現在位置: carview! > ニュース > 業界ニュース > 日本郵便が「7桁デジタル住所」に踏み切る根本理由──「曖昧な漢字住所」が招いた配送非効率、再配達「10%」に終止符は打てるか?

ここから本文です

日本郵便が「7桁デジタル住所」に踏み切る根本理由──「曖昧な漢字住所」が招いた配送非効率、再配達「10%」に終止符は打てるか?

掲載 更新 16
日本郵便が「7桁デジタル住所」に踏み切る根本理由──「曖昧な漢字住所」が招いた配送非効率、再配達「10%」に終止符は打てるか?

7桁コードが変える流通網

日本郵便は2025年5月26日、7桁の英数字で個人の住所を一意に識別する「デジタル住所」を導入した。これは、1968(昭和43)年の郵便番号制度導入以来、配送という社会インフラの根幹に手を入れる半世紀ぶりの構造改革である。

【画像】4年で108人死亡! 岡山県「人食い用水路」を見る(計10枚)

 日本経済新聞の報道では

・誤配や入力ミスの防止
・漢字に不慣れな外国人の利便性向上

といった利用者視点の利点が強調されている。だが、本質はそこにはない。今回の導入は、住所という情報を言語から数理へと置き換える試みであり、配送経済の基盤をアルゴリズムで再設計する動きにほかならない。

なぜこの制度が今導入されるのか。誰にとって意味があり、どのような市場構造を再定義しようとしているのか。その背景と狙いを分析する。

日本特有の配送コスト

 日本の住所体系は、世界的にも特異な構造をもつ。

・地番と住居表示
・町名と丁目
・漢字の揺れ

が複雑に絡み合う。この結果、同一住所が複数の表記を持ち、変換ミスによる誤配や、建物の位置の曖昧さといった問題が常態化している。

 この非構造化された住所体系は、AIや自動化による最適ルート設計の障壁となってきた。高精度な地図データや全地球測位システム(GPS)を用いても、最終的な判断は配達員の経験と勘に依存する。そのため、配送効率の改善には限界があった。

 EC市場の急拡大により、物流量は爆発的に増加した。一方で、2024年時点の再配達率は依然10%を超えている。こうした負荷が、供給の限界を迎えた労働力のなかで飽和を引き起こしている。日本郵便が7桁の英数字コードによる住所識別へと舵を切った背景には、住所表記の曖昧さや文化的意味合いを、配送にとっての雑音と捉えた判断がある。

 コード化されれば、地番や建物名といった情報は、もはやソフトウェア上で意味を持つ必要はない。唯一の記号「ABC-1234」さえあれば、物流システムは対象を正確に特定できる。ここでの住所は、人が読む情報ではなく、機械が処理する識別子に過ぎない。新しいサービス「デジタル住所」は、約1500万人(4月末時点)の登録ユーザーを有するオンラインサービス「ゆうID」の会員から申し込みを受け付ける。

 この転換は、日本郵便の業務効率化という内向きの理由だけでは終わらない。API(異なるソフトウェア同士が連携するための共通のルール)を無償で開放することで、他社の物流網やECサービスとの連携も可能になる。つまり、ゆうパックを超えて、日本全体の配送インフラを再設計するための布石にほかならない。

人手不足の次段階

 日本郵便の従業員数は、2019年比で13%減少している。今後も高齢化と若年層の労働力不足が続く以上、現場人員の大幅な回復は見込みにくい。

 この状況で求められるのは、人が行っていた判断プロセスそのものを機械化することである。例えば以下のような場面が該当する。

・同一住所内での世帯識別
・番地や建物名の誤記補完
・ルート設計時の優先順位判断
・再配達における在宅可能性の予測

これらの判断を、7桁コードによって統一すれば、業務は標準化され、判断という負荷が根本から除去される。配送現場にとっては、

「減る人手でも回る仕組み」

への構造転換となる。コード化は、より本質的にはユーザー単位での位置情報タグ付けを可能にする。楽天やGMOが注目するのは、住所・個人・購買履歴を統合することで、マーケティングや顧客対応の精度を飛躍的に高められる点にある。

 例えば、特定のコードを持つ個人が引っ越しても、そのIDにひもづく履歴情報は引き継がれる。企業側は、転居の事実を日本郵便のデータベースからAPI経由で取得できる。つまり、ユーザーが自社アプリを通さずとも、常に一意の識別IDを保持する構造になる。

