韓国での兵役義務のために活動を休止してから約4年、BTSが5枚目のスタジオアルバムとワールドツアーを引っ提げ、再びグループとして帰ってきた。それぞれソロ活動で大きな成功を収め、アーティストとして、また人間として成長した彼らは、ポップミュージックを代表する存在として、強い絆で次の章へと歩み出そうとしている。
21世紀のポップアイコン、BTSの最後のメンバーが韓国ですべての健康な男子に課せられる兵役義務を終えた直後の2025年半ば、7人のメンバーがロサンゼルスで一つ屋根の下に集結した。
松山祥樹デザインによるアンビエンテックのライト「バルカロール」──連載:次の名作はこれだ !
RM、Jin、SUGA、j-hope、Jimin、V、Jung Kookの7人は、まだティーンエイジャーだった10年代初頭からグループで一緒に活動してきた。19年には同じ宿舎での共同生活にも終止符が打たれたが、兵役を全うし、各々のソロ活動に専念していた数年を経て、再びグループとして歩み始めるときが来た。
「活動は週6日で、まるでビジネスマンみたいでした」と、リーダーのRMはかつての日々を振り返る。彼らは厳格なルーティンをこなしていた。朝はジムで一緒にトレーニングし、昼食のために帰宅。午後1時にはスタジオへ出向き、様々なソングライターやプロデューサーと楽曲制作に取り組み、夜8時頃まで作業した後、帰宅する。それが彼らにとっての日常だった。
再びルームメイトとして一緒に暮らすことになったBTSは、スーパースターになる前の日常を無意識のうちになぞっていた。BIGHIT MUSIC(現・HYBE)の練習生時代、デビューのためにすべてを注ぎ込んだあの日々の再現だ。それは、アルバム・セールス、動画再生数、コンサートの観客動員数で数々の記録を世界中で打ち立てる前。韓国人グループとして初めてグラミー賞にノミネートされ、「ビルボード200」アルバムチャートと「ビルボード・ホット100」シングルチャートで1位を獲得し、国連で演説する前。アジア人アーティストとしてだけでなく、世界的な文化現象として、ジャンル・国籍・時代を問わず史上最高の売上を記録したグループのひとつとなる前の時代である。
BTS──結成当初のグループ名「防弾少年団(Bangtan Sonyeondan)」の略で、後に「現実に安住することなく、絶えず成長し続ける青春」という意味を込めて「Beyond The Scene」の略へと再定義された──のはじまりの物語は、今や広く知られている。10年、ソウルでも無名のレコードレーベルだったBIGHIT MUSICが、地元のアンダーグラウンド・ヒップホップシーンで既に注目のラッパーとして名を馳せていた16歳のRMと契約。間もなく、同じくシーンで活躍していたソングライターでラッパーのSUGAと、Bボーイ・ダンサーからラッパーに転身したj-hopeが加入した。彼らにより高い商業性を見込んだ同社はやがて方針を変更し、ヒップホップトリオをK-POPグループに転換。7人体制のユニークなグループが誕生し、アンダーグラウンドラッパーの尖った感性と、より伝統的なアイドルグループの華やかな商業的魅力が融合した。
俳優志望だったJinはボーカリストとしての才能を開花させ、“ワールドワイドハンサム”の称号も獲得。最年少で最も多才な歌手のひとりであるJung Kookは、すぐにマルチなパフォーマーへと成長した。Vは深いバリトンボイスとモデルのような端正なルックスで、グループに都会的な洗練を加えた。早くからダンスレッスンを受けていたJiminは、そのパフォーマンススキルと特徴的な高音域でアンサンブルを完成させた。このバラバラの個性を持った無名のグループはわずか数年で韓国三大芸能プロダクション──SM Entertainment、YG Entertainment、JYP Entertainment──の前に立ちはだかり、さらには国内ナンバーワングループへと成長したばかりか、シーンを超越して世界的な現象へと飛躍していった。
今や20代後半から30代前半となった彼らはロサンゼルスでの2カ月間、再び同じ家でともに過ごしながら、最高のアルバムを作り上げるために昼夜を問わずひたすら制作に没頭した。まるでグループ黎明期のように、一粒の金を掘り当てようともがくかのように──。
「そして、それを掘り当てたように感じます」と、RMは言う。彼らが約6年ぶりにリリースする、5枚目の韓国語のスタジオアルバムを指してのことだ。もちろん、新作には大規模なワールドツアーが伴う。近年の音楽史において最も待ち望まれたカムバックであり、1960年にエルヴィス・プレスリーが兵役から復帰したときを彷彿とさせる熱狂的な興奮を巻き起こしている。
困難を笑い飛ばすチームワーク
私は今、ソウル近郊にあるスタジオにBTSと一緒にいる。22年に活動休止して以来、彼らがグループとして初めて応じるインタビューを行うためだ。7人の仲間意識を見て、私もすぐに緊張がほぐれた。彼らの友情関係はこちらを安心させるものだったが、苦労して築き上げたものにも感じられた。12月、RMはGlobal Superfan Platform「Weverse」でライブ配信を行い、カムバックに先立ちグループの解散を「何千回も」考えたことをファンに打ち明けた。この告白は、世界中のARMY(BTSファンの呼称)に衝撃を走らせた。
「個人的なプレッシャーは計り知れない」と、彼は12月6日のライブ配信で語った。「先月から、まったく眠れなくて。睡眠薬を処方してもらおうか考えるくらい……。チームを解散させるか、活動休止するほうがいいか、何千回も考えた」
プレッシャーを感じるのはもっともだ。超えるべきハードルはあまりにも高すぎる。前作のスタジオアルバムからほぼ6年、BTSはこの長きの間に高まった期待に応える作品を生み出せるのか? 最後のパフォーマンスから約4年、あの化学反応は今も健在なのか? それとも互いに離れていた時間は彼らを変え、かつての関係を取り戻すことを難しくしているだろうか? さらに追い打ちをかけるように、韓国の音楽シーンを世界のポップミュージックの中心に押し上げた彼らには、一国の期待がかかっている。地球規模で存在するARMYからの、熱く夢見心地な視線は言うまでもない。
このインタビューは、ほぼ通訳を通じて行われた。腰を落ち着けて話しているうちに、前述のWeverseでのライブ配信の話題が自然と出てきた。
「あの配信のせいで、いくつかのミームが生まれたと思います」と、RMは笑いながら言う。
ほかのメンバーはどう感じたのだろうか?
