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第11回:新車とのご対面

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第11回:新車とのご対面

納車の日。

いつもの待ち合わせ場所である私鉄の駅を出ると、すでにロータリーにポルシェ・マカンGTSが停まっていた。担当セールス氏が迎えに来てくれたのだ。

第10回:「ポルシェ・パスポート」があったとしたら?

「おはようございます。おクルマはもう準備できてお待ちしています」

セールス氏の愛想の良さも、今日は5割り増しといった感じだ。一緒に喜んでくれてうれしい。

ショールームに着くと、このディーラーを紹介してくれた友人が遊びに来てくれていた。

「昨晩は良く眠れましたか?」

「前祝いにモエで一杯やりましたよ。ハハハハハハッ」

僕の注文した718ボクスターは外の駐車スペースではなく、ショールームの中に置かれていた。

注文した通り、グラファイトグレーメタリックのボディカラーにネイビーブルーのトップが装着されている。このボディカラーは1年前にポルトガルで行われたメディア試乗会に参加した時に見たことがあるけれども、ネイビーブルーのトップとの組み合わせは見たことがなかった。どんなコンビネーションになるのか楽しみだったけれども、期待通りだった。

「私もこの組み合わせは初めて見ましたけれども、素敵ですね~」

セールス氏の感想もまんざら社交辞令とばかりは言えなさそうだ。

横のテーブルに座って、キーやユーザーズマニュアル、自賠責保険の証書など各種の書類などを説明とともに受け取る。

装着を依頼してあったドライブレコーダーの説明マニュアルなどは厚さ数センチもあって、めくる気すら起きてこない。

4月下旬に購入の申し込みを行い、12月下旬に納車が行われたので、ちょうど8カ月待ったことになる。

オプションや仕様などを決めず、すでに輸入されたものの中から選んで買っていればこんなに待たずに済んだ。しかし、それじゃツマラないというところから今回の購入は始まったのだった。

セールス氏に初めて会った時から、次のように伝えられていた。

「日本向けの718ボクスターの生産はドイツの工場で10月にまとめて行うので、コンフィギュレーターで細かく仕様を定めて注文を行うのでしたら、4月末が申し込みの締め切りになります」

しかし、その注文を受けた生産が翌5月から始まるわけでなく、10月に始まるから8カ月も待たされたというわけだ。

「911カレラや718ボクスターやケイマンなどのスポーツカーは、カネコさんのようにお好みの仕様を注文して購入されるお客様の方が多いです。反対に、カイエンやマカン、パナメーラなどはすでに輸入された中から選んでご購入いただく場合の方が多いですね」

仕様とオプションをすべて注文してクルマを買うのは初めてだったので、とてもうれしく、気持ちも昂ぶっているのだけれども、納車に際しての確認作業が続いているので、感激に浸っているヒマがない。

「カネコさんは、すでにお仕事で乗られているので各部の操作方法などは良くご存知だとは思われますが」

そう前置きしながらも、セールス氏は718ボクスターの運転席に僕を導き、自身は助手席から説明を始めた。

たしかに、718ボクスターはすでに運転したことがあったし、操作部分のレイアウトなどは最新のポルシェ各車と共通しているところが多いから、このまま何も訊かなくても走らせることはできるだろう。だから、どうしても訊ねておかなければならないこともなかった。

確認しておきたかったのは、オプションで注文したACC(アダプティブクルーズコントロール)やLKAS(レーンキープアシスト)などの運転支援デバイスのことや車載されるSIMカードによるインターネットへの常時接続やiPhoneを接続して使用するCarPlayなどのコネクティビティについてだった。

しかし、それらについてもこの場では確認することがない。操作方法も知っているから、おいおい使っていくうちに発生した疑問を改めて質すことにした。

運転支援デバイスは走りながらでなければ作動させることができないので、この場では何もわからないのだ。

特にACCは運転中にいくつものスイッチを正しい順番で押して作動させ、その通りに働いているかがどう表示されているか確認しておかなければならない。同時に最高速度も設定しなければならないし、解除の方法や再起動の方法なども知っておかなければならない。

操作方法は分厚いユーザーズマニュアルに記されているけれども、読みながら行うわけにはいかない。熟読してアタマに叩き込まなければならないから、初めての人にはハードルが高い。

僕は事前に乗ったことがあるからすぐに試すことができるけれども、そうではない人たちはどうしているのだろうか?

