SDV協業と水平分業への構造転換
ホンダと日産は、ソフトウェアによってクルマの機能を高めるソフトウェア定義車両(SDV)の協業について、詰めの協議に入った。両社はソフトを動かす基盤となる車載OS(基本ソフト)や、クルマを電気信号で制御する電子制御ユニット(ECU)を共通化する方針だ。
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この協業は、単にライバル同士が手を組んだという枠組みにとどまらない。自社と系列企業ですべてを完結させる垂直統合型のものづくりから、基盤層と応用層を分ける水平分業へ向かう、自動車産業全体の構造変化を明確に映し出している。
ホンダは、これまで開発してきた独自の車載OS「アシモOS」を推進する一方で、日産の一部技術を活用する方向で調整を進める見通し。自社のみで土台全般を抱え込むことが必ずしも市場での優位性につながらなくなった環境下において、共通基盤を他社と分担する手法は、デジタル産業の進展に合わせた合理的な連携形態として定着しつつある。
ホンダは、なぜ独自の開発のみに固執せず、日産との共同開発に踏み切ったのか。その背景をたどると、自動車産業における競争の舞台がハードウェアとしての車両から、ソフトウェア基盤と顧客体験の提供へと移行している現実が浮かび上がってくる。
世界市場で変わる自動車産業の競争軸
ホンダと日産は、2024年3月にSDVなど複数の分野で協業を検討すると発表した。両社は基礎的な共同研究に取り組み、同年12月には経営統合に向けた協議に一旦入った経緯がある。しかし2025年2月に両社の協議は不調に終わり、その後はプロジェクトごとに協業の可能性を探ってきた。
両社は車載ソフトウェアでの協業について近く合意に至る見通しであり、今後の権利の持ち方などで詰めの調整を急ぐ。ホンダは日産が開発した一部の技術を使い、日産へ対価を支払った上で、それを土台に両社による共同開発へとつなげる構えだ。OSからの指示に基づき車両全体を統合制御する高難易度かつ高コストな中核ECUおよび基盤OSを共通化し、2029年にも実用化モデルの投入を見込む。
これによる量産効果は大きく、巨額のソフトウェア開発費や半導体調達費を両社で分散させながら削減することが可能になる。技術を搭載する車両の規模を広げ、走行データや利用データを大規模に集約・分析する基盤の整備にも寄与するだろう。
従来の自動車開発では、内燃機関を中心としたエンジンやシャシーなどのハードウェア性能が競争力を左右してきた。だが、次世代車ではSDVが主流となる。通信を経由してソフトを更新し、自動運転をはじめとする多様な機能を順次付加できる仕組みが商品力を決定づける要素になりつつある。完成された車両をそのまま販売するモデルから、市場投入後も価値を高め続けるビジネスへ移行するなかで、新機能を迅速に届けるスピードこそが重視されるようになった。
とくに車載OSは部品やシステムに指示を出す基礎となるため、全体の操作性や機能の追加速度に直結する。ソフト更新をどれほどの頻度と速度で提供できるかが競争力の源泉となるなか、中国勢は超短期開発を実現。市場ニーズに沿った商品をスピーディに投入する体制をすでに強固なものとした。
両社が進める取り組みは、共通化によって開発速度を引き上げ、先行する米国や中国のメーカーに対抗する狙いが透けて見える。自社だけで全領域を抱え込む体制から切り替え、グローバルな市場変化へ適応しようとする動きが目下加速している。
ホンダの資本再配分と領域の選定
ただし、ホンダは独自に進めている車載OSの開発を諦めたわけではない。投資配分を見直しながら、日産との共同開発を戦略的に活用する考えだ。ホンダは2026年3月期に、1957(昭和32)年の上場以来で初となる赤字を計上した。最終損益は4239億円のマイナスとなり、電気自動車(EV)にまつわる損失は通期で1.5兆円を超えた。AIやソフトウェアが車を制御するSDV開発へ向き直し、資本の投下先を根底から再構築する判断を下したと言える。
注目すべきは投資の選別である。ホンダが圧縮したのは動力としてのEVに関する領域であり、当初掲げていた2030年のEV販売見通しを見直した。販売比率想定を30%未満へ抑制するとともに、カナダにおける包括的バッテリーバリューチェーン構築プロジェクトも無期限の凍結を決断している。
一方で、堅牢な収益源であるハイブリッド車(HV)へは開発および生産リソースを重点的に振り向ける。北米向けのDセグメント等で製品ラインアップを厚くし、2030年に向けてHV販売台数を220万台規模まで引き上げる計画を打ち出した。さらに、2025年比で開発費、開発期間、開発工数をそれぞれ半分にする「トリプルハーフ」目標を掲げ、標準品の積極活用や生産効率の大幅な向上を推し進める。
知能化領域への資金投入は維持する構えを見せている。電動化およびソフトウェアへの投資計画は、2024年時点の6.5兆円から、2025年には3.5兆円、さらに2026年には1.8兆円まで絞り込まれた。だがその内訳を見ると、EV向け投資が0.8兆円まで削減されたのに対し、ソフトウェア向け投資はそれを上回る1兆円を確保。自社OS「ASIMO OS」や、一般道と高速道を問わず目的地まで運転支援を行う「次世代ADAS」を、EVのみならずHVや内燃機関車全般へ広く横展開していく。
車載OSの基礎部分は、業界全体で標準化が進みやすく、将来的に商品そのものの差を生みにくくなる領域とされる。そのため、共通化できる土台領域の開発負担を分担し、顧客が直接体感するアプリやAIといった差別化領域へ資源を集中させる選択肢が生まれた。ホンダが日産の技術を活用して開発効率を高める流れは、自社で抱え込む領域と外部を活用する領域を冷静に整理した結果として捉えられる。