「実は、あのライブ配信の動画は誰も観てなくて」とVが言う。
「YouTube ショートとか(Instagramの)リールみたいな短い動画しか観ないですね」と、Jinが続く。
「お互いのライブ配信を観るのも変だから」とSUGAが説明する。「皆、いつも一緒にいるし、兄弟みたいなものですからね」
「ある意味、RMがARMYに向けた愛の言葉だと思います」と語るのはJimin。「彼がグループやARMYに対してどれほどの思いを注いでいるかが伝わってきます。弱さを見せたり、そういうことを口にしたりするのは、まさにRMらしかったと思います」
「RMはグループのアイデンティティみたいな存在」と、Vは言う。「彼はグループの中心であるリーダーですから、ほかのメンバーよりずっとプレッシャーを感じているはず。僕は普段そんなにプレッシャーを感じないけど、彼は違うみたい」
「なんて優しいんだ」。メンバーの言葉に明らかに心を動かされた様子のRMは、6人を見ながら言った。「このメンバーが大好きです」
7人の親密さは手に取るように伝わってくる。お互いに心を開いて、自然体でここにいるのは間違いない。JiminがJinの首筋を軽く揉むと、Jinは冗談めかしてJiminの脚を軽く叩く。落ち着き払った様子のJung Kookは、目の前にオレンジを2つと小さなポテトチップスの袋をいくつか置き、受け答えの合間に熱心に頬張る。一方、Vは──この場の重要性を意識しているのだろう──さっとスマホを取り出し、ほかのメンバーたちを写真に収めた。
まさにBTSらしいやり方で、彼らはRMのWeverseライブ配信によって引き起こされた複雑な感情を、兄弟のように互いに冗談を言い合うことで乗り越えた。
「僕らは、お互いに慰め合うタイプじゃないですから」と、Jiminは言う。「ただ笑い飛ばして、相手をからかって笑顔にさせて、そのことを忘れてしまうだけ……。一緒に飲んだりもしました」
「表向きは彼をからかっていますが、裏では僕らも泣いているんですよ」と、Vは認める。
「こういう子たちなんです」と、RMは笑いながら言う。「これが、こういう状況への彼らの対処法なんですよ。そう、ミームにでもして、何事もなかったかのように振る舞おうってね」
彼らにとって、団結こそ力であることに疑いはない。ポップミュージック最大のカムバックの重圧さえも、冗談や親しみを込めた軽口でやり過ごしてしまう。インタビューの途中、突然Jiminがドラマチックにジャケットを脱ぎ捨て、引き締まった体に張り付いたリブ編みのタンクトップを露わにした。「セクシー!」とJung Kookが叫ぶと、Jiminは明らかにその反応を喜んだようで、ふざけて腕を曲げたり上腕二頭筋をつまんだりして、仲間たちの内省的な思索を中断させた。
この関係性のダイナミズムは、表紙撮影の現場でも目撃できた。Vはウィズ・カリファとスヌープ・ドッグの「Young, Wild & Free」に合わせて激しく踊りながら、ヘアメイクの手直しでじっとしていなければならないSUGAに、まるで勝負を仕掛けるかのように一緒に踊るよう迫った。j-hopeがソロポートレートの撮影を終えて立ち去る瞬間には、スピーカーからドレイクの「Hold On, We ’ re Going Home」が流れ始め、こらえきれない彼がファルセットで「We ’ re going home」と歌い上げ、撮影を一時中断させた(数メートル先で大物ポップスターが思い切り声を張り上げるのを聞くのは、少々圧倒される体験だ)。
「彼らは強い絆で結ばれ、グループとして誠実に意思疎通をしています」と語るのは、BTSと「Butter」のリミックスで、またRMとはシングル「Neva Play」でコラボしたミーガン・ザ・スタリオンだ。「あのグループ全体に通底する謙虚さ、愛情、チームワークは極めて稀な、特別な関係性だと思います」
「BTSの7人について、彼らを多少なりとも知ったうえで感じるのは、(スターになる過程の)非常に激しいプロセスを通して、より親密な関係になったらしいということです」と、コールドプレイのフロントマン、クリス・マーティンは話す。コールドプレイとBTSのコラボ曲「My Universe」は、ナンバーワンヒットを記録している。「メンバーが互いに支え合っているように見えたのが本当によかったですね。彼らは非常に結束が固く、緊密に連携しています。お互いの足を引っ張ったりすることがあまりなく、それぞれの役割がはっきりしています。メンバー間の愛情は本物。それが最も印象的でした。厳しい状況のなかで生まれる同志愛ですよ」
「音楽に魔法のような魅力をもたらすのは何なのか、その正体がわからないことがあるのと同じように、バンドについても同じことが言えると思います」と、マーティンは続ける。「私たちがバンドに惹かれるのもそういうこと。理由はよくわからないのです。なぜこの7人からなるグループは、それを構成する要素の総和よりもずっと大きな、魔法のかかった存在になるのでしょうか? 彼らが並々ならぬ努力を注ぎ、お互いに思いやり、自分たちの活動を楽しんでいるという以上に、説明のつかない何らかの魔法があるのです」
好きな音楽があると、お互いに薦め合いますからね。だから同じ時期に同じ音楽を好きになることが多いんです──j-hope
“一般人”に戻ったBTS
ここで、待望のカムバックという大きな話題に埋もれてしまったひとつの事実に目を向けたい。ここ数年の間に、BTSのメンバーは彼らのような超有名セレブであればあり得ないようなある体験をした。7人は再び、“一般人”に戻ったのである。
