次世代モビリティの本丸になることが確実視されている「SDV」
「自動車業界が“100年に一度の大変革期”にある」とは、誰もが一度は耳にしたことがあるはずだ。そのきっかけは2016年にドイツ・ダイムラーのディーター・ツェッチェCEO(当時)が、その変革を「CASE(ケース)」の4文字で表現したことに始まる。
これは「C=Connected」「A=Autonomous」「S=Shared&Service」「E=Electric」という4つのキーワードを重大トレンドとした頭文字の造語で、クルマの使い方や在り方が変わるだけでなく、価値やサービス、産業構造までもが変化していくという考え方に基づく。これを機に自動車業界は次世代モビリティの姿を模索する局面へと大きくシフトし始め、今やその流れが加速度的に進んでいる状況にある。
その背景にはクラウドやソフトウェア技術の進化が大きく関係している。実はこの十数年で大規模なクラウド基盤が世界中に広がりをみせており、それは今や社会インフラとして重要な役割を果たすまでになった。Connected化が進む自動車もその環境を活かし、車両の開発や機能のアップデートもクラウド上で展開されようとしている。つまり、こうした技術の高度化がCASEの後押しとなり、これを根底とするSDVという新たな潮流が生まれたと言ってもいいだろう。
では「SDV(Software Defined Vehicle=ソフトウェア・デファインド・ビークル)」とすることのメリットはどこにあるのか。それは自動車を購入後も、その機能を追加したりアップデートすることができるということにある。現時点ではその対象がインフォテイメントなど情報系にとどまっているが、今後はその範囲が制御系にまで及んでくる。こうなると、従来はエンジンなどハードウェアが自動車の性能を決定づけてきたが、SDVではこのソフトウェアによってそれが左右されることになるのだ。
つまり、自動車の性能を司る主役がSDVでは「ハード」から「ソフト」に転換されるわけで、ここではそのソフトウェア開発の重要性が大きく増してきているというわけだ。
実はこうしたソフトウェアによって機能アップする考え方は、スマートフォンが先行していた。かつて携帯電話はその機能をハードウェアの性能で競争していたが、スマートフォンが一般化した今、その価値はインストールしたソフトウェアによって左右されるようになっている。ここではOTA(Over the Air)によってアップデートができるConnectedの環境が提供が重要な役割を果たす。これと同じようなことが自動車でも起き始めているわけで、その意味でもSDVは次世代モビリティの本丸になると見込まれているのだ。
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SDVに先鞭をつけて勢いを増す、米中の新興メーカー
では、そのSDVにおける現状はどうなっているのか。
まず、この分野で先鞭をつけたと言われているのが米・テスラだ。同社は様々なユーティリティ向上につながる機能をソフトウェアで追加可能とし、これをサブスクリプション(定額課金)形式で提供することで、販売後も利用料金を得られるビジネスモデルをいち早く確立した。さらにADAS(Advanced Driver-Assistance Systems/先進運転支援システム)をOTAによるソフトウェア更新で利用できることも想定。車両の不具合にも対応し、ユーザーは居ながらにして大半の修理が完了してしまう。テスラがディーラー網をほとんど持たないのもこのビジネスモデルがあるからだ。
そして、そのビジネスモデルを猛追をどころか、それを上回る勢いを見せているのが中国だ。実は中国において新エネルギー車の主役とされていたのはEVだったが、都市部を中心に需要が一巡。航続距離の問題もあって近年はその主役がPHVに移っており、すでに販売台数はEVよりもPHVの方が上回っている状況にある。そうした中で中国メーカーはEVの次に来る次世代車として、経営資源をSDVに集中投下し初めているのだ。
特にこの領域で著しい動きを見せているのが中国のIT系メーカーである。中国の通信大手「華為技術(ファーウェイ)」はBYDとスマート運転協力協定を締結して、自動運転を視野に入れた共同研究に入ったし、中国IT大手の小米(シャオミ)も24年3月に最先端の機能を満載したEV「SU7」をデビューさせ、発売1か月で7万5000台もの予約を獲得した。また、中国では百度(バイドゥ)や騰訊控股(テンセント)などIT大手が、相次いでADASを軸として自動車業界へ参入。これによってクルマの開発そのものが大きく変化しようとしているのだ。
SDVの普及を向けてついに動き出したレガシー自動車メーカー
そんな中でこの領域で後れを取っていると言われ続けてきたのが、これまでハードウェアで先行する開発プロセスを採ってきた日本や欧米のレガシー自動車メーカーだ。しかし、そんなメーカーも、ここへ来てようやく反攻に向かい始めているようだ。
