーンを素材、建設、ケミカルといった複数産業を横断する領域へと劇的に拡張させる可能性を示している。
その価値は利用先産業の需要や回収・輸送コスト、制度整備によって左右される側面はあるが、回収と利用の仕組みが社会的に整備されることで、産業の枠を超えた新しい市場の形成へとつながっていく。
この構想が実現した場合、自動車産業の収益源にも変化が生じる。これまでエンジン車の価値は走る、運ぶという機能が中心であったが、CO2回収機能が付加されれば、車両は移動手段であると同時に動く炭素回収システムとしての役割を持つ。自動車が社会のカーボンサイクルにおける一端末として機能し始める。
ガソリンスタンドにはCO2回収サービスという新たな業務が生まれ、物流会社にはCO2輸送需要が発生し、化学メーカーや建材メーカーは新たな原料調達ルートを得る。付加価値が完成車メーカーだけでなく、燃料供給、物流、素材産業へ分散し、各産業が連携しながら新たな経済圏を広げていく構図が浮かび上がる。
微細藻類との循環モデル
マツダはCO2回収だけでなく、微細藻類由来のバイオ燃料の研究も同時に進めている。中井氏によると、ゲノム編集技術を活用して1tあたりの藻類から得られる油の量を増やし、暑さに弱いといった課題にも対応しながら、2035年の実用化を目指して耐久レースという過酷な現場を高速の実験場として開発を加速させている。
このバイオ燃料とCO2回収の組み合わせは、脱炭素に向けた緻密な論理に基づいている。すでに従来の燃料に比べて90%のCO2削減を実現しているバイオディーゼル燃料を使用し、そこに走行中の排気から20%のCO2を回収する技術を掛け合わせる。
この数値の融合によって、排出量を削減量が上回るカーボンネガティブという新しい環境価値の道筋が具体性を帯びてくる。走れば走るほど空気がきれいになるという表現は、こうした技術の進展に裏付けられているだろう。
これは自動車メーカーの技術開発領域が、これまでの機械工学の枠を超えてアグリ・バイオ技術などの
「先端科学へと拡張している」
流れを示す一例でもある。仮に回収したCO2を藻類の育成へ活用し、その藻類から次の燃料を製造できれば、排出、回収、燃料化、再利用という産業内の強固な循環モデルへと発展していく。生産コストや大量培養技術の確立といった社会実装に向けたプロセスを経て、自動車産業はエネルギーの循環構造を自ら取り込んでいく広がりを見せているのだ。
対立を超えた多元的戦略
脱炭素を巡る議論では、EVと内燃機関が対立的に語られる場面も少なくない。一方、マツダが示す構想は、EVが徐々に増えていく流れを見据えつつ、内燃機関にも環境価値を持たせようとする試みである。自動車産業全体の脱炭素戦略が、ひとつの手段に依存する形から、多様な選択肢を組み合わせるマルチパスウェイへと移行しつつある流れを象徴している。
近年、世界の自動車市場ではこのマルチパスウェイへの揺り戻しが顕著になっている。米国ではZEV(ゼロエミッション車)目標の撤廃やインフレ削減法(IRA)におけるEV税制優遇措置の廃止が決定され、2025年後半からEV販売が激減する一方でハイブリッド車(HV)の販売比率が増加している。また欧州においても、2035年以降の内燃機関車販売を事実上禁止していたCO2排出規制の見直し案が2025年末に公表され、プラグインハイブリッド車(PHV)や持続可能燃料を使用する内燃機関車の存続が容認される方向へシフトしている。
こうした潮流の中で、内燃機関やHV、バイオ燃料対応車などを最適に組み合わせる日本発の戦略は、各国のインフラ事情に寄り添う現実解として、ブラジルやASEAN諸国など国際的な賛同を集めつつある。
電力網の負荷やエネルギーをめぐる地政学的リスクを考慮すると、動力を電気のみに依存することへの脆弱性が世界的に意識されている。液体燃料が持つ高いエネルギー密度や既存のインフラ網を活かすこの手法は、地域ごとのエネルギー環境に即した現実的かつ強靱なモビリティ社会を支える選択肢となるだろう。
この独自の戦略を推進するマツダには、変革の企業史がある。ロータリーエンジンの量産化に成功した同社は、オイルショック時の不振や1990年代の販売網拡大の失敗による危機を経験した。
その後、米フォード・モーター傘下での経営再建と資本解消を経て、現在はトヨタ自動車と業務資本提携を結び、米国合弁工場(MTMUS)の稼働や次世代技術の共同開発を展開している。次世代技術「SKYACTIV TECHNOLOGY」によるエンジンの極限の熱効率追求と、今回のようなCO2回収技術の実証を重ねている背景には、独立性を保ちながら独自の立ち位置を確立するという経営の歴史がある。
その実現には車載の回収機構の性能向上だけでなく、ガソリンスタンド、物流網、資源利用先、さらには制度整備まで含めた社会システム全体の構築が必要になる。こうした大規模な仕組みの構築は一社で成立するものではなく、アライアンスを組むトヨタとの協調関係や、国際的な標準化に向けた動きが実用化への歩みを左右することになる。
技術としての成立や事業としての採算性、社会への定着といったプロセスには段階的な検証が必要であるが、既存のインフラを長く保全しながら次世代燃料で炭素循環を実現するアプローチは、資源を循環させるサーキュラーエコノミーの思想とも深く合致している。
この取り組みは排出する側のエンジン車という従来の位置付けを一新し、自動車が炭素循環の一部を担う存在へと進化する可能性を示している。今後は耐久レースなどの過酷な場を用いた実証結果を重ねながら、関連産業や社会制度がどこまで歩調を合わせて拡張していけるかが、実用化に向けた重要な論点となるだろう。(入谷カヲル(自動車ライター))
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みんなのコメント
アナログな機械でないとこなせない案件がある
どんな世界でも結局はそういう事だろう