においひとつが揺さぶる生活文化の継承
高層マンションが立ち並ぶ湾岸地区や再開発された街には、古くからの住民たちが築いてきた商店街や町内会のつながりが今も残っている。しかし、その接点では、静かに摩擦が広がりつつある。2025年3月にSNS上で話題となった「うなぎ店クレーム騒動」は、その対立の一例にすぎない。
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この騒動は、ある老舗のうなぎ店の隣に、近年建てられたマンションの住民が苦情を出したことから始まった。うなぎを焼くときの煙やにおいが不快で、生活に支障があるという理由である。これに対し、とある飲食店の関係者が「最初からその場所に住まなければよい」とSNSに投稿したことで、瞬く間に多くの反応が集まり、議論は全国に広がった。
別の投稿では、「べらぼうめい、江戸っ子は匂いで白飯三杯食えらあ」といった、地域文化への誇りを強調する言葉が使われた。多くの人が共感を示し、非難の矛先は老舗ではなく、あとから引っ越してきた住民に向けられた。
「あとから来て文句を言うのはおかしい」
「老舗には敬意を払うべきだ」
といった意見が相次いだ。この議論は、地域の文化をどう守るかという問題から、都市開発が引き起こす文化の衝突という、都市生活の根本的な課題へと広がっていった。
人口流動が生む文化摩擦の構図
この事例から見えてくるのは、元東京都立大学教授で社会学者の宮台真司氏が、長年警告してきた「新住民化問題」と呼ばれる構造的な課題である。
新住民化問題とは、その土地に長く住んでいない人々が多数を占めるようになることで、地域に根づいてきた風習や慣習、暗黙の了解が軽視されるようになる現象を指す。これらは、快適さや効率性といった現代的な価値観によって、次第に排除されていく。
うなぎ店をめぐる騒動も、単なるひとつの苦情ではなく、都市において異なる価値観が衝突することを象徴している。宮台氏は、2020年10月22日のX(旧ツイッター)で次のように述べている。
「それがこの25年間、各所で語ってきた「新住民化問題」です(土地にゆかりのない者たちのマジョリティ化による「合理的な非合理」の徹底排除(危険遊具排除・組事務所撤廃・店舗風俗一掃・モンスターペアレンツ・子供の抱え込み・夕方以降の外遊び禁止・よそんちでの晩ご飯禁止など)。クソ社会化です」
都市では、人の入れ替わりがいつも起きている。戦後にできた団地やニュータウンでは、同じ時期に引っ越してきた人たちが横のつながりを持ち、地域に新しい文化や生活習慣をつくりあげてきた。
しかし、今のタワーマンションでは、そのような関係が生まれにくい。すでに人が暮らしている地域に、高い建物が建てられ、収入の多い人たちがあとから住むようになる。そのため、そうした人々は、まわりの地域のなかで、物理的にも心理的にも孤立しやすい。
タワーマンションの住民は、近所との関わりをできるだけ減らし、便利さと安全を重視して暮らしている。建物の共用部分は管理会社が管理しており、住民どうしのつながりを前提としていない。そのため、近くにある店や暮らしの文化に対する理解が浅く、ちょっとしたちがいがすぐに「問題」として扱われやすい。
これに対して、昔からその地域に住む人や店は、生活の音やにおい、人との会話などを、都市のふつうの風景として受け入れてきた。前述のうなぎ店の煙も、ただのにおいではなく、長い年月この土地で仕事を続けてきた証である。
だが、その煙が、タワーマンションに住む人たちにとって「快適な生活をじゃまするもの」と見なされたとき、双方の感じ方のちがいは、深い断絶を生むことになる。
説明責任としての地域性
このような摩擦を減らすために大切なのは、生活圏についての説明責任である。不動産業者や開発業者は、物件を紹介するとき、
「まわりに何があるか」
「地域ではどのような暮らしが行われているか」
を、しっかりと伝える必要がある。
パンフレットに書かれている商業施設や、駅までの所要時間だけでは足りない。
「朝7時に開くパン屋がある」
「夏には神輿が町を通る」
「昼どきに老舗の店から煙が上がる」
といった具体的な情報がなければ、新しく住む人は地域をただの空間としてしか見られない。
行政にも役割がある。地域の変化に対応するため、調整の役目を果たさなければならない。開発が行われるときは、都市計画の段階から地元の住民と話し合い、どこで摩擦が起こりそうかを前もって調べるべきである。