韓国では、18歳から28歳までのほぼすべての男性が約18~21カ月の兵役義務を負う。北朝鮮との恒常的な緊張関係によるもので、オリンピックメダリストを除いて免除される者はほとんどいない。入隊前、BTSのメンバーには免除が認められるのではないかという臆測が囁かれた。何しろ、彼らはその時点ですでに事実上の国宝同然だったからだ。しかし彼らは間もなく入隊し、世界を驚かせた。Jinが最初に、SUGAが最後に兵役を終える段取りは綿密に調整されたものであり、これによってメンバーの誰かが常にソロアーティストとして表舞台で活動することができた。最愛のARMYが一瞬でも彼らの存在を欠くことがないよう計らった、高度なプランニングだった。
兵役義務を果たすなかで、教官補佐(Jinとj-hope)から調理兵(Jung Kook)、特殊任務隊員(V)まで様々な役割を担った彼らは、韓国の同世代の一般男性と同じ単調なルーティンを経験することができた。SUGAは現役兵ではなく社会服務要員として配属され(肩の手術歴が原因とされる)、世界中のスタジアムでヘッドライナーを務めていた生活から一転、オフィスに出勤する日々を送った。
「オフィスには一度も遅刻しなかったんですよ」と、SUGAは誇らしげに語る。「いつも10分前には到着して、その日の仕事を準備していました。いつも同じ時間に到着して、同じ時間に帰宅するのは最初は変に感じられましたが、慣れてくるとそれが自分の一部になりました」。その生活習慣は後々、彼の音楽制作にも影響を与えるようになった。「入隊前は夜、深夜まで曲作りをしていましたが、除隊後は昼間に曲作りをするようになったんです」
「まったくの異世界に放り込まれ、適応するのはもちろん大変でした」とj-hopeは認める。「でも人間って面白いもので、驚くほど早く順応するんです。前よりも健康になったと感じますし、人生や社会の様々な側面について多くを学べました。それと、たくさんの新しい人々と知り合えたのも大きなプラス。それに軍隊に入って兵役を果たすことは、韓国の男性なら誰もが経験することですからね」
「本当に、本当に辛くて、泣きそうでした」と、Jiminは笑いながら涙のジェスチャーを交えて語る。「とても大変で。でも、あの立場で経験できたことは、僕たち全員にとって大きな意味がありました」
活動休止中、7人が再会することがあった。それは今も全員の記憶に残っている。
「全員が兵役を終える前のことです。Jung Kookが泣いちゃって。いや、号泣しちゃったんです」。Vは、仲間が真剣にグループの再結集を望んでいたことを振り返る。「Jung Kookが泣いたのは、本当にステージに立ちたかったから。ただただパフォーマンスがしたかったんです」
僕たちは全員、BTSをメンバーひとりひとりよりも大切にしています。グループとしてデビューしたから、それが自分たちのアイデンティティの核だと思っているんです──V
「Jung Kookがグループでのステージパフォーマンスや音楽に対してどれほどの愛情と情熱を持っているかを、心で感じ取ることができました」と、SUGAは付け加えた。
この一連の証言にもかかわらず、最年少のJung Kookは知らんぷりを決め込む。「よく覚えてないな」と、彼は笑いながら言う。「でも、そのときは全員がそこにいました」
活動休止期間中、7人はそれぞれソロアーティストとして成長を遂げた。各メンバーが独自に、驚くほど完成度の高いプロジェクトを発表している。ブーンバップ系ヒップホップ(j-hope「Jack In The Box」)からピーター・ガブリエルを思わせるパワーバラッド(Jin「The Astronaut」)、ビルボード「ホット100」1位を達成したヒット(Jung Kook「Seven feat. Latto」、Jimin「Like Crazy」)、アンニュイかつ内省的なアルバム(RM『Right Place, Wrong Person』)、三部作規模のステートメント(SUGAはAgust D名義で3枚のシングルを完成)、短くもスウィートなEP(V『Layover』)まで、ここ数年でBTSのメンバーは表現の幅を大きく広げてきた。彼らはまた、エリカ・バドゥ(RM)、坂本龍一(SUGA)、J.コール(j-hope)、さらにはウォン・カーウァイ監督作品で知られる写真家ウィン・シャ(RM)といったレジェンドたちとコラボレーションし、自らのビジョンを具現化してきた。その結果、7人はそれぞれが独自のこだわりと異なる方法論を持つ、独立した作家へと脱皮したのである。
ポップスターのホールジーは、19年のヒット曲「Boy With Luv (feat. Halsey)」でBTSと共演し、さらに自身のアルバム『Manic』や楽曲「Lilith」のリメイク版でSUGAと個別にコラボもしている。彼女も、各メンバーの開花しつつある芸術性を熱心に追いかけてきたひとりだ。「彼らは皆、個々のスタイルと強みを真に反映した、とてもユニークなソロ活動を経てきました」と、彼女はメールで綴った。「驚くべきことでは必ずしもありませんでしたが、彼らのソロ活動がどれほど洗練された形で展開されているかに感銘を受けました。各プロジェクトで最も刺激的だったのは、彼らがソングライターとして成長することで、それぞれの個性が前面に出てくる姿を見られたことです」
「ソロ活動によって目が覚めた気がします」と、Jiminは語る。「グループとして再びひとつになる前に、たくさん練習してアーティストとして成長し、表現の幅を広げなければと考えていました。ほかのメンバーのパフォーマンスやソロ活動を見て、『自分もやろう』と思ったんです。彼らの活動は本当に素晴らしいですからね」
「ソロ活動するなかでよかったのは、自分のテイストをより深く知れたこと。特に音楽界のレジェンドたちとコラボするときにね」と話すのはj-hope。「自分自身について理解を深められるし、自分のカラーや、何が自分の好みなのかを学ぶことができました」