 従来の「メールアドレス + 電話番号」に比べて、安定性と精度の両面で優位性がある。しかも実世界の地理情報と結びついているため、顧客関係管理におけるプラットフォームレイヤーとなる可能性を秘めている。

民営インデックスの台頭

 政府主導で進む不動産IDは、土地や建物といった不動産単位に17桁の番号を付与する制度である。対象は行政や事業者であり、住民個人とは直接結びつかない。

 これに対し、日本郵便が導入する住所コードは、住む人とその移動に動的に対応する。対象が「土地」か「人」か。その差は決定的に大きい。前者は土地管理の合理化を目的とする。一方、後者は流通と消費者接点の構造を再定義しようとしている。

 日本郵便が握ろうとしているのは、移動する人のネットワークである。この構想に楽天などが連携すれば、位置情報のインフラは国家のものではなく、民間主導へと再編される可能性がある。

 従来、住所体系は公的秩序の根幹だった。固定資産税、住民票、登記など、制度の多くはこの枠組みに依存していた。ところが現在、物流と購買に最適化されたコードが、政府に先んじて社会に浸透しつつある。これは、民間が公的秩序の一部を代替しはじめていることを意味する。すなわち、住所インデックスの市場化である。

 仮にこのコード体系が数千万単位に普及すれば、それは単なる住所表記の簡略化にとどまらない。以下のような広範な構造転換を促す可能性がある。

・配送ネットワークの自動化基盤
・住民移動データのビッグデータ化
・転居通知の民営化
・匿名配送システムの高度化
・地域マーケティングの座標管理

これらの根幹にあるのが、たった7桁のコードである。しかもこのコードは可変性を持ち、運用次第で地域情報や生活圏の構造にまで波及する。郵便番号が地名を数値に変えた制度だとすれば、住所コードは

「個人の位置履歴」

を番号に置き換える試みである。これは流通、行政、マーケティング、セキュリティ、そして移動サービス全般のルールを再設計する余地を持つ。

住所体系崩壊の新局面

 この試みが失敗に終わる可能性はゼロではない。現時点では利用者による自主登録が前提であり、短期間での普及は見込みにくい。

 しかし、一度このコード体系が社会常識として定着すれば、数十年にわたって維持されてきた日本の住所体系は、その意義を失うことになる。

 物流が人の判断と経験によって成り立っていた時代は、静かに終わりを迎えつつある。7桁のコードが示すのは、場所という概念が、データベース上の一項目へと変質する。その入り口に立っている。

関連タグ

【キャンペーン】第2・4 金土日はお得に給油!車検月登録でガソリン・軽油7円/L引き!(要マイカー登録)