ACCやLKASなどの運転支援デバイスは、事故を未然に防ぎ、疲労を軽減させる非常に有益なものだ。標準装着されるクルマもかなり増えてきている。だが、取材してみると、装着されたクルマのすべてのオーナーたちが活用しているわけではないようだ。納車時の同乗レクチャーなどを行うなどしないと普及が進まないのではないか。

運転支援デバイスやコネクティビティなどクルマを知能化しているものはデジタル技術に司られているので、働きぶりが眼に見えない。せっかくの知能化も宝の持ち腐れで終わらせるのはとても惜しい。

セールス氏をはじめとするディーラーのスタッフ諸氏はみなフレンドリーで信頼したくなるような人々だった。しかし、そのこととは別に、納車の際の機能説明には新しい方法が必要なのではないかと痛感した。

運転支援やコネクティビティ、電動化などがクルマを知能化しているが、それは同時に急速な高機能化、多機能化を意味している。運転席から眼に見えるスイッチやボタン、レバーなどを操作するだけで走らせることはできるけれども、有効に知能化させるためにはメーターパネルやモニター画面を切り替えて、階層の中に重層的に織り込まれている新しい機能を選んでプログラムを起動しなければならない。それらをすべてわかりやすく説明するのは容易ではない。

しかし、知能化こそクルマの新しい機能と価値である。いま新車を買う意味はそこにある。

みんなの笑顔の見送りを受けて、自分の718ボクスターで道に走り出た。距離計は22kmを示している。

当たり前だけれども、すべてが新しい。前に乗っていたボクスターと共通するところもあるけれども、違いも大きい。最も大きく違うのはエンジンの感触だ。自然吸気の2.7リッター6気筒が、ターボ過給される2.0リッター4気筒に変わった。

前のエンジンが6気筒らしく滑らかだったのに対して、このエンジンはビートが効いている。アクセルペダルを踏み込んでいくのに呼応して、よりハッキリと爆発音を響かせて加速していく。アイドリングストップ機能が付いたのも違いだが、赤信号で停止している時の無音の静けさとの対比によって、4気筒ターボの排気音が余計に目立って聞こえるのかもしれない。

渋滞気味の国道から首都高速に乗り、帰路に就いた。エンジン回転を上げていくと、4気筒のビートはなだらかにつながっていった。4気筒だから4ビート、ジャズだ。ジャジー718ボクスターだ。

PASM(ポルシェ・アクティブサスペンションマネージメント)は、舗装のつなぎ目を巧みにいなしてとても快適だ。前のボクスターでは、ショックをそのまま伝えてきていた。鈴木亜久里も指摘していた通り、PASMを装備して間違いなかった。ここまで快適だったら、長距離も苦もないだろう。選んで良かった。

初めて運転したわけではないけれども、4ビートと快適な乗り心地が印象に残った。それはメディア試乗会で得た結論と変わらなかったが、これから付き合っていく相棒のキャラクターとしても、とても好ましいものだった。

金子浩久 モータリングライター
1961年、東京生まれ。大学卒業後、出版社で書籍と雑誌の編集者を3年半務め、独立。20~30代には、F1記者として世界を駆け巡る。主な著書に、『ユーラシア大陸1万5000キロ 練馬ナンバーで目指した西の果て』『10年10万キロストーリー』 (1~4)、『セナと日本人』、『地球自動車旅行』、『ニッポン・ミニ・ストーリー』、『レクサスのジレンマ』、『力説自動車』などがある。

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