「それができるようになるまでは、かなり急な学習曲線だったと思います」と、彼は続ける。「だからこそ、グループとして再び集まることにより意味があると思って……。多くのことを学べたし、経験は計り知れない価値のあるもの。お金で買えるものではなくね」
ここに一緒にいるのは、チームだからです。チームとしてスタートしたし、そのことを強く自覚しています。それに、一緒にいると本当に楽しいですからね──Jimin
ソロでの爆発的な成功にもかかわらず、彼らの心には自分たちが再びグループとして集まることに決して疑いはなかった。
「ここに一緒にいるのは、チームだからです。チームとしてスタートしたし、そのことを強く自覚しています」とJiminは語る。「それに、一緒にいると本当に楽しいですからね」
「僕たちは全員、BTSをメンバーひとりひとりよりも大切にしています」とVは話す。「グループとしてデビューしたから、それが自分たちのアイデンティティの核だと思っているんです」
「愛してるよ、兄弟」と、JiminがVに言う。
「でも一緒にいる時間が長すぎたら? そんなの絶対見たくない!」。Vが冗談めかして言った。
この業界では、このような仲間意識が当たり前とは限らない──いや、むしろ極めて稀かもしれない。ジャスティン・ティンバーレイクがソロ活動に専念することを望み、イン・シンクが活動休止したときのことを覚えているだろうか。一時的な休止が、結局永久的なものになった。彼のソロでの実力が、グループでは得られなかった評価を彼にもたらしたからだ。
あるいは、スパイス・ガールズがソロ活動のために脱退したジンジャー抜きで新作をリリースしたときはどうか? 結局、残るメンバーもファン待望の3rdアルバム発売から数カ月のうちに各自ソロ活動を始動させていった。アルバム『Forever』は失敗に終わり、約束されたワールドツアーも実現しなかった。
さらに遡れば、ジャクソンズによる84年の「Victory」ツアーもあった。ジャクソン一家の栄光を誇示する高らかな宣言となるはずだったが、結局は終焉を告げる悲しい一幕となってしまった。ツアー中に兄弟間の緊張が激化し、ロサンゼルスのドジャー・スタジアムでの最終公演で、『Thriller』の大成功で勢いに乗っていたマイケルが突如、これがバンド最後の共演になると宣言したのである。
ポップミュージックの歴史には、メンバー間の力学やソロ活動の誘惑によって散り散りになってしまった偉大なグループが、再結成に成功したグループよりも多く存在する。BTSの7人全員が、アーティストとしての個性を存分に発揮したソロ活動を成功させながらも、グループとして再び活動を続けるつもりでいるという事実は、それ自体がセンセーションであるといえる。メンバーはそれぞれに情熱を注ぐ分野を持ち、極めて個人的な芸術性を追求し、それに打ち込んでいるにもかかわらず。
「彼らはただ誠実な人たちなんです。それだけのこと」とホールジーは言う。「お互いを尊重し、相手の意見やアイデアを受け入れる姿勢を持っています。BTSとは何かについて非常に明確なビジョンがあり、全員が目標を共有している。そして各メンバーの強みがその核となるビジョンを支える形で、見事に調和している──。エゴがぶつかり合うような環境ではないのです。全員がBTSを代表し、ファンに報いることだけに専念している以上、そうなるはずがありません」
偽りのない誠実な友情とARMYへの献身が証明している。人は臆測でものを語るかもしれないが、彼らの関係性は揺るぎない。BTSは再び一緒に活動を始める。
この関係を続けられれば、もしかしたら60代になっても踊り続けられるかもしれない……。自分たちが望む限り、50代、60代になっても、グループとしてずっと一緒にいられるはずです──SUGA
最新作『ARIRANG』が示す現在地
ある意味で、RMにとっては22年のグラミー賞がすべてが変わる瞬間となった。
ファンキーで中毒性のある「Butter」でキャリア2度目のノミネートを受けたBTSは、授賞式前半で披露した圧巻のパフォーマンスが起こした熱狂も冷めやらぬまま、同部門の受賞者発表に臨んだ。それはときに野暮ったくも感じられる授賞式に、鉄壁の完成度とチームワークで刺激をもたらすようなパフォーマンスだった。それだけに、最優秀ポップ・デュオ/グループ・パフォーマンス賞をドージャ・キャットとSZAの大ヒット曲「Kiss Me More」にさらわれたことは、ファンにとって一層の失望となった。ファンは即座にTwitterでハッシュタグ#scammys(詐欺を意味するscamとGrammysを合わせた言葉)をトレンド入りさせ、視聴率稼ぎにBTSを利用したとグラミーを非難した。一方、RMがその夜に考えていたのは別のことだった。レディー・ガガが友人で師匠であるトニー・ベネットに贈った感動的なトリビュート、そしてレニー・クラヴィッツとトラヴィス・バーカーを交えたH.E.R.のメドレーを観ながら、彼は音楽に生涯を捧げることの意味について思いを巡らせていた。
「グラミー賞で披露した『Butter』のパフォーマンスは、人々を圧倒させたと思います」と、彼はパフォーマンスから2カ月後、Weverseのインタビューで語った。「でも、人々を圧倒させること以上に、どんなメッセージを贈れるかを改めて考えなくてはと思うようになったんです」
「昔は確かにこのグループの本質が掴めていました。でも今は、グループがどんな存在なのか、自分が何者なのかさえも、はっきり把握できなくなっている気がします」と、彼は続けた。「これからBTSは世界に何を伝えるべきなのか? この時点でBTSが取るべき立場とは? 今後、自分たちはどう活動していくべきなのか?」
あの夜から3年以上が経った今、グループとともに座っているリーダーに、私は同じ問いを投げかける。各メンバーが自分だけの時間を経て、個々のアーティストとして、そして人間として成長した今、BTSはこれからどういう存在として進んでいくのか?
