業界きってのアルマーニ・ラバー、『ぼくのおじさん』編集人・山下英介は、80年代アルマーニの美学が現在に甦り、モードの時代が静かに裏返ったという。
ぼくがファッション編集者になって、もう25年ほどになる。紙媒体もずいぶん姿を消し、最近じゃファッションページのディレクション仕事もずいぶん減ったけど、今まで世界中で贅沢なロケ撮影をして、たくさんの美しいページをつくってきた自負があるから、もはや悔いはない。ひとつだけ心残りがあるとしたら、編集者としてジョルジオ アルマーニの全盛期に立ち会えなかったことくらいだ。
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エッジの効いたタイトシルエットとカラーリングが主流だったゼロ年代、1980年代にジョルジオ アルマーニが提唱していたような“ソフトスーツ”はある意味嘲笑の対象ですらあったし、かといってマーケットを忖度してつくったピタピタのスーツに、若手編集者だったぼくは一度も惹かれることはなかった。ぼくと同世代のスタイリストやファッション関係者も、きっとそんな思いを抱いていたと思う。
とはいえ時代の空気とは節操のないもので、タイトシルエットが市場に飽和しきった2012年頃になると、ぼくは突如としてアルマーニ美学に開眼。80年代後半~90年代にかけてアルド・ファライが撮ったイメージ写真の数々を通して、その空気をまとって裾を翻す柔らかなシルエットや、グレーからベージュへと移ろう繊細なカラーグラデーションの優雅さに、ようやく気付いたのだった。「アルマーニってこんなにカッコいいブランドだったのか!」と。
以来、驚くような価格で二次流通マーケットに転がっていたアルマーニの古着や資料を収集するとともに、新作のジャケットも多数購入。ぼくが当時ファッション・ディレクターを務めていた雑誌もすっかりジョルジオ アルマーニ贔屓に転向し、さまざまなファッションページを制作したのだが、残念ながら2010年代のアルマーニが、80年代の美意識を完全に取り戻すことはなかった。2020年にはぼく自身もファッション雑誌の仕事からはほぼ離れることになり、そのコレクションに触れる機会もだいぶ少なくなってしまった……。
そんなぼくの目に久々に飛び込んできた2026年秋冬コレクションの写真は、シルエットも色も素材も清々しいほどに80sテイスト全開で、これこそまさに、ぼくがページをつくりたかったジョルジオ アルマーニ! アルマーニからの影響を公言しているソウシオオツキというブランドが登場したり、ヴィンテージとしての価値も高まりつつある今このときに、モードファッションの現場にいない自分がちょっと悔しくなったけれど、時代がまさに“裏返った”ことを実感させられて、どこか痛快でもある。
実をいうと、ぼくがかつて集めたたくさんの古着は最近になってファッション業界の知人に資料として貸し出す機会が増え、自分で着る暇がないほどなのだが、その結果生まれたプロダクトと比較するたびに、ジョルジオ アルマーニの偉大さを実感させられる。どんなにスタイルを模倣しても、日本のテーラリング工場のお堅い縫製ではアルマーニのかつての黒ラベル、通称“黒マーニ”の柔らかさは表現できないのだ。これは間違いなく“おろしたてのジャケットなんて恥ずかしい”という故ジョルジオ・アルマーニ氏のイタリア的美意識と、過去黒ラベルの縫製を請け負っていた今はなき工場、ヴェスティメンタの創造力のなせる業だろう。
アルマーニ=脱構築と言われることも多いが、黒ラベルのジャケットの内部はクラシックな仕立て服同様に毛芯仕立てで、巷のアンコンジャケットとは違い、しっかりと構築的だ。そんな極めて精緻な内部構造に、かつて紳士服の世界ではタブーとされた打ち込みの甘い生地をのせ、機械縫いと手縫いのバランスをとった縫製でまとめることによって生まれる有機的な柔らかさと色気こそ、ジョルジオ アルマーニの真骨頂。イタリアのサルトリアが総手縫いで仕立てたジャケットとはまた違った意味で、工芸品的プロダクトといえるかもしれない。ちなみにその柔らかさに寄与しているのが、アイロンの“かけきらない”かけ方や、多少のほつれなど気にしない縫い方の甘さといった仕立てのテクニックである。着た瞬間からピークドラペルの襟先がしおれ、ポケットにカード1枚入れただけで縁がダラッと垂れてしまうような不良品スレスレのルール破りを「アリ」と判断できるアルマーニ氏のディレクション力と、それを実行できるヴェスティメンタの技術力は群を抜いている。もはや日本はもちろん、イタリアでもこんな縫製ができる工場は存在しないと思う。
そういえばソウシオオツキの2026年秋冬コレクションでは、ラペルの襟先をわざとしおらせたジャケットが登場して、驚かされた。もしアルマーニ氏がご存命だったら、このコレクションを見てどんなコメントを残しただろう? 最近ではそんなことを想像して、ひとりニヤニヤしている。
山下英介/EISUKE YAMASHITA編集者。1976年生まれ、埼玉県出身。『LEON』編集部(主婦と生活社)を経て、2008年に『メンズプレシャス』(小学館)の創刊に参画。ファッション・ディレクター、クリエイティブ・ディレクターを歴任し、22年に『ぼくのおじさん』を立ち上げる。
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