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『でっちあげ ~殺人教師と呼ばれた男』主演の綾野剛は、ダークなエンタメ作品にどう向き合ったのか

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『でっちあげ ~殺人教師と呼ばれた男』主演の綾野剛は、ダークなエンタメ作品にどう向き合ったのか

監督を三池崇史、主演を綾野剛が務めた『でっちあげ ~殺人教師と呼ばれた男』。『クローズZERO II』以来の三池作品出演となる綾野は、いかにして異色の本作を演じきったのか。ひとつひとつ丁寧にそして熱をもって言葉を紡いでくれた。

説明を削ぐことで浮かび上がるものがある

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「ノーガードの打ち合いといいますか、あらゆる世代の共演者の皆様と対峙できる、総当たり戦トーナメントのような作品でした。そういう作品に出合うチャンスはなかなかありませんし、気持ちがたぎってぜひお引き受けします、とお応えしました」

映画『でっちあげ ~殺人教師と呼ばれた男』への出演を決めた理由を尋ねると、綾野剛はそう高揚ぎみに答えた。加えてこうも言う。

「監督の三池崇史さんと初めてご一緒したのが17年前。大きな人間力で、まだ何者でもない自分を包んでくださいました。ずっと長く続けているとこんなご褒美のような時間が来るのだと感慨深かったです」

三池は、まだ無名だった綾野が秘めていた、強烈な個性や繊細さを見抜いて、イレギュラーな形で『クローズZERO II』に起用した。その後、綾野はみるみる頭角を現したのだ。

「作品というものは、その時期、その瞬間でしかできないものが存在するのだと思います。あの時も、そして今作もそうでした」

本作は、かつて日本中を騒がせた教師による児童へのいじめ、民事訴訟にまで発展した実事件を追ったルポルタージュ『でっちあげ 福岡「殺人教師」事件の真相』(福田ますみ・著)を基に、構築、創作されたものだ。綾野はここで、非情なまでに世間に追い詰められていく、小学校教諭・薮下誠一を演じた。

描かれているのは、教育の現場で起きている虐め、暴力、モンスターペアレント化する保護者、保身に走る学校組織、過剰なマスコミ報道、インターネットでの誹謗中傷、家族の苦悩……など、現代日本が抱え持つ問題、病巣ともいえる実態である。だが三池監督はむしろ、“正義とは、真実とは何か”を大上段にはかざさず、それぞれの心理戦の応酬によって観る人に訴えかけてくる、最上のエンターテインメントへと昇華させた。三池自身、『余計な演出をできるだけ排除し、冷静に作り上げた』と語っている。

「三池さんは余計な情報や説明をかなり削いで、省いていく作り方をされていて、だからこそ、浮かび上がってくるものがあります」

薮下のいじめに遭ったという児童の母親、氷室律子(柴咲コウ)には、550人もの弁護団がつき、対する薮下を引き受けた弁護士はたったひとり。法廷で「でっちあげです」と、声を絞り出すように否認した薮下のひとことから、闘争の幕が開く。その応酬には終始、緊迫感が張りつめ、低い声で端的に答え続ける律子は恐ろしく、しかしどこか滑稽にさえ見えて不気味さを醸し出す。この裁判は、いったいどう結審するのか。

あらゆる要素が入ったエンタメの前線

「試写を見たとき、おもわず冒頭からとてもワクワクしました。面白くて。こんな映画だったのかとあらためて思いました。ジェットコースターに乗せられて段々と上に登っていくけれど、全然、頂点に着かないような感覚でもどかしく、それでいて不安定。一気に走り出したと思ったら、全く想像していなかった方向に引き込まれます」

確かに本作は非常にスリリングで、息つく間もないほど、ラストまで一気に引きずり込まれる。

「現場では、編集でどう切り取られるのか分かりません。ただただ三池さんに、“宿っている”もの、三池さんへ届ける1秒を、より濃く、より長く、丁寧に渡したいという思いでした。僕らが体現できるのは、自分の肉体しかないですから。その一心のみで、提案、試行しながら臨んでいました」

まるでアンサンブルのような作品、ともいう。

「ひとつのジャンルに捕らわれていません。サスペンス、ホラーの要素もあり、ヒューマン、ホームドラマでもある。エンタメ前線といいますか。これまで、あらゆるジャンルの作品に誠実に向き合われた三池さんだからこそできた総合作品だと思います」

そして、アンサンブルとたとえる綾野自身が主演を担うことになったのも、『俳優として何色でもないものを表現できる人。残酷にも弱々しくも、受け手によってどのようにも見える人』として、プロデューサーの和佐野健一が惚れ込んでラブコールを送ったからだという。