こんな記事も読まれています

「そりゃ減るわけがない」 トラック「荷待ち・荷役時間」わずか1分減の現実――国交省「いじめっ子放置」政策が生んだ致命的盲点とは
「そりゃ減るわけがない」 トラック「荷待ち・荷役時間」わずか1分減の現実――国交省「いじめっ子放置」政策が生んだ致命的盲点とは
Merkmal
「タクシー運転は最短3日でOK」の裏側──なぜ「充足率85%」の現場が“質より量”を求めるのか? 高齢者・外国人に頼る“プロの定義”とは
「タクシー運転は最短3日でOK」の裏側──なぜ「充足率85%」の現場が“質より量”を求めるのか? 高齢者・外国人に頼る“プロの定義”とは
Merkmal
一カ月で「飲酒運転20件」はさすがにひどい…2500台の認可取消「日本郵便」の安全確認義務違反の原因と配送網崩壊危機
一カ月で「飲酒運転20件」はさすがにひどい…2500台の認可取消「日本郵便」の安全確認義務違反の原因と配送網崩壊危機
ベストカーWeb
「車を直せない時代」が来る? 専門学校入学者「47%減」の衝撃――なぜ自動車整備士は「3K」イメージを払拭できないのか
「車を直せない時代」が来る? 専門学校入学者「47%減」の衝撃――なぜ自動車整備士は「3K」イメージを払拭できないのか
Merkmal
900円は高すぎる? 「五反田~天王洲ルート」の舟通勤始動――水上交通が直面するコスト&ニーズの大ギャップ
900円は高すぎる? 「五反田~天王洲ルート」の舟通勤始動――水上交通が直面するコスト&ニーズの大ギャップ
Merkmal
防衛省が超音速ミサイル「ASM-3」に見捨てた根本理由――カタログ・スペックで優れるのになぜ?
防衛省が超音速ミサイル「ASM-3」に見捨てた根本理由――カタログ・スペックで優れるのになぜ?
Merkmal
率直に問う EV愛好家は本当に「クルマ好き」と呼べるのか?
率直に問う EV愛好家は本当に「クルマ好き」と呼べるのか?
Merkmal
「安全運転 = お得」な時代がやって来る? 眠れる巨大市場「SDカード」経済圏とは何か? 安全運転で割引ザクザク? 事故率低下にも期待の現実
「安全運転 = お得」な時代がやって来る? 眠れる巨大市場「SDカード」経済圏とは何か? 安全運転で割引ザクザク? 事故率低下にも期待の現実
Merkmal
走る太陽光発電「ソーラーロード」知ってる? オランダで成功、中国で盗難…日本で普及しない理由と隠されたコストとは
走る太陽光発電「ソーラーロード」知ってる? オランダで成功、中国で盗難…日本で普及しない理由と隠されたコストとは
Merkmal
鉄道クラウドファンディングは「美談」に過ぎない?──市民の善意が覆い隠す、公的責任の「静かな敗北宣言」とは
鉄道クラウドファンディングは「美談」に過ぎない?──市民の善意が覆い隠す、公的責任の「静かな敗北宣言」とは
Merkmal
なぜBYDは「最大34%値下げ」に踏み切るのか? EV王者を追い詰める“飽和する7万元市場”の深層、BYD株続落で考える
なぜBYDは「最大34%値下げ」に踏み切るのか? EV王者を追い詰める“飽和する7万元市場”の深層、BYD株続落で考える
Merkmal
「買ってはいけない新車」4つの特徴──元ディーラーがこっそり教える“在庫優先”の罠、なぜ多くの消費者は見誤るのか?
「買ってはいけない新車」4つの特徴──元ディーラーがこっそり教える“在庫優先”の罠、なぜ多くの消費者は見誤るのか?
Merkmal
「SOS」点滅しても気づかない? なぜタクシーの「緊急サイン」は機能しないのか──西鉄バスジャック事件から25年、今も残る“周知の壁”
「SOS」点滅しても気づかない? なぜタクシーの「緊急サイン」は機能しないのか──西鉄バスジャック事件から25年、今も残る“周知の壁”
Merkmal
中国CRRCが日本車を駆逐? ジャカルタ通勤鉄道での「E235系失注」が示す、日本の護送船団方式の限界
中国CRRCが日本車を駆逐? ジャカルタ通勤鉄道での「E235系失注」が示す、日本の護送船団方式の限界
Merkmal
常磐自動車道が全線開通するまで「34年」もかかった根本理由
常磐自動車道が全線開通するまで「34年」もかかった根本理由
Merkmal
「天井を走れる」EV誕生? アクション映画が現実に?──F1超えのダウンフォース制御が拓く未来の走行革命とは
「天井を走れる」EV誕生? アクション映画が現実に?──F1超えのダウンフォース制御が拓く未来の走行革命とは
Merkmal
人手不足といいながら「来る者拒まず」ではなくなったタクシー業界! コロナ禍後は「アプリ」と「語学」が鍵
人手不足といいながら「来る者拒まず」ではなくなったタクシー業界! コロナ禍後は「アプリ」と「語学」が鍵
WEB CARTOP
三井・あいおいまさかの大合併!? 保険業界再編に期待大
三井・あいおいまさかの大合併!? 保険業界再編に期待大
ベストカーWeb

みんなのコメント

16件
  • has********
    採取的にそのコードと実際の場所を相対させるのは従来体系の住所じゃないの?
    であるのならどこかでそのコードと実際の住所を照会するシステムが入るわけで、
    現状と何が違うの?
  • 坂東太郎左衛門兼定
    届け出の無い転出入が最も苦労するところなんだけどデジタル住所にしたところでそこは何一つ解決しないのでは?
※コメントは個人の見解であり、記事提供社と関係はありません。

査定を依頼する

メーカー
モデル
年式
走行距離

おすすめのニュース

愛車管理はマイカーページで!

登録してお得なクーポンを獲得しよう

マイカー登録をする

おすすめのニュース

おすすめをもっと見る

あなたにおすすめのサービス

メーカー
モデル
年式
走行距離

新車見積りサービス

店舗に行かずにお家でカンタン新車見積り。まずはネットで地域や希望車種を入力!

新車見積りサービス
都道府県
市区町村