アメリカで異例の大ヒットを遂げた『罪人たち(原題:SINNERS)』が遂に日本公開される。音楽映画でありながら、バンパイアものでもある異色の作品ゆえ、もしかしたら映画を観てもピンとこなかった方もいるかもしれない。本稿では映画に込められたメッセージを島崎ひろきが解説。これを読めば、初見派は解像度高く、既見派は再度映画館へ足を運びたくなるはず!
大ヒットのオリジナル映画
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まず、本作が無事に日本で劇場公開されたことを喜ばないといけない。当初、情報公開が遅れたこともあり、一部では「劇場公開はないのでは?」という憶測が流れていたからだ。近年の映画産業の状況を踏まえれば、字幕監修付きのストリーミング配信があるだけでも、十分ありがたい時代になりつつある。実際、同じワーナー作品であるクリント・イーストウッド監督の『陪審員2番』(2024)が劇場公開されなかったことも記憶に新しい。しかし、もし『罪人たち』が劇場で観られなかったとしたら、その落胆は『陪審員2番』の比ではなかっただろう。その理由は、大きくふたつある。
まず、ひとつ目は、本作が2025年6月現在、北米で『マインクラフト/ザ・ムービー』や『リロ&スティッチ』に次ぐ興行収入第3位の大ヒット作であること。この記録は、フランチャイズ作品を除くオリジナル映画としては、『インセプション』(2010)以来、実に15年ぶりの快挙となる。
ふたつ目は、本作が映画史上初めて、IMAX®フィルムとウルトラ・パナビジョン70のアスペクト比を併用した作品であることだ。ウルトラ・パナビジョン70の超横長のアスペクト比「2.76:1」を採用した作品は『ヘイトフル・エイト』(2015)以来であり、デジタル変換ではないIMAX®フィルムの巨大正方形「1.43:1」の作品は『オッペンハイマー』(2023)以来となる。
このふたつの極端に大きいフォーマットを掛け合わせた世界初の「巨大映画」である『罪人たち』を、完璧なフォーマットで鑑賞できる日本の劇場は、東京の池袋グランドシネマサンシャインと、大阪の109シネマズ大阪エキスポシティの2館のみとなっている。しかし、ここに足を運ぶのが難しいとしても、本作が「巨大映画」としてデザインされたこと、さらに北米で大ヒットを記録している「オリジナル映画」であることを踏まえて、(上映館は限られているが)ぜひ近くの映画館で、そのスケールを体感してほしい。2025年の映画体験を語るうえで、この一本を見逃すわけにはいかない。
たった1日の物語
舞台は、ジム・クロウ法による人種隔離と人種主義が色濃く残る1932年のアメリカ南部、ミシシッピ州ククラークスデール。マイケル・B・ジョーダンが一人二役で演じる双子のギャング、スモーク&スタック(Smokestack)が、シカゴから7年ぶりに地元へと帰ってくる。彼らは到着するやいなや、古い製材所を買い取り、その日の夜までに、そこをジューク・ジョイントとしてオープンすると宣言する。本作は、ジューク・ジョイント開店までの、たった1日の物語だ。
前半では、開店に向けた準備と、それを取り巻くブラック・コミュニティの様子が描かれていく。スモークとスタックは、二手に分かれて準備を進めていくのだが、そこでふたりのキャラクターの違いが見えてくる。赤い中折れ帽がトレードマークのスタックは、陽気で隙があり、金勘定も大ざっぱだが、人を惹きつける魅力と術を熟知している。一方、青いハンチング帽のスモークは、寡黙でクール。金や契約にはシビアで、名前のとおり、煙草と銃の煙をまとい、暴力も辞さない。だが、肌身離さずお守りを身につけている信心深い一面もある。
このふたりが開店準備を進める前半は、静かな高揚感に満ちている。理不尽な制度の中で、自分たちの場所を、自分たちの手で作り上げること、車で走り、もしくは、通りを歩きながら、人と人を繋いでいく先に、たった一晩の自由が待っている。夜になれば、とんでもなく楽しいことが待っている。そんな希望が、画面から溢れ出しているのだ。
罪人たちのミュージカル
そして後半、ジューク・ジョイントがオープンすると、その高揚感はついに音楽となって爆発する。映画はミュージカルのような熱気に包まれ、その中心に立つのは、本作のもうひとりの主人公、プリーチャーボーイことサミーだ。彼は、若きブルースマンである。デルタ・ブルース発祥の地であるミシシッピで、綿花栽培に従事しながら、労働の合間に口ずさむハミングが歌になり、言葉にならない憤りがリズムとなっていく。その音楽はほとんど対話に近い。話し相手は目の前にいるあなたと、その背中にある歴史やスピリットだ。
