ランボルギーニ ミウラはいかにして生まれたのか
2026年は、スーパーカーというジャンルの始祖とも称される伝説の1台、ランボルギーニ・ミウラの誕生から60周年という記念すべきアニバーサリー・イヤーです。レースとは無縁の超高性能ロードカーとして、自動車界の定義を根底から塗り替えたミウラ。その歴史を紐解くと、創業者フェルッチオ・ランボルギーニのビジネスへの情熱と、彼の下に集った若き天才エンジニアたちの挑戦がありました。今回はミウラ誕生以前のストーリーを振り返りながら、その偉大なる源流を辿ります。
37台しか製造されなかった鮮やかなブルーを纏ったランボルギーニ「ミウラ」が希少性を評価され2億6900万円で落札
「ミウラ」の誕生で新ジャンル 「スーパーカー」が誕生した!
現在にまで続く、スーパーカーの歴史の始まりにあるモデルはいったい何なのだろうか。それには諸説があるものの、そのなかのひとつとして必ず名前があげられるのが、ランボルギーニのミウラだ。スチールパネルを溶接して成型した基本構造体のリアミッドに、高性能なマルチシリンダー・エンジンをミッドシップ。そのシャシーとパワーユニットを、誰の目をも一瞬で魅了する美しいボディで包み込んだミウラ。それがレースの世界とは無縁の、きわめて高価なロードカーとして誕生したこともまた、スーパーカーという新しいジャンルを定義するに重要な理由だった。
2026年は、そのミウラが誕生して60周年というアニバーサリー・イヤーだ。ミウラがスーパーカーの始祖であると仮定するのならば、それはスーパーカーという商品が自動車の世界に登場してから60周年にあたる年と表現することもできる。そこで今回AMWでは、ミウラというスーパーカーに敬意を表して、それが誕生する以前のランボルギーニのストーリーから、もう1度ミウラの歴史と、それに関係する話題を振り返ってみることにした。まずは時間を1963年、ランボルギーニの設立まで戻すことにしよう。
実業家フェルッチオ・ランボルギーニが新たに自動車の世界で挑戦を始めた!
ランボルギーニ、正確には「アウトモビリ・フェルッチオ・ランボルギーニ」社を1963年に創立したフェルッチオ・ランボルギーニは、すでに1949年創立のトラクター・メーカー、「ランボルギーニ・トラットリーチ」社や、ボイラーやエアコンを生産する「ランボルギーニ・ブルシアトーリ」社を1960年に創立するなど、実業家として大きな成功を収めていた人物だった。
そのフェルッチオがなぜ新たに自動車の世界に進出するに至ったのかには、フェラーリの創始者であるエンツォ・フェラーリとの確執など、ランボルギーニのファンには耳慣れたさまざまな逸話があるが、当時起業に関係した人物の多くは、自動車の生産と販売というビジネスに、実業家としてシンプルに魅力を感じたというのがその直接の理由であったと語っている。
現在もランボルギーニの本社があるサンタアガタ・ボロネーゼの地に広大な土地を取得したフェルッチオがまず行ったのは、その四方をアウトモビリ・ランボルギーニのロゴを描いたフェンスで囲うという、ひとつのプロモーションを行うことだった。ここにどれだけ大きな自動車メーカーが誕生するというのか。銀行はもちろんのこと、それはビジネス界で大きな話題を呼び、結果ランボルギーニは1963年にその歴史のスタートを切ることとなった。
350GTでGTメーカーとして船出したが若き天才たちとの出会いが運命を変えた
だがフェルッチオがランボルギーニのエンブレムを掲げる商品として望んだのは、高性能でかつ高級なGT(グランツーリズモ)であり、のちのミウラのようなスーパーカーではなかったのである。1963年に早くも発表されたプロトタイプの「350GTV」も、またその改良型ともいえる1964年に誕生した生産第1号車の「350GT」も、それらには3.5LのV型12気筒DOHCエンジンがフロントに搭載されている。
かつてフェラーリであの250GTOなどを生み出したジョット・ビッザリーニによって開発された350GTVのエンジンは、高性能ではあるもののGTとしてはきわめて扱いにくく、よりマイルドな特性へと改めるよう、フェルッチオは当時ランボルギーニに迎え入れた二人の若いエンジニアに指示をする。そのエンジニアこそが、のちにミウラを開発することになるジャン・パオロ・ダラーラとパオロ・スタンツァーニだった。
1964年に270psの最高出力と250km/hの最高速を主張して生産を開始した350GTは、翌年には早くも車名はそのままに、320psの最高出力を誇る4L仕様を派生。1966年には正式に「400GT」が生み出される。ちなみにこの400GTは、ヘッドランプのデザインやルーフラインの微妙な変化などで、外観からも350GTと識別することが可能。5速MTやデファレンシャルも自社製となるなど、メカニズム面でも積極的な改良策が施されている。
だがその一方でフェルッチオは、自動車メーカーのトップならば誰もが開発を夢見るだろうスポーツカーや、モータースポーツの世界にはまったく興味を持たなかった。それは創業当時の企業としての規模を考えれば当然の選択でもあったのだが、ランボルギーニという新興勢力でモータースポーツにチャレンジすることを夢見ていたダラーラは、そのようななかにおいてもミッドシップ・スポーツの基礎的な開発を進め、そしてそれをフェルッチオへと提案する。ミウラのストーリーはここに始まったのだ。
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