神は細部に宿るということわざ通り
ボディがきれいになった、最初期のジャガーEタイプ・シリーズ1 ロードスター。しかし仕事が忙しく、手つかずのまま放置された。
【画像】ジャガーEタイプ・ロードスター S1とS3 レストモッド版イーグルと最新のFタイプも 全113枚
そうこうしている内に20年以上が経過し、COVID-19が流行。「いまレストアを再開しなければ、このままかもしれない、と考えたんです。仕上がったのは、それから1年半後でした」。とオーナーのポール・ブリッジズ氏が笑う。
パンデミックでサプライチェーンも滞り、ワイヤーハーネスは入手が難しかったという。それでも、2021年のEタイプ誕生60周年に完成させる目標を立て、意欲的に作業を進めたそうだ。
シリーズ1 ロードスターの歴史を調べるという意志も持っていた。JLRで働いていた彼は、データーベースへのアクセスも可能だった。しかも、当時物の部品も容易に入手できた。
果たして、完成したジャガーEタイプ。神は細部に宿る、ということわざのように、ディティールまで抜かりない。ルーカス社製ヘッドライトとトリコ社製ワイパーブレード、フロントグリルのバッジ以外、倉庫に眠っていたようにオリジナルが貫かれている。
メタラスティック社製のサスペンションとステアリングのブッシュ、ガーリング社製のブレーキホース、ルーカス社製の電装系に至るまで、純正のままで真新しい。オリジナルの足回りを追求することは、新車状態のEタイプを味わう上で不可欠な要素だった。
「一般的なレストアでは、社外で再生産されたゴムブッシュなどを用いることもあります。重要な保安部品でも。でも本当にそれで良いのか、考えさせられますね」
ボルトやナットも当時と同じもの
インテリアでは、純正品質のビニール・トリムとAピラーのシールを発見でき、満足している。4万6000kmしか走っていない内装を、可能な限り維持することも心がけた。
レストアでは、再生可能な部品が廃棄されることを、自身の経験で理解していた。予算に余裕がある事例では特に。
ワインレッドのシートカバーと、ウッドリムのステアリングホイールはオリジナル。ダッシュボードやキャビン後方の内張り、クロームメッキの部品も、基本的には1961年当時のものだ。
リアフードの金物は最初期の固有のもので、成形道具から作る必要があった。Eタイプへの情熱があれば、不可能なことはないらしい。
ワイヤーハーネスは劣化するため新調されたが、ターミナルブーツは再利用している。ラジエターは27か所も液漏れしており、修復できなかった。正確に復元されたものに交換してあるが、ブリッジズは心残りだと認める。
ブレーキとクラッチのシリンダー、ショックアブソーバー、エグゾーストのほか、フィルター類などの消耗品は手に入る新品。オリジナルと区別はつかない。
ボルトやナットは、当時と同じUNFタイプと呼ばれるもの。PPPや0000などと刻印されている。ブラックに塗られていたかどうかも、調べたという。
作業のなかでは、ルーカス社製のダイナモやワイパー・モーター、トグルスイッチなどに、日付コードが刻印されていることに驚いたという。アクセルペダルのブラケット固定ナットは、ブリストル・ボーファイターのものと同じだと判明した。
航空機を製造するような環境で組み立て
本格的な量産前の、プロトタイプに近い状態だったことを示す部分も多くあった。ボンネットは、両端の仕上げが量産版とは異なる。販売台数が読めず、成形型へ投資される前に作られたのだろう。
幸いにも、その特別なボンネットはほぼ作業が不要だった。160 RKJのナンバーで登録されて以降、事故で損傷していない証拠といえる。
ボディにはリベットが多く使われており、その後のEタイプにはない特徴といえ、専門家の協力で複製されている。摩耗していたリアアスクルのハブも、初期のEタイプ固有の部品。ブリッジズは費用を投じて3Dスキャンを依頼し、新しい部品を作っている。
組立作業の殆どは、ブリッジズの自宅ガレージで進められた。暖かく乾燥していて、航空機を製造するような環境だった。安全に関わる部分は正しいトルク値で固定され、記録してあるそうだ。
レストアは、Eタイプの誕生60周年へ間に合わせるというリミットもあった。そこでドライブトレインは、専門家によってリビルドされている。
エンジンとトランスミッション、リアアスクルは、ジャガーで技術者を努めていたビル・ヘインズ氏の孫、ウィリアム・ヘインズ氏に任された。ブリッジズの要求を理解し、達成できる技術を持つ数少ない人物だ。
走行距離が短く、交換する必要のない部品は多かったという。「トランスミッションとリアアスクルは、基本的にクリーニングとリビルドで済んでいます」
プロセスに喜びを感じるというマインド
レストア作業と並行して、ブリッジズは160 RKJの最初のオーナー、ピーター・ライト氏へ連絡を取っていた。残念ながら完成前に他界してしまったが、英国の高速道路、M1号線で241km/hの最高速度を超えた思い出を話してくれたそうだ。
完成したシリーズ1 ロードスターは、ジャガーEタイプの60周年記念ミーティングで、ライトの息子たちと再会。父親の運転でドライブした記憶を聞かせてくれ、見事にコンクールで優勝すると、涙を流して喜んでくれたらしい。
しかも彼らは、オリジナルの整備記録と保証書、サービスブック、オーナーズハンドブック、パンフレットなどを持参。販売したディーラー、KJモーターズ社の書類もブリッジズに手渡してくれた。
クルマへ情熱を傾ける人が減るなかで、時間を掛けて自らの理想を追い求め、見事に完成させた本人と出会うことは貴重な機会だ。それでも完璧主義のブリッジズは、まだ満足していないようだった。恐らく、今後も難しいだろう。
これほど拘ったクラシックのオーナーになるには、少し特別なマインドが必要だと思う。所有することではなく、リビルド作業や調査など、プロセスに喜びを感じる人でなければ難しい。
しかもブリッジズは、オリジナルの内装を守るため、シリーズ1 ロードスターに乗る時はストッキングで靴や足を覆っている。公道を走った後は、数時間から数日を掛けて、徹底的に掃除するという。
そのひとつひとつが、彼の心を満たしてくれるのだろう。筆者には真似できそうにない。
協力:ワーウィック城
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