その反攻の狼煙をいち早く上げたのがBMWだ。2023年秋に独・ミュンヘンで開催されたIAAモビリティ2023において「BMWビジョン ノイエ・クラッセ」と呼ばれる電動サルーンの構想を披露。同社の伝統である“駆けぬける歓び”はそのままに、インタラクティブで直感的なデジタル体験をもたらす次世代iDriveまでも導入するとしたのだ。
さらに2024年3月にはそれに続く「ビジョン ノイエクラッセX」を発表。これは2025年下期にも発売を予定する新型「iX3」のコンセプトモデルと予想され、ここには新世代のバッテリーによる充電時間の大幅な短縮、さらにV2Gを見据えた電力源としての機能を持たせるなど、SDVを下支えするEV機能の向上も期待される。
また、フォルクスワーゲンもソフトウェア開発会社であるキャリアドがハーマンと協業してアンドロイドベースのVW OSを採用することを決定。ポルシェとアウディのEVプラットフォームとして展開し、2028年頃には最初のSDVが登場すると発表されている。他にもルノーが26年にSDVを導入するとしており、欧州勢も着々とソフトウェア主体のクルマづくりへとシフトしつつあると見ていいだろう。
日本は「モビリティDX戦略(案)」でSDVの姿が明確化
日本メーカーもここへ来てSDVへの転換が急速に進みそうな環境が整ってきた。これまではSDVの定義づけが曖昧で、それが開発の足かせともなってきたとも言われるが、経済産業省と国土交通省は24年5月に示した資料「モビリティDX戦略(案)」で、ようやくSDVの指針を明確に定義づけることになった。具体的には、「SDVとはクラウドとの通信により、自動車の機能を継続的にアップデートすることで、運転機能の高度化など従来車にない新たな価値が実現可能な次世代の自動車」としたのだ。
すでに動き出していた日本メーカーもこの指針が明らかになったことで、共通の認識の下でSDVの議論が進んでいくようになるのは間違いない。
こうした中で活発な動きを見せているのがホンダだ。まずソニーとの合弁で事業を進めるソニーホンダモビリティ(SHM)の「アフィーラ」が、2025年前半に受注を開始して26年にも納車を開始。また2024年8月に公開された「アキュラ・パフォーマンスEVコンセプト」が量産をスタートさせ、さらに26年には、今年1月のCES2024で公開されたホンダブランドによる「ゼロ・シリーズ」の第一弾が発売される予定となっている。
また、ホンダは日産や三菱と協力して、より広範囲な車種に展開できるコストパフォーマンスに優れた次世代SDVプラットフォームの開発も検討中だ。量産までにはもう少し時間がかかりそうだが、これが実現すればSDV普及への弾みとなり、ホンダがSDVにおけるイニシアチブを獲得する可能性は十分あると見ていいだろう。
SDVのアップデートはハードウェアの枠内にとどまる
こうして自動車業界は一気にSDVの普及へ加速していきそうだが、最後に忘れてはならないことがある。それはアップデートによって様々な制御や機能が追加されていくことになるSDVであっても、それはハードウェアの枠を超えることはできないということだ。
たとえばADASにおいて、センシングをカメラで行っているのと、ミリ波レーダーなどをカメラとフュージョンで組み合わせているのとでは認知能力で明らかに後者に優位性がある。さらにサスペンションなど制御系の基本パフォーマンスでもハードウェアの特性が大きく変わることはない。
それを示す一例がADASの世界的なトップメーカーであるモービルアイが、2025年からLiDARとミリ波レーダーの内製化することを発表したことだ。背景には自動運転レベル4を実現するためにはカメラだけでは不十分との判断があったからで、これはソフトウェアだけのアップデートでは限界があることを如実に示していると言えるだろう。
かつて1990年代の日本では、専用CD-ROMを読み込ませることで、ソフトウェアをアップデートして機能を追加する考え方をカーナビゲーションでに実用化していたことがある。しかし、当時のメモリ環境がチープだったこともあり、機能を走らせているとハングアップしてしまうことが多発していたことを思い起こす。20年前の話を今と比較するのはナンセンスかもしれないが、これに近いことがSDVでも絶対に起こらないとは言い切れないと思うのだ。
とはいえ、次世代モビリティとしてSDVが当たり前となる時代は今後10年以内に確実に訪れるだろう。前述したようにハードウェアの枠内とはなるものの、ソフトウェアによる機能アップは一定の範囲内でアップデートされていくものと見られる。その意味でも当面はエンタテイメント系やユーティティ系の機能アップから普及していき、その状況を見極めつつ制御系のアップデートが進んでいくとみていいだろう。
経産省と国交省が示した資料「モビリティDX戦略(案)」では、2030年時点でのSDVの世界シェアが日本車として約3割となる1200万台を獲得する目標を掲げており、自動車メーカー各社がしのぎを削るのは確実。SDVが自動車との付き合い方をどう変えてくれるのか。今後の展開からは目が離せそうにない。
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