RMは背筋を伸ばし、問いの意味を噛みしめる。「BTSの13年間の旅路は──個人的に、自分にとっては──『このチームを知っている』というところから始まりました」。彼は、グループの創設メンバーとしての記憶を振り返って語り始める。初々しい目をした練習生だった当時16歳の彼を中心に、BIGHIT MUSICはグループを作っていった。「このチームは自分から始まりました。そしてそれがやがて……ああ、何て言えばいいんだろう……」
「会社もレーベルも、とてつもなく大きくなりました」。彼は続ける。「世界はますます複雑化し、混乱も増しています。プラットフォームは変わり、技術は驚くべき速さで進化し続けて、しかも加速し続けています」
10年前であれば、グループにとっての成功とは単にチャート1位になることを意味した。「テレビの音楽番組で1位になることだけが目標でした」と、Jinは韓国で人気のテレビ番組を指して言う。「1位になると本当に嬉しかった。でも、その後は僕らもアーティストとして成長していきました。あの頃、本当に努力したからこそ、今ここにいられるのだと思います」
「僕らはまだ混乱しているように思います」と、RMは彼らしい率直さで語る。「でもその混乱のなかで、小さな金のかけらを見つけようとしているんです」。その混乱を晴らすために、7人はBTSの基盤である「お互い」に立ち返る必要があると悟った。彼らは初めてソングライティング・キャンプに参加し、ロサンゼルスで音楽業界最高のソングライターやプロデューサーたちと共同作業を行った。
ソングライティング・キャンプでは、業界を代表するトップクラスのソングライターやプロデューサーが一堂に会し、複数の部屋に分かれて作業を行う。その目的は、ポップ界のトップアーティストたちのために、次なるヒット曲やファンのお気に入り曲を生み出すことにある。ポップミュージックの概念そのものと同じくらい古い伝統的な手法で、様々な所属ソングライターがヒットを競い合ったブリル・ビルディングや、モータウンの流れ作業的アプローチにまで遡る。
BTSのキャリア初期、作曲とプロデュースの主導権を握っていたのは主にRM、SUGA、j-hopeからなるラッパー陣であり、ヒット曲の大半を自ら手がけていた。しかし年月を経て、ほかのメンバーもソングライターやプロデューサーとして成長し、今では数多くの楽曲制作クレジットに名を連ねている。活動休止中にさらに磨かれたグループの芸術的成熟度は、最新アルバムの制作プロセスにも刺激をもたらした。
「作曲をすることや楽曲を制作することに対しては、今でも全員が意欲的です」とSUGAは語る。「曲によって、異なるメンバーがひとり中心となって作曲に関わるんです」。Jiminは、音楽ソフトで新たな技術を学び、持ち前のスキルを拡大させた。
Jung Kookはキャンプのルーティンを楽しんだという。「スタジオに3つの部屋があったのが楽しかったですね。ときどき、ペアを組んで部屋に入ることもありました。ひとりだけで入ることもあれば、別のペアで異なるアイデアやコラボレーションの形を試したりもね。これが自分たちなりの、型を破るための方法だったんです。ひどい結果になることもあれば、すごくうまくいくこともありました。でもそのプロセス自体がとても解放的で自由だったから、本当に楽しかったんです」
Jinは、年下のメンバーたちの熱意に刺激を受けたと語る。「“弟たち”はとても粘り強くて、情熱に溢れていました」
3月20日にリリースされる最新アルバムに関する臆測は、もはやピークに達している。すでにARMYの探偵たちは、マックス・マーティン(ブリトニー・スピアーズの「...Baby One More Time」からザ・ウィークエンドの「Blinding Lights」までを手がける伝説的なスウェーデンのソングライター兼プロデューサー)やジョン・ベリオン(マイリー・サイラスの「Midnight Sky」やジャスティン・ビーバーの「Ghost」などを手がけるソングライター)といった、プロジェクトに協力した可能性のある有名ソングライターを特定したと報じられている。
7人はアルバムの詳細をあまり明かさないよう慎重だが、彼らが語れる範囲だけでも十分興味をそそられる内容だ。「様々なジャンルを取り入れています」と、SUGAは言う。「今言えるのは、これまでのBTSのアルバムやサウンドとはかなり異なるものになるということ。今回は、BTSのより成熟した一面を見られますよ」
「まさにすべてが詰まっています」とRMは語る。「このアルバムが混乱を少し解きほぐすでしょう」
インタビューから2週間後、彼らからアルバムタイトルについての詳細が届いた。韓国で広く知られる民謡にちなみ、国の歴史を反映してアルバムを『ARIRANG』と命名したという。彼らは、グループとしてのアイデンティティと彼らが伝えたい物語を象徴する名前を求めていた。「『アリラン』は時代や世代を超越した伝統的な民謡であり、つながり、距離、再会といった感情と長年結びついてきました」と、彼らは綴っている。
グループの現在地に相応しいタイトルといえるだろう。お互いに再会し、ARMYとの再会も控える彼らの姿がそこに見えるようだ。さらに特筆すべきは、おそらくキャリアで最も期待が高まったこの瞬間に、7人が世界の注目を自らのルーツ、自身を育てた祖国へと向けたことである。BTSはいつだって言語の壁を軽やかに乗り越え、世界中のファンに感情を余すところなく伝える天性の能力の持ち主だったことを思い出させてくれる。