このことについて触れると綾野は、「素直にうれしいです」と照れのある笑みを浮かべ、少し間をおいてから「人間誰しもが多面的な存在だと思います。ですからどのようにでも受け取れる多面を宿していくように生きました」と答えた。

臆病だから、限界まで努力する

クランクイン前、綾野は原作者の福田氏を訪ねて話を聞いている。彼が役に対して常に真摯に向きあい、準備を積み重ねて取り組む俳優だということは、よく知られたことだ。

「話を聞くうちに、薮下にとって感じ取れたことが多く、とても深くもぐれました」

そして、今回の共演者たちから得た収穫は、たくさんありましたと、重ねて言った。

「皆さん徹底的にプロなんです。最高の仕事を目の前で見させていただき、多くの学びになりました。このチームだからこそのケミストリーが起き、放てたものがあると思います。たとえば対立する柴咲さんとは初共演でしたが、出る、引くの演技のタイミングの絶妙さがたまらなかったです。弁護士役の小林薫さんとの出合いはうれしかったですし、もはや役が乗り移っているかと思うほど、町の弁護士にしか見えませんでした。真剣勝負というだけではなく、どこか力の抜けたナチュラルさ、チャーミングさもある方で、人生の中で経験されてきた“ゆらぎ”を感じました。(校長役の)光石研さんもそうですが、自分にしかできないスタイルやオリジナルな生き方をされてきたからなのだと思います。どんな生き方をすればあそこまでたどり着くのかとも思いました。」

40代に入った綾野だが、先輩俳優から学ぶことも多かったようだ。近い年代の出演者には、薮下を実名報道する週刊誌記者・鳴海三千彦役で、旧知の亀梨和也が出演している。

「彼は本当に温かく素敵な男です。いつも自然体で現場に来て、緊張感を他者に強要しない。自分じゃない誰かを想う時間がとても多い人なのだと思います。」

このふたりが、どしゃぶりの雨の中で想いをぶつけ合うシーンがある。『大勢の人間が信じたら、それが真実になるんですか? だったら私の声は、私がどれだけ声を上げても、誰にも聞こえないってことですか』。そう記者に向かって叫ぶ薮下の言葉は、まさに魂の底からの声であり、この作品の根幹を現わすものだ。

「すべてを踏み潰す雨。印象的なシーンのひとつで、非常に刺激的な現場でした。なぜか僕だけがアマチュアみたいだと感じていました」

俳優として、頻繁に各映画賞にノミネートされるような存在になってなお、自身を“アマチュア”だという、その意外な言葉の真意を尋ねると、「臆病なんです」と告白する。

「自分の芝居を疑っているわけでも、信用していないわけでもありませんが、常に確信はありません。臆病だからこそ誰も想像のつかない限界まで準備し、努力、鍛錬します。僕を信じて、求めてくださることに対して、皆が見たかった景色以上のものを見るため、見せるために、その努力は決して惜しまずにです」

その努力の結晶のように、新たに生み出された傑作。三池監督は『誰しもが、明日、自分の身に起こるかもしれないこと。被害者にも加害者にもどちらにもなり得る』と、メッセージを寄せている。『彼らはその後の人生をどう生きていくのか。(この物語が終わった)そこからが本当の始まりなんです』とも。

そして取材の終わりに綾野は「観終わったあとに、ご自身の為だけの1秒をどう生きていくか。少しでもそんなふうに感じていただけたら」と希望を託すように結んだ。早くも今年度の日本映画を代表する1本になるだろうとささやかれる、異色の感動作だ。

『でっちあげ ~殺人教師と呼ばれた男』あらすじ/2003年小学校教諭・薮下誠一(綾野剛)は、保護者・氷室律子(柴咲コウ)に児童・氷室拓翔への体罰で告発された。体罰とはものの言いようで、その内容は聞くに耐えない虐めだった。これを嗅ぎつけた週刊春報の記者・鳴海三千彦(亀梨和也)が“実名報道”に踏み切る。過激な言葉で飾られた記事は、瞬く間に世の中を震撼させ、薮下はマスコミの標的となった。誹謗中傷、裏切り、停職、壊れていく日常。次から次へと底なしの絶望が薮下をすり潰していく。一方、律子を擁護する声は多く、“550人もの大弁護団”が結成され、前代未聞の民事訴訟へと発展。誰もが律子側の勝利を切望し、確信していたのだが、法廷で薮下の口から語られたのは「すべて事実無根の“でっちあげ”」だという完全否認だった。

写真・内田裕介
スタイリング・佐々木悠介
ヘアメイク・石邑麻由
文・水田静子
編集・遠藤加奈(GQ)

文:GQ JAPAN 水田静子

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