ライアン・クーグラーの監督作はいずれも、個人が歴史と連続する存在であることを描き、そこにブラックカルチャーの文脈と批評を重ねてきた。本作では、それがブルース、ひいては黒人音楽史を通して語られている。サミーが奏でるブルース、12小節の反復は、始まりと終わりの境界を曖昧にする。彼の歌に歴史は応答し、過去と未来がコール・アンド・レスポンスを繰り返しながらループしていく──どこからか、オハイオ・プレイヤーズの、いや、90年代Gファンクのシンセフレーズが聴こえてくる──呪術的ともいえる音楽体験のダイナミズムが、ルドウィグ・ゴランソンの劇伴と、フロアを回るように動くカメラの長回しで再現される中盤の「あるシーン」は、本作の見どころのひとつだ。
サミーは、プリーチャーボーイの名のとおり、牧師の息子だ。黒人教会から見れば、ジューク・ジョイントでギターを奏でる行為は、神への冒涜でもある。本作は、神の家である教会と、悪魔の家ともいえるジューク・ジョイントを対比させながら、聖と俗の狭間で引き裂かれるサミーの葛藤を描き出す。『罪人たち』のタイトルが指すのは、そんな音楽家たち、あるいはその音楽に歓喜し、「救い」を見出そうとするすべての人々なのかもしれない。
お前の物語をよこせ
パーティーは最高潮の盛り上がりを見せるが、夜が更けるにつれ、諍いが増え、経営上の問題も表面化してくる。そんなとき、まるで何かを布教しに来たかのように、怪しげな3人組が店を訪れる。どうやら彼らもパーティーに参加したいらしい。ここから『罪人たち』は、まるで『ブルース・ブラザーズ』(1980)から、マイケル・ジャクソンのMV『スリラー』(1983)へと、一気にジャンルが急変するような展開を見せる。「招かれざる客」の正体は、なんとバンパイアだったのだ。
本作におけるバンパイアは、一体何を表象しているのだろう? 彼らは人間を噛むことで自分たちの仲間を増やし、さらに噛んだ相手の記憶を仲間全員で共有する特殊な力を持っている。音楽に精通する彼らは、「レミーのブルース」の記憶を手に入れるために襲いかかってくるのだ。この設定は、ブラックミュージックを商業的に利用、搾取してきたアメリカ音楽の歴史や、ミンストレル・ショーに象徴される白人が黒人に「同化」しようとする構造を想起させる。これにより、「お前の物語をよこせ」と迫ってくる彼らの恐ろしさが一層際立つ。音楽の力で過去と未来を繋げるサミーと、不死と同化するの力で、まるで「すべてのレコードを所有する」かのごとく、音楽を吸収するバンパイア。両者は、それぞれ音楽史にアクセスする方法がまったく異なるのだ。
一方で、バンパイアの彼らを単純に「悪」と言い切れない側面もある。それは、彼らのリーダー的存在であるレミックが、アイルランド系移民であることに関係している。太陽の下で生きられないという設定は、当時のアメリカ社会において、彼らもまた冷遇されていたことを示唆しているようだ。レミックは、おそらく仲間を探しているのだろう。ネイティブアメリカンのチョクトー族に追われる描写も、「ジャガイモ飢饉」の際にチョクトー族がアイルランドへ寄付を行った歴史的連帯を思い出し、再び仲間になろうとして接近した結果とも考えられる。ジューク・ジョイントを訪ねてきたのも、同じ理由に違いない。アフリカ系アメリカ人、ネイティブアメリカン、アイルランド系移民、故郷を追われ、アメリカ社会で抑圧されてきた人々の憎しみを不死の力に変え、自分たちの王国を築こうとする契約を、レミックは持ちかけているのだ。
さらに、この一夜の出来事は、音楽ジャンルが人を介して「交配」していくメタファーにもなっている。バンパイアの口元が血で赤く染まるたびに、音楽は新たに混じり合い、進化を遂げる。レミックの痛みに対するリアクションは、まるで黒人教会でのシャウトや、礼拝に熱狂する人々を想起させる。サミーのブルースと、レミックのフォークが接近するとき、ロックンロール誕生の予感を告げるかのように、劇伴のギターが激しく鳴り響く。ふたつのコミュニティの文化的衝突が、これほど血なまぐさく描かれているのは、この事態を引き起こした「真の敵」が、太陽の下で平然と暮らしているからだ。
所有する権利
『罪人たち』は、自分たちの場所を、自分たちの手で作ろうとしたブラックコミュニティの物語だ。音楽は、歴史を記録する媒体として鳴り響く。その音に耳を澄ませば、聞こえてくるのは祝福だけではなく、築き上げたものが奪われ、壊されてきたことへの怒りだ。ライアン・クーグラー監督の長編1作目の『フルートベール駅で』(2013)は、実際にあった射殺事件を題材に、犠牲者であるオスカー・グラントの最後の1日を描いた作品だったが、この構成は『罪人たち』と重なる。
クーグラーは『クリード チャンプを継ぐ男』(2015)の成功、『ブラックパンサー』2作の世界的大ヒットを経て、1作目に回帰するような『罪人たち』をオリジナル企画として完成させ、再び大ヒットへと導いた。若きヒットメイカーとしての地位を確固たるものにした彼は、『罪人たち』の権利を「25年後に自身に返還する」という異例の契約をワーナーと結んだ。なぜこのような契約が必要だったのか。その理由は映画を観ればわかるだろう。あれが数時間だけの自由だったなんて、そんなことはけっして言わせない。
『罪人たち』文・島崎ひろき
編集・遠藤加奈(GQ)
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