ソロ活動において、彼らは現代の暗い側面にも臆することなく立ち向かってきた。例えばSUGAがAgust D名義で発表した作品は、不安に満ちた剥き出しの分身を通して、メンタルヘルスや社会的な重圧という題材を浮かび上がらせた。RMのアルバム『Right Place, Wrong Person』は、自己受容についての思索的な作品だ。グループの新章で、彼らが培ってきたより成熟した表現を、世界が期待するサウンドとどう融合させるのかが注目される。
「K-POP業界でアイドルグループやボーイバンド、ガールグループとして活動するとき、人生のネガティブな側面を表現することには少し制約を感じるかもしれません」と、SUGAは語る。「でもアーティストとして、個人として、人生のポジティブな面もネガティブな面も表現できるべきだと思います。このアルバムには内省や思索が多く込められているので、僕らも徐々にその方向へ向かっているんじゃないかな……。世界は変わっているし、僕らも変化し続けていますからね」
彼らが現在、音楽的にはどのようなところにいるのか理解しようと、今夢中になっているものは何かを尋ねた。Vは、グループのコラボレーターのひとりが実験的な音楽を手がけるジーン・ドーソンの作品を紹介してくれたと言う。「予想とはまったく違う形で飛び込んでくる音楽に、ただただ衝撃を受けました。音楽がどのように流れ、どんな方向へ進んでいくことができるのか、多くのアイデアを与えてくれたんです」
BTSが結成して間もない頃、RM、SUGA、j-hopeの3人はほかのメンバーに向けて独自にヒップホップの“授業”を開講した。約50組のアーティストリストを渡し、2パックやナズらの代表作に没頭させたのだ。練習生時代、その日のリハーサルが終了してからのことだった。午後11時に宿舎に着くと、午前6時まで自己流の“ヒップホップ学校”のセッションを続け、寝る間も惜しんで音楽の知見を育んだ。
新しい音楽を発見することへの共通の情熱が、彼らのダイナミズムの基盤にある。それが現在も変わっていないのは、今でも同じアーティストの楽曲を複数のメンバーが同時にSNSに投稿する様子からも明らかだ。例えば昨夏には、j-hope、RM、V、Jung Kookが数週間の間に、話題のオルタナティブR&Bアーティスト、ディジョンの楽曲を相次いで投稿した。
「好きな音楽があると、お互いに薦め合いますからね。だから同じ時期に同じ音楽を好きになることが多いんです」とj-hopeは言う。「もちろん、それぞれ好みは違いますが、重なる部分もあるんです」(ちなみにj-hopeは現在、ロザリアの前衛的なアルバム『Lux』に夢中だ)
気がつけば、音楽の話で盛り上がった7人は、こぞってスマホを取り出し始めた。ユーザーのリスニング履歴をまとめたSpotify Wrappedの見せ合いっこだ。Spotify Wrappedには聴取傾向から算出された「リスニング年齢」を表示する機能がある。
「24歳だった」と、Jung Kookが言う。
「僕は20歳」と、j-hope。
SUGAは「77歳」、Vは「88歳」。
「89歳」とJimin。「おじいちゃんだ!」
プロセス自体がとても解放的で自由だったから、本当に楽しかったんです──Jung Kook
BTSとARMYの関係は双方向
BTSの台頭は、前の世代のK-POPアーティストたちが築いた基盤の上に成り立っている。西洋の革新的なポップミュージックを取り入れたクレバーな音作り、繰り返しの視聴に耐える濃密な視覚的ストーリーテリング、テクノロジーの戦略的活用──。そこに彼らは、独自のオーセンティックさと親しみやすさを注ぎ込んだ。過去のK-POPスターたちが他人を寄せ付けない洗練されたオーラを印象づけたのに対し、BTSは自らを身近に感じられる存在にした。このユニークさこそが、彼らがジャンルを超越することを可能にしたのである。
24年の『The New Yorker』のインタビューで、HYBEの創業者で議長のバン・シヒョクは、「ファンにとって最も喜ばれることを考え、それを極限まで追求すること」が自身の戦略だと語った。テレビ出演に頼る代わりに、彼はグループのデビュー前からYouTubeチャンネルを開設し、個々のメンバーが自身のTwitterアカウントに投稿したり、Vlogで極めて率直な姿勢を見せることを容認した。落ち込んだ瞬間にVlogで発信したり、夜中に街で酔っ払いながらライブツイートするのも許容した。「偽りのアイドルにはしたくなかった」と、バンは語る。「親しい友人のように感じられるBTSを作りたかったのです」
ファンとの絶え間ない対話はARMYを生み出した。現代のポップミュージックにおいて、熱狂的なファン集団の存在はもはや当たり前のものだ。彼らは献身的かつ熱烈なサポーターであり、しばしばポップスターの街頭宣伝チームとして活動し、同じツアーで複数の公演を観るために数千ドルを費やすこともある。しかしARMYはそれをより深く、より強烈に実践し、さらには利他的なレベルにまで高めている(ARMYは定期的に慈善活動を組織しており、ホールジーのようなBTSのコラボレーターのためにまで行っている)。
昨年、ARMYはメンバーへのメッセージとして、BTSの7年前の曲を再びチャート首位に押し上げた。18年のシングル「Anpanman」はビルボード「ワールド・デジタル・ソング・セールス」チャートで1位を獲得し、75の国・地域で首位を記録した。このことに触れると、彼らが心を動かされたことは明らかだった。「本当に感動しています」とJiminは語る。「あまりにも多くの愛を無条件で受けているので、どうお返しすればいいのかさえわかりません。よりよいパフォーマンスや曲で恩返しできたらと、いつも考えています」
