世界の自動車メーカー各社は今、電気自動車「EV」の開発で凌ぎを削っている。しかしトヨタは、電動とガソリンを動力源とするハイブリッド車においてはすでに十分なシェアを獲得しているものの、完全なEVには、さほど興味を持っていない。
トヨタが注目する新エネルギーは「水素」だ。ではなぜ彼らは、EVではなく水素にこだわるのか? そして彼らが誇る燃料電池車「MIRAI」には、どんなメリットがあるのか? トヨタが目指す将来的なモータライズド・ソサエティを探ってみたい。
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文/鈴木喜生、写真/トヨタ自動車、本田技研工業、Newspress
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燃料電池自動車「FCV」と水素エンジン搭載車の違いとは?
低炭素・脱炭素化のトップランナーとして注目を集める2代目「MIRAI」。トヨタの"本気"を感じさせるクルマだ
水素を動力源とするクルマには2種ある。ひとつは燃料電池自動車「FCV」(Fuel Cell Vehicle)であり、もう一方が水素エンジン搭載車だ。
燃料電池自動車FCVは、酸素と水素を燃料電池に取り込むことで電気を発生させ、その電力でモーターを回して走行する。そのためパワーユニットの構造はEVに近い。酸素は大気中から取り入れればよいので、燃料としてクルマに搭載するのは水素だけであり、それらの科学反応の結果、クルマから排出されるのは水だけだ。
一方、水素エンジン搭載車は、エンジンに水素を取り込んで直接燃やす。ガソリン車と同様に、水素を燃やすための酸素をエンジン内に取り込んで、それらを混合気として燃焼させるわけだ。ガソリン車と同様、パワーユニットとして内燃機関を使用するため、既存のガソリンエンジンの技術が流用できることも水素エンジンのメリットのひとつだ。
酸化剤として空気を燃焼させる過程で窒素酸化物は発生するが、燃料が水素なのでCO2を排出しない。いたってクリーンなパワーユニットと言える。
このように、同じ水素を燃料として使用するFCVと水素エンジン搭載車ではあるが、その構造はまったく別モノだ。
トヨタにおいては、燃料電池自動車FCVは2014年12月より「MIRAI」が市販化。2020年12月の、6年ぶりのフルモデルチェンジを経て、現在販売されているのはその2代目にあたる。
水素エンジンに関しては、今年4月に開発着手が公表されたが、その発売予定時期などは未発表。ただし、5月に行われた24時間耐久レースにトヨタ製の水素エンジン搭載車が出場し、豊田章男社長自身がドライバーを務めたのは記憶に新しいだろう。それまで世界で水素エンジンを実用化することができた自動車メーカーはゼロ。レースという限定的な場での実用化であっても、このニュースは世界に衝撃を与えた。
燃費やトルクなどの課題は残されているが、技術的にはすでにある一定レベルをクリアし、現在ではビジネスとしての構築を模索する段階に来ていることは間違いないだろう。
水素自動車がサーキットを疾走! 世界にトヨタの技術力の高さを見せつけた。量産化もそう遠くはなさそうだ
FCVがEVよりも圧倒的に有利な理由
MIRAIは水素タンクを車両センタートンネル、後部座席下、リアタイア後方にそれぞれ1本ずつ、計3本搭載している
では、なぜトヨタは、テスラのようなEVではなく、FCV、強いては水素エンジンの開発に邁進するのか? その答えのひとつが、燃料充填時間の短さだ。
現在販売されている2代目のMIRAIにおいては、64、52、25リッターの3本の高圧水素タンクを搭載していて、そこに70MPa(メガ・パスカル)という高圧な水素を気体のまま充填する。これは大気圧の700倍弱の圧力だ。
タンクが空の状態から満タンにするのに要する時間はわずか3分。ガソリン車ほどではないが、その作業が日常化したとしてもさほど不都合は感じないはずだ。こうしたメリットは、FCVであるMIRAIだけではなく、水素エンジン搭載車においても同様だ。
しかし、EVの場合はどうか? 充電施設や車両モデル・仕様によっても大きく違うが、例えばテスラのモデルS(4ドアセダン)を公用施設であるスーパー・チャージャーで充電した場合、15分間の充電で322kmの走行が可能だ。しかし、自宅用のウォール・コネクター(60A)を使用した場合には、1時間で48km走行分、フル充電するには一晩かかる(テスラ社ウェブサイト参照)。
もし、長距離走行や大型車両の使用が目的だった場合には、上記よりもさらに長い充電時間が必要となる。バッテリーというものの特性上、急速充電による時間短縮にも限界がある。日常的なインフラとしては、この燃料供給の時間の差は大きいだろう。