住民説明会やまちづくり協議会といった仕組みを整え、新しく来た人と昔からいる人が交流できる場を意識してつくる必要がある。そうしなければ、都市の中には解けない対立が残ってしまう。
現代の都市では、いつまで住むかわからない暮らし方も、この問題をより複雑にしている。転勤、生活スタイルの変化、投資目的の住宅購入などにより、人はその土地に「住んでいるけれど、関わっていない」状態になりやすい。
地縁や血縁、商店街のようなつながりが弱くなり、人々の感覚は生活のなかの小さな違いや不快感を排除する方向へと進みがちである。
このままの状態を放っておけば、地域に根づいた文化や歴史、小さな商売の土台が不安定になる。それは都市の見た目を同じようにし、都市の魅力そのものを失わせることにつながる。
なぜなら、都市の価値は、高い建物の景色や新しい駅前のきれいさだけではなく、その土地にしかない経験があるかどうかで決まるからである。
契約書への地域情報開示義務
では、結局のところ、タワーマンションの新住民と旧住民は、どうすればうまくつきあえるのか。
まず必要なのは、生活の場が重なる仕組みをつくることだ。タワーマンションでは、部屋のなかだけで生活が完結しやすい。そのため、地域社会との接点がなくなり、ほかの人との関わりが「トラブル」としてしか現れなくなる。こうした断絶を防ぐには、地域とのつながりをつくり直す必要がある。
例えば、商店街や個人店とマンションの管理組合が連携し、地域限定の優待券を出す。地域イベントへの招待制度を導入する。そうした工夫によって、経済活動を通じた日常の接点が生まれる。町内会と管理組合の情報交換や、災害時の協力体制づくり、地域の清掃や防犯活動への参加も効果がある。行政が調整役となり、これらの活動を義務ではなく「資源」として位置づける制度も必要だ。
さらに、制度として整備すべきもののひとつが、
「不動産契約書に地域情報を記すことの義務化」
である。いまの物件案内や重要事項説明書には、近くの施設や駅までの時間などは書かれているが、生活文化についての情報は書かれていないことが多い。例えば、老舗の飲食店の煙や、商店街の営業時間、神輿の巡行、地域に特有の生活音などである。これらは、新しく住む人の体験に大きく影響する。あとから起こるトラブルを防ぐためにも、契約の前に正しく伝えることが必要だ。
地方自治体にも責任がある。とくに100戸以上や、ある一定の広さをこえる大きなマンションには、「地域への貢献」を義務とする条例が求められる。例えば、
・町内会と定期的に話し合う場をつくること
・防災訓練への参加
・建物の一部を地域の集まりに使わせること
などを、条例に盛りこむべきである。これにより、地域とのつながりを努力目標ではなく「制度上の決まり」としていける。
開発を行う会社に対しても、「地域との接続計画書」の提出を義務づけるべきだ。この書類には、騒音やにおいの影響だけでなく、近くの店との共存の考え方、地域行事への対応、住民が地域と関わる機会などを記す必要がある。これにより、タワーマンションは、まわりから切り離された“要塞”ではなく、地域の一部として受け入れられる存在に変わっていく。
また、もしもトラブルが起きたときには、地域の外にいる第三者が調整役をつとめる制度も考えるべきだ。感情的な対立を避けるには、信頼できる人が間に入って、互いのいい分を見える形にし、落としどころを見つけることが重要である。この考え方は、欧州や北米の都市で広まっているコミュニティ・オフィサーとも共通している。
都市の魅力は、多様性にある。ちがう価値観がぶつかる場で、何を変えて、何を残すか。それは都市の成熟度をはかるものさしでもある。都市は人を選ばない。その原則を守るには、共に生きるための制度づくりと、つながりの場をつくることが、今もっとも重要な投資となる。摩擦は、都市が成長するための材料である。火種を消すのではなく、ていねいに育てて、光に変える努力が求められている。(伊綾英生(ライター))
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みんなのコメント
そこへ住もうとしてる人が、まずは調査しないといけないんじゃないかと
だって。そこを拠点にして生活していくと、家やマンションを買うんだし
自分たちのライフスタイルを当てはめないと
自分たちのコトくらい、自分たちでしろと思う
神奈川県のど田舎にタワマンが建ち、変な街になってしまった。