「その愛の大きさを測ることすら本当に難しいんです。あまりに計り知れないほど大きいから」とJiminは続ける。「それはお互いにそう。僕らがARMYに影響を与える一方で、ARMYも僕らに影響を与えてくれる──。双方向なんです。こうしたことが起きていると感じるとき、僕らはチームとして何を伝えるべきか、より深く考えるようになります。僕らが発する言葉は何だって反響を呼び、ARMYにとって大きな意味を持ちますから。僕らは、それが必ずポジティブな影響をもたらすようにしたいんです」
グループがアメリカで成功を収め始めた頃、ARMYを鼻で笑うような軽蔑的な表現が欧米の報道では主流に感じられた。韓国出身の7人の少年たちが文化の壁を越えて成功を収めた理由など、ファンの若気の至りや思春期の不安定さでしか説明できないとでも言うかのようだった。しかし真実は、ARMYは様々な国籍、世代、ジェンダーからなる、驚くほど多様な人々の集まりなのだ。
私自身、身近なARMYたちの姿を見て実感している。マニラを拠点とするビジュアルアーティスト兼サウンドデザイナーから、シアトル在住のテック企業幹部女性まで。前者は映画作品がサンダンス映画祭やヴェネチア国際映画祭で称賛され、アート作品はシンガポールからニューヨークまで世界各地で展示されている。後者は世界有数の大企業で日常的に巨額取引を仲介する傍ら、有給休暇を使って世界中を飛び回りBTSのコンサートを観覧している。
そして私の母も──。ジェームス・テイラーやキャロル・キングのようなシンガーソングライターの音楽しか聴かないと思っていたら、ある日突然、自分はARMYの誇れる一員だと言い出した。多くの人と同じく、母がBTSに夢中になったのはコロナ禍のさなかである。祖母が脳梗塞を繰り返し、我が家に転居してきた頃だった。母は、80代の祖母の介護に24時間全精力を注いでいた。あの暗い日々、酸素濃縮器で呼吸する祖母を見守りながら徹夜しなければならなかったとき、母はスマホでBTSのYouTube動画を観ていた(視聴回数に貢献するよう、公式チャンネルだけを観るようにしていた)。彼らのおどけたいたずらっぽさが気を晴らし、彼らの優しさが希望を与えてくれた。「あの頃、彼らが私に寄り添ってくれた」と、母は当時を思い出して語る。「問題だらけだったけど、動画を観ると一瞬でも笑顔になれた」
デビュー14年目の目標
グループがこれまでで最も成熟した、音楽面でも野心的なアルバムのリリースを控えるなか、グラミー賞が今も彼らにとって頂点なのか、トロフィー獲得が目標なのかを尋ねた。
「わかりません」とRMは言う。「時も経ちましたから。一般部門でもK-POP関連のノミネート作品がたくさんあるし、彼らに大きな拍手を送りたいと思います」
「まあ、挑戦はしますよ」と彼は続ける。「またアルバムをグラミー賞にエントリーするかもね。でも、どうだろう、欲しくてたまらないという態度は取りたくなくて……。『ああ、グラミー賞が欲しいよ』なんてもう言いたくない。別に欲しくないわけじゃないんだけど……。挑戦はする。でもダメなら、それでいい」
少なくともグループにとっての目標はトロフィーよりも、グループが目指すべき北極星のような存在を掲げることにあった。「バンドといえばだいたい4人組ですよね? 僕らは7人。こういうチームには、前に進むための目標が必要なんです」とRMは続ける。「グラミー賞受賞はこれまでに達成できなかった目標のひとつでしたが、今一番重要なのは、こうして再び集い、世界中のファンと会えることだと考えています」
前作のスタジオアルバムからほぼ6年が経ったが、好調はいつまで続くのだろうか。いわゆる「インペリアル・フェーズ(皇帝の時代)」は音楽グループのキャリアで一度しか訪れない。アーティストの創造的・商業的ピークを指すこの言葉は01年にペット・ショップ・ボーイズのニール・テナントが作り出したもので、87年の代表作『Actually』のリマスター盤発売時、クリス・ヒースとのインタビューで初めて用いたものだった。彼は80年代後半の黄金期を振り返り、バンドが錬金術でも手にしたかのように思えた時期──彼らの感性が時代の潮流と完璧に合致し、何をやっても成功した時代──を回想した。ポップカルチャーにおけるインペリアル・フェーズの概念(フリートウッド・マックの『Rumours』やジョージ・マイケルの『Faith』、マイケル・ジャクソンの『Off the Wall』から『Bad』の頃までといえばわかるだろうか?)を確立した『Pitchfork』の論考で、評論家トム・ユーイングは次のように綴った。「この概念はいわば諸刃の剣である。世界を征服する存在ともなると、その後には避けられない陳腐化が伴う。皇帝について我々が知っていることとは? 彼らは最後には無力になるということだ。ある時代は必ず終焉を迎える」
今一番重要なのは、こうして再び集い、世界中のファンと会えることだと考えています──RM
もちろん、すべてのルールには例外が存在する。そしてBTSは、あらゆるポップの常識を覆す例外であり続けてきた。彼らは大手3社のアーティストとは対等に渡り合えないと見られていた弱小グループとしてスタートし、一過性のブームに過ぎないと決めつけられながらも世界的な人気を維持し続けてきた。現代のポピュラー音楽で常識を覆すグループがあるとすれば、彼らのほかに誰がいるだろうか?