EVのネックは充電時間の長さ。いっぽうのFCVはガソリン車と遜色のない短時間でのチャージが可能
必須課題は「水素ステーション」
水素ステーション増設を加速化させることがMIRAIのさらなる普及の必須条件だ
2015年に採択された「パリ協定」以降、世界各国が掲げる脱炭素化キャンペーンによって、自動車の動力源が電気や水素に大きくシフトしているのはご承知だと思う。そういった状況を見据え、2020年10月26日に開会した臨時国会の所信表明演説において、菅総理が国内の温暖化ガスの排出を2050年までに「実質ゼロ」を目指すことを宣言している。
そのいっぽうで、9月9日には、トヨタの社長であり、日本自動車工業会会長でもある豊田章男氏が「自動車産業が支える550万人の雇用を守る」という観点から「一部の政治家からはすべて電気自動車(EV)にすればいいという声を聞くが、それは違う」とのコメントし、エンジン車を規制し、EVへの置き換えを強力に推進する官に対して苦言を呈した。
ともあれ、かつてディーゼル車が淘汰されたように、ガソリンもその役目を終えようとしている。その結果訪れるのは、EVと、FCVまたは水素エンジン搭載車の二極化だろう。自動車メーカーやユーザーがEVとFCV、いずれを選択したとしても、そこで必要となるのは新たなインフラだ。
燃料電池車を普及させるには「水素ステーション」が必須となる。ちなみに、トヨタによる「水素ステーション」は、2021年8月末現在において全国に153カ所。その内訳は、北海道2、東北5、関東58、中部44、近畿21、中国6、四国3、九州14。先述したテスラのスーパー・チャージャーの施設数が、現時点で全国32件であることと比較すれば、かなりの数のように思われるが、その件数は気軽にドライブが楽しめる数に達しているとは言えないだろう。
ただし、昨今その数は急速に増加している。資本力に勝るトヨタが他産業や官も巻き込んでその整備を進めれば、他の自動車メーカーが水素エネルギーに追随する可能性は低くない。
また、MIRAIが搭載する高圧水素タンクは、トヨタが現在開発中の水素エンジン搭載車にも流用可能だ。その規格を同じくすれば、同社から燃料電池車と水素エンジン搭載車が平行して販売され、共通したインフラが活用できるようになるだろう。
ホンダは、高圧水電解型の水素ステーション「スマート水素ステーション(SHS)70MPa」を2018年11月より商品化している
燃料電池車の生産台数と車両価格
2014年11月に発表された初代MIRAI。来たるべき水素社会を牽引するFCVとして世界の注目を集めた
現在はガソリン車からの移行期間と言え、トヨタにおいても燃料電池車の生産台数はいまだ多くない。ちなみに初代MIRAIは、生産に熟練工による手作業が必要だったため、年間生産台数は3000台が限界であり、累計販売台数も世界で1万1000台に留まった。しかし、2代目のMIRAIは、生産能力は約10倍、3万台まで対応可能だという。こうしたところにもトヨタの、この商売における本気度が見えてくる。
生産台数が少ないことから、車両価格もガソリン車に比べて高額であり、標準的な4ドアセダンである「MIRAI Z」においても税込みで800万円を超える。エコカー減税を活用しても650万円ほどであり、このクラスのガソリン車と比べるとかなりの割高感がある。しかし、それらの課題も新エネルギーへのシフトが進めばおのずと解消されるだろう。
ちなみに、リース専用車ではあったものの、ホンダも2016年3月より「クラリティ FUEL CELL」を生産していたが、2021年6月、年内で生産を中止することを発表。GMと協力しFCVの開発は継続するとのことだが、当面はEV強化に注力することに方向転換を図った。
世界各国がカーボンニュートラルを推進し、郊外にまで水素ステーションが完備され、燃料電池車の生産数が増えるとともに車両価格が下がれば、「そういえばガソリン車を見なくなった」という日が来るに違いない。デザインと乗り味で購入するモデルを選んだ時、「気がつけばFCVだった」という日は、もうそこまで来ているのだ。
クラリティ FUEL CELLは残念ながら生産終了に。MIRAIに追従するクルマの登場が待たれるところだ
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みんなのコメント
インフラを一気に変えるのは到底無理な話だし、それぞれ良さがあるから。
水素には密かに期待している。
日本の技術力でまた世界をギャフンと言わせてほしい。