クルマ趣味は我慢の今だからこそ、思い切り楽しめる時に備えておきたいもの。そこで、アフターコロナに改めて味わいたい、この1年で印象に残ったクルマ達を紹介。ひと時、ともに楽しい妄想の世界に浸っていただければと思う。
メルセデスAMG製エンジンとMTとの初組み合わせ
プレステとGTSさえあれば“誰でも”FIA選手権に参加できる
声高にアナウンスされてはいないが、実はアストン マーティン ヴァンテージに先般、7速マニュアルギアボックス(MT)搭載車が設定された。昨年、世界限定200台が販売されたヴァンテージAMRで初めて実現した7速MTとの組み合わせが、レギュラーモデルにも拡大されたのである。
ご存知の通り、今やこのセグメントで3ペダルのMTを選択できる余地はほとんど無くなってしまっている。フェラーリ、ランボルギーニ、マクラーレンには設定がなく、ポルシェ911ですら一部のGTモデル以外、遂に選べなくなった。そんな中での7速MTの追加は、速さや効率性ではなく、意のままに操る歓びを純粋に希求する人にとって、耳寄りなニュースに違いない。
エンジンはお馴染みのメルセデスAMG製V型8気筒4リッターツインターボで、最高出力は510ps、最大トルクは625Nmを発生する。8速AT仕様より最大トルクが若干絞られているのは、ギアボックス側の許容トルク容量に合わせたものだ。考えてみれば、メルセデスAMGにMT車の設定は無いわけだから、つまりこのエンジンとMTの組み合わせはこれが初めて、そして現時点では唯一となる。
しかも、この7速MTは一番左側のゲートの奥がリバース、手前が1速で、そこから順に2-3速、4-5速、6-7速というパターンを採用している。いわゆるレーシングパターン。英国流では、これを「ドッグレッグパターン」と呼ぶそうである。
Max Earey好きなギアを選んで、好きなところまで回す
発進に気をつかう必要はなく、街中でもきわめて扱いやすいのは、クラッチの適度な重さ、そして練り込まれたエンジン特性のおかげだ。メルセデスAMGの“63”モデルのように低回転域からでも蹴飛ばされたかのような猛ダッシュを見せるのではなく、力感十分ながらも立ち上がりはあくまでジェントル。おかげでクラッチミートでギクシャクすることは少なく、スムーズに発進し加速していける。そう、メルセデスAMGのハードを使っていても、躾はあくまでアストン マーティン流なのだ。
その先の回転域でも、どこから踏んでも同じようにドーンとトルクが出るのではなく、回転が高まるにつれてリニアにパワーが盛り上がっていくエンジン特性に仕立てられているから、回すことにちゃんと意味があるし、何よりそれが気持ちいい。自分で好きなギアを選んで、好きなところまで回す。望むならレッドゾーンぎりぎりまで。この楽しさは、やはりMTならでは。更に言えば、シフトダウンの際には自動ブリッピング機能を働かせることもできるから、ヒール&トウが出来なくたって、MTの快感は存分に味わえる。
但し、何もかもイージーなわけではない。7速MTは左右のゲートの間隔が狭く、意図せずして1列飛ばしてしまうことが多々あるし、「ドッグレッグパターン」に慣れないうちは一瞬、今どのギアに入っているのか解らなくなることもある。しかしながら、これはクルマと親密になっていくうちに解消されるはず。それも含めて楽しむべきだと言いたい。
MTにはまだまだメリットがある。実はこのMTのヴァンテージは、ATのそれより車両重量が80kgも軽いのだ。それに伴って前後重量配分がやや前寄りになること、LSDが電子制御に代わって機械式となることから、挙動はAT仕様ほど曲がりたがる方向ではないようだが、それを軽さが補って、決まれば爽快なコーナリングを楽しめる。
こうして走りを楽しんでいると、ついついペースが上がってくる。MTだけに、それにつれて両手、両足とも忙しくなってくるが、それこそがこうしたクルマに目が向く人にとって、待ち望んでいたものだろう。
こんな事態になって、自分は移動できないことをこんなにも辛く感じるんだと改めて知ったという人、きっと少なくないだろう。特にクルマ好きなら、単にA地点からB地点への移動だけでなく、その過程、道中の歓びにも思いが募っているに違いない。
そんな人にとって、7速マニュアルギアボックスを得たアストン マーティン ヴァンテージは、決して見逃すべきではない1台だ。一日も早く、こんな珠玉のスポーツギアを思い切り堪能できる日が来ることを願いつつ……。
文・島下泰久 写真・アストンマーティン ジャパン 編集・iconic
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ほぼオーダーメイドらしいけど…