モータースポーツを起点に「もっといいクルマづくり」を進めるトヨタ。その走りを支える重要施設が、神奈川県中井町にある「中井風洞」だ。最大288km/h相当の風、動く床、形を変える壁と天井……。普段は見ることのできない空力開発の現場と、ニュル24時間仕様GRヤリスでの活用例を紹介しよう!
文:ベストカーWeb編集部/写真:TOYOTA GAZOO Racing
【画像ギャラリー】時速288kmの風が出せる中井風洞をじっくり見て!(10枚)
GRの空力開発を担う日本の前線基地
風洞とは、走行中の車両まわりの気流を人工的に再現し、空気抵抗や揚力、各輪に作用する荷重などを測定する施設だ。トヨタはドイツ・ケルン、愛知県豊田市、神奈川県中井町の世界3拠点に風洞を構える。
2018年に完成した中井風洞は、日本におけるモータースポーツ空力開発の前線基地である。F1やWECの空力開発経験者を中心に25名が常駐し、レース車両から量産スポーツカーまでを手がける。富士スピードウェイにも近く、設計、部品製作、実車確認を素早く回せることも強みだ。
最大風速80m/s!! 巨大な風の通路を備える
風洞というと、置かれたクルマに正面から風を当てるシーンが想像される。しかし実際の風洞は裏側に巨大なファンを持つ大規模設備で、コントロールルームまで含めれば、ちょっとした体育館ほどの大きさがある。
風の通り道は、流れるプールのように施設内を一周する環状構造。ファンが起こした風はそこを通るうちに整流され、ムラのない均一な気流になる。最大風速は80m/s。車速に換算すると288km/hに相当する。
計測車両が置かれる測定部は幅5m、高さ3m、長さ15mの密閉空間。車体が止まっている代わりに、床の鋼製ムービングベルトが風と同じ速度で動き、走行状態を再現する。レース車両は車高を下げ、床下を負圧にすることでダウンフォースを得る。そのため床下の気流の把握が不可欠で、車速にリンクするムービングベルトが極めて重要になるのだ。ちなみに市販車をメインに扱う豊田市の本社風洞は、4つの車輪それぞれと床下中央部だけが動く5ベルト構造。これだと床下の気流測定は疎になるが、車高が高いため問題ないそうだ。
壁と天井が弓なりに変形する理由
中井風洞の大きな特徴が、アダプティブ・ウォール・コントロール・システム、略してAWCSだ。その名のとおり、測定部の壁と天井を変形させることができるものだが、なんでか?
密閉型風洞では、クルマが押しのけた空気が壁や天井にぶつかり、実際の道路とは異なる流れが生じやすい。これを「ブロッケージ」と呼ぶが、こいつが計測精度を狂わせる原因となるのだ。
そこでAWCSは、クルマのまわりに生じる流線に沿って壁と天井の形を弓なりに膨らませ、広い空間を走っている状態へ近づける。測定環境の側を空気の流れに合わせる、実にダイナミックな仕組みだ。ちなみに壁面は上下二つに分かれていて、それぞれ独立して変形量が変えられる。
いっぽう車輪に繋がれたロードセル(荷重変換機)では車体にかかる前後・左右方向の力を検知、ムービングベルト下にもロードセルがあり、こちらは各輪に働く荷重を測定する。
1時間の計測を20分に短縮した新手法
取材では、ニュルブルクリンク24時間仕様のGRヤリスを使い、車高や車体の前後傾斜に応じた空力特性を記録する「エアロマップ」の計測が披露された。
走行中のクルマは、加速やブレーキングで車高と姿勢が変わり、それに伴って前後のダウンフォース量や空力バランスも変化する。さまざまな車高条件のデータを地図のようにまとめ、ドライビングシミュレータや実車のセットアップへ生かすのがエアロマップだ。
試験車両はバネとダンパーを外し、代わりに油圧アクチュエーターを装着。前後車高を変えて連続的に計測することができる。従来は条件を変えるたびに風を止める必要があり、約1時間を要した計測が、わずか20分に短縮されたという。
開発はまずCFDと呼ばれる流体シミュレーションで形状を絞り込み、部品を製作して風洞で実機検証。さらにドライビングシミュレータ、サーキット走行へとつなげる。設計から実走までを一気通貫で回せることが中井風洞の真価である。
ニュルで発生した謎の振動も風洞が解明
ここで話題を、計測対象となった2026年型のニュル24時間仕様GRヤリスに変えよう。同車は「振り切った開発」を合言葉に空力を大幅アップデート。フラットな床下や大型ディフューザー、スワンネック式リアウイングなどを採用し、前年型に対して空気抵抗をほぼ増やさず、ダウンフォースを60%向上させた。
ところが決勝レースでは、夜明け頃に車体の前後方向へ謎の振動が発生。チームはエンジンや駆動系を丸ごと交換してコースへ復帰し、77周を走ってチェッカーを受けたものの、規定の完走条件に届かず公式結果は未完走となった。
GRはレース後、すぐさま原因を分析。その結果、出力とダウンフォースの向上で負荷が増した一方、電子制御式4WDカップリングに走行風が十分当たらず、内部のオイルが高温で劣化していたことを突き止めた。チームはすぐさま対策を実施、フラットな床下に、カップリングへ風を導くNACAダクトを増設した。
この対策済み車両は7月に行われたスーパー耐久オートポリス戦へ投入され、冷却改善の効果も確認できた。トラブル発生>原因分析>対策>結果把握というサイクルが素早く回せるあたりに、GRのクルマづくりの魅力があると感じた。
風洞は空気を測るだけの施設ではない。GRが掲げる「モータースポーツを起点としたもっといいクルマづくり」を、実際のクルマへ落とし込む重要な開発現場なのである。まもなく姿を現すであろうGR GTについても、期待できそうだなあ!
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