彼らの影響力は、ザ・ビートルズやザ・スプリームスくらいでなければ意味のある比較などできないだろう。英国の4人組同様、BTSは一国の音楽産業を世界のポップの中心に押し上げる上で決定的な役割を果たした。そしてモータウンを代表する女性グループの後者のように、彼らの魅力的なパッケージングとキャッチーな音楽は人種的障壁を打ち破り、主流文化におけるアジア人の可視化を促進する社会変革のための、いわば“トロイの木馬”として機能してきた。BTSがアメリカでブレイクした頃にザ・ビートルズとの比較が取り沙汰されたのは、単に統計上の理由だけではない。カルチャーが細分化された現代において、様々な人々を統合させる存在となり得る、世代を超越した力となるだろうという認識の表れだったのだ。
しかしBTSのメンバーは、名声がいかに移ろいやすいものかを早い段階から知っていた。デビュー後に続く作品がどれだけ短い期間でリリースされようとも「カムバック」と呼ばれてしまうほど競争が激しく、移り変わりの早いK-POP業界でキャリアをスタートさせた彼らは、何事も当然と思ってはいけないということを理解していた。レーベルにとって経済的に意味を持ち、グループを解散させないためには、どのシングルも大ヒットでなければならない。
あの頃、本当に努力したからこそ、今ここにいられるのだと思います──Jin
「BTSは革新者だと思います」とホールジーは語る。「彼らは“今起きていること”にとらわれる必要がありません。なぜなら、常に“次に起きること”を切り拓いていっているから。彼らのような世代を代表する存在にとって、そういったことはすべて、本当に重要なことにフォーカスする際の“背景の雑音”に過ぎないんです」
13年9月、BTSがデビュー100日目を迎えた際、彼らはラジオの特別番組で記念日を祝い、ケーキを囲みながら互いに「おめでとう」と嬉しそうに歌い合った。それから13年近くを経て当時の映像を観ると、その後もたらされた成功のどれひとつとして、彼らが当然のように手に入れたわけではないことが強く印象に残る。韓国での大ヒットも、世界的ブレイクを支えた熱心なファン層も、先駆者でありスーパースターであるという今の地位も──。このときの防弾少年団はまさにその名の通り、可能性を夢見て、ベストを尽くす「少年たち」だった。
番組内で、SUGAは韓国語でこう語った。「デビューからちょうど100日が経ちました。ここまで来られたのはすべてARMYのおかげです」。メンバーたちを見つめながら、彼は続ける。「100日でも、1000日でも、1万日でも、一緒にいよう」。するとメンバーたちはためらいなく声を揃えて応えた。「一緒にいよう!」
グループの華々しい再始動を目前に控えた7人を前にして、私はSUGAに尋ねた。今も同じように感じているのか、これからの100日、1000日、1万日が約束されているように感じられるのかと。
「あのときああ言ったのは、初期の頃はいろんなことがあって、芸能界での寿命がかなり短い可能性もあったから」と、SUGAは当時を振り返りながら語る。「『いつまで続けられるんだろう?』って心配だったんです」
「でも今は、同じ問いをポジティブなニュアンスで投げかけたいですね。僕らは今でもすごく仲がいいし、ファンは今も僕らを愛してくれる──。僕らを求めて、支えてくれています。この関係を続けられれば、もしかしたら60代になっても踊り続けられるかもしれない……。自分たちが望む限り、50代、60代になっても、グループとしてずっと一緒にいられるはずです」
そうしてSUGAは、まるで前世からともに過ごしてきたかのような6人の仲間を見つめて、微笑んで言った。「膝にはちょっと厳しいかもしれないけど、きっとできると思うよ」
BTSRM、SUGA、j-hope、Jin、Jimin、V、Jung Kookの7人からなる韓国発ヒップホップグループ。2013年に「2 COOL 4 SKOOL」でデビュー。以来、国内外の新人賞を席巻しながら、韓国を代表するグローバルスーパースターとしての地位を確立。2021年の第63回グラミー賞で韓国アーティストとして初ノミネートを果たし、3年連続で名を連ねた。2026年3月20日、フルアルバムとしては6年ぶりとなる最新作The 5th Album『ARIRANG』がリリースされる。
From GQ.COM
By Raymond Ang
Translation by Yuzuru Todayama
PRODUCTION CREDITS:
Photographs by Dukhwa Jang
Styled by Mobolaji Dawodu
Hair by Naejoo Park, Hansom and Hwayeon Kim
Makeup by Dareum Kim and Shinae Lee
Set design by Minkyu Jeon
Lighting Direction by Hyunjung Go
Produced by Nuhana
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