ホンダはアシモOSの継続開発という選択肢を保持しながら、日産との共同開発を活用する。この取り組みは、自社開発か他社技術の導入かという単純な対立軸ではなく、付加価値を生む領域を見極め、有限な経営資源を最適に配置する資本戦略への移行を示している。
日産の開発スピードとプロセス革新
日産は近年の開発手法を大幅に見直し、製品の市場投入速度で中国メーカーに追随する取り組みを急ピッチで進めている。
2025年3月期に過去最大規模となる約7500億円の最終赤字を見込む厳しい財務状況に直面するなか、経営計画「Re:Nissan」を打ち出した。通期で2000億円超の固定費削減および550億円の変動費削減を断行し、期末の自動車事業ネットキャッシュ1兆円以上の回復を図る。これに合わせて、従来展開していた56車種から45車種へラインアップを絞り込み、成長分野へリソースを集中させる構えだ。
AIを中心とした事業モデルへの移行を進め、車両の製造にとどまらず、移動体験全体の価値向上を狙う。開発現場では工程の合理化が着実に進み、部品点数を20%、部品種類を70%削減するとともに、開発期間を40%短縮して最短30か月で製品を送り出す体制を整えつつある。2026年6月には車載ソフトウェア開発へのAI本格導入を発表。従来1か月以上を要したプロセスを数時間へ短縮し、テスト時間を75%削減する体制作りを進めている。
とくに中国市場における体制では、開発期間を従来の半分となる約2年にまで縮小してみせた。合弁パートナーである東風汽車集団の開発部門へ現地主導の権限を委ね、現地のサプライヤーと連携を一段と深めている。
これにより、進化の速い先進運転支援システム(ADAS)やコックピット技術を製品へ迅速に反映することが可能になった。開発の工程を遅らせないため、日産本社による承認を商品企画とデザイン確定の2回にとどめ、現地での判断速度を高める運用へ切り替えている。
自社開発だけに限定せず、外部のソフトウェアや先進技術を取り入れる柔軟な連携手法を導入したことも、開発期間の短縮を支える要因だ。自動運転ソフトの「Wayve AI Driver」や、ファーウェイ(Huawei)のスマートコックピット「HarmonySpace 5.0」、配車大手Uberとのロボタクシー事業、LiCAPとの全固体電池分野での提携など、外部の先鋭技術を積極的に取り込んでいる。
従来の開発方式から、市場投入後もソフトウェアの改修を重ねて性能を高める手法への転換は鮮明である。SDVの領域では、更新の頻度と速度そのものが競争力となるため、日産が整備してきた開発工程や意思決定の仕組みは、ホンダとの共同開発においてもスピードを引き上げる要素として作用するはずだ。
共通基盤の活用と応用領域での差別化
国土交通省による「レベル2++」認定制度の創設などを契機として、一般道での高度運転支援や手放し運転機能の実装競争がいよいよ本格化してきた。
SDVの広がりは、車両の基盤領域と独自価値を提供する応用領域との分業を加速させている。AIが認知から制御までを一括して担う「エンド・ツー・エンド(E2E)」技術や、視覚と言語を組み合わせて行動を判断するVLA(Vision-Language-Action)技術の導入に伴い、車載OSや電子アーキテクチャなどの共通基盤をいかに安定運用するかが重視されるようになった。
製造工程の効率化においても変革の波が押し寄せている。フォードが機械学習技術によって組み立てロボットの作業工程を高速化させたほか、トヨタ自動車や現代自動車がAI搭載ヒト型ロボットの実証を進めるなど、開発と製造の両面でAIの活用が広がりを見せる。
日産は、英ウェイブ・テクノロジーズの技術を取り入れた運転支援機能「次世代プロパイロット」を、2027年度に市場投入する新型「エルグランド」へ搭載する計画だ。高速道路での手放し走行機能を国内メーカーとしていち早く実現しており、今後は一般道での運転支援技術の導入も視野に入れている。
一方のホンダは、2021年に高級セダン「レジェンド」で世界初となる自動運転レベル3の量産化を果たした実績を持つ。1000万円を超える価格設定と限定100台という展開を経た上で、2028年には一般道で手放し運転を可能にするAI自動運転技術「ナビゲート・オン・オートパイロット(NOA)」を、普及モデルである新型「ヴェゼル」に搭載する方針を固めている。
技術の普及が進むにつれ、競争の軸は基盤の構築そのものから、その上で提供されるサービスや体験の質へと移りつつある。車両を売却した時点で収益が確定する従来のビジネスから、ソフトウェアの更新を通じて顧客に継続的な価値を提供し、中長期的な収益基盤を築くモデルへの展開が避けられない。
ホンダと日産の取り組みは、車載OSやECUという土台部分を共同で整備しながら、その上位で動作するアプリケーションやAIサービスでそれぞれの個性を発揮する枠組みを想定している。外部の先進技術やスタートアップの成果を柔軟に取り入れる体制は、プラットフォームのオープン化と新たな価値創造を後押しするだろう。
中国の比亜迪(BYD)をはじめとするEVメーカーやテスラとの競合が激化するなか、すべての領域を自前で抱える従来型の手法は限界を迎えつつある。基盤領域の共通化と応用領域での差別化を両立させる連携は、激変する市場環境に対応する手段として確実に広がりを見せている。
共通化と差別化の調和を図るこの選択は、他の自動車メーカーにとっても有効な手法となり得るのか。自前で開発すべき範囲を見分ける視点が、今後の産業全体にどのような影響を及ぼすか、引き続きその動向が注目される。(成家千春(自動車経済ライター))
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