数々の映画衣裳をはじめ、さまざまなメディアで衣裳デザインとスタイリングを手がけてきた北村道子による「現代のジェントルマン像」を探る連載。第21回は、映画監督のクリストファー・ノーランについて語る。
『オデュッセイア』の2026年公開を控え、今回は、映画監督クリストファー・ノーランについて話したいと思います。『メメント』(2000)からノーランラバーとして全作観ていますが、彼の作品って、常に誰かが誰かを追いかけていて、その二者の間のギャップが記憶として表現されている。そして、他の映画では出合えないアイデアがそこにはあるんです。クリストファー・ノーランはリアリストだと思うから、自分の体験した、知っていること以外は描きません。だから、宇宙も本棚につながるんです。弟のジョナサンも脚本を担当していた『インターステラー』(14)までは、記憶と時間がテーマでした。時間というのは人間が作った概念で、数字、サイエンスなんです。『ダンケルク』(17)以降は自分の書いた脚本で映画を作っています。私はクリストファー・ノーランを詩人だと思っているんだけど、一人になってから、より文学的になっているんですよね。
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イギリス人の父とアメリカ人の母のもとに生まれた彼は5歳から8ミリをまわしていたらしいから、魂がもうカメラになってるんですよ。そして、ロンドン大学で文学を学んでいる。彼の作品は、細部から人間の動きまですべてが映画的です。なぜ若者から老人までが虜になるのかといえば、映画の中でしか成立しないような会話を作っていて、それが文学となっている。特定の映像を持たない文学を映画というものと合体させているんですよね。キャスティングもいかにもハリウッドスタイルではなく、登場人物にピッタリハマる人を選ぶ。俳優に媚びることもありません。『オデュッセイア』もマット・デイモンがこれまでのマット・デイモンではなくなっている。みんなきっと、役に入っていっちゃうんだよね。ゲイリー・オールドマン、ケネス・ブラナー、キリアン・マーフィといった、脈々としたイギリス・アイルランド系の俳優へのフェティッシュもある。シェイクスピアを学んでいる俳優の持つ英国スピリットが、映画をさらに映画然とさせるのだと思います。
レンズの特性を理解しているから、彼の作品に、感情を誇張するための広角クローズアップはありません。70ミリフィルムを使っているけれど、壮大さを出すために人間の視覚に近い、35ミリフィルムのような距離感が必要なんだよね。実際の空間も、人物もそのまま再現し、現実と同じスケールで存在させることで、観ている私たちも同じことを体験できる。写真家の土門拳の撮った仏像を見ると、大きさは圧倒的なのに、引いて見えるから、すっと心が休まって、感動する。そんな気持ちになる。それが、“アングルが文学している”ということです。
デビューしてから一貫したスタイルを維持していて、ポートレイトからも寡黙さが伝わります。その謙虚さこそが英国紳士らしく、ジェントルマンだし、エレガンスも持っている。普段の仕事着も、映画の衣裳の延長線上にあるじゃない。ダークスーツに白シャツ、必ずコートを着ているのがかっこいいですよね。彼のチームって、女性の存在が強いから下品じゃない。それは、知的で美しい妻がプロデュースしているからですよ。
話を戻すと、『オデュッセイア』は人間の鍵となる、語り継がれてきた古代ギリシャ神話が原作です。多くの解釈がある中、詩人ホメロスの作品を原作に選んだのは、これならば自分が映像にできると考えたからでしょう。クリストファー・ノーランは、神話をハリウッド的作り物としては見せません。リアルな歴史物語となっていることが、予告編で既に証明されていますから。
CHRISTOPHER NOLANイギリス・ロンドン生まれ。英米二重国籍で、ロンドンとシカゴで育つ。UCLで英文学を学びつつ映画制作を開始。8ミリ撮影を経て『フォロウィング』(99)で長編デビュー。『メメント』(00)で注目され、『ダークナイト』三部作が世界的大ヒットを記録。そのほか『インセプション』(10)、『インターステラー』(14)、『ダンケルク』(17)、『TENET テネット』(20)、『オッペンハイマー』(23)などがある。
北村道子/MICHIKO KITAMURA1949年石川県生まれ。30歳頃から、映画、広告、雑誌などで衣裳を務める。『それから』(85)以降、数々の映画作品に携わる。著書に、人気シリーズ『衣裳術』第3弾(リトルモア)などがある。
文・小川知子 編集・高杉賢太郎
GETTY IMAGES, © BITTERSENDinc. UNIVERSAL MOVIE, BATMAN and all related characters and elements are trademarks of and © DC Comics. © 2008 Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved.
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