■483台のみの「激レアモデル」は当時ナンバー付き
ホイールメーカーのENKEIは2026年5月11日、公式SNSを更新。
【画像】483台のうちの1台! これがENKEI所有の「NSX タイプR」です! 画像で見る
静岡県磐田市のグループ会社が運営する自動車販売店・整備工場「エンケイオートガレージ」にて、同社所有のホンダ「NSX」の展示を開始したと発表しました。
どのようなクルマなのでしょうか。
NSXは1990年9月に登場したスポーツカーです。
量産車世界初のオールアルミモノコックボディの採用や、大パワーの3リッターV型6気筒「VTEC」自然吸気エンジンを、重量配分に優れるミッドシップに搭載し、高い運動性能を実現。
さらに、高性能かつ軽量なアルミ素材を用いたダブルウィッシュボーンサスペンション、当時としては画期的な制御であるTCS(トラクションコントロールシステム)、デジタル制御のABSを搭載。
バブル景気真っ只中に開発されたことで、コストを度外視し、最先端技術が惜しみなく投じられ、ホンダが販売してきた乗用車のなかでも異質の存在です。
開発時には世界一過酷ともいわれるドイツの長大サーキット「ニュルブルクリンク」を走り込み、また伝説的F1ドライバーのアイルトン・セナ氏からのアドバイスも受けるなど、ホンダ車のなかでもひときわ特別なモデルとなっています。
当時のCMもまた印象的なもので、黒バックに「our dreams come true.」という言葉が映し出されたあと、NSXが走行するシーンとともにV6 VTECのサウンドが響き、ナレーションのほか、クルマのスペックなども一切語らないという内容でした。
このCMの世界観が記憶に刻まれている人も多いようで、NSXを語るうえで「our dreams come true.」の言葉は欠かせないものとなっています。
スタイリングは動力・空力性能を重視した、非常に低くワイドなもので、初期モデルではリトラクタブルヘッドライトを採用。このデザインは車両のパフォーマンスと相まって、「和製スーパーカー」とも称されます。
製造も通常の生産ラインとは異なり、NSX専用の少数生産用工場を栃木県高根沢町に建設。匠による手作業の工程も多数取り入れており、1台1台が特別につくられています。
1992年には、120kgの軽量化や専用の足回りチューニング、MOMO製ステアリングホイールやレカロ製フルバケットシートなどの専用装備を備えたハイパフォーマンススペシャルモデル「タイプR」を受注生産で発売。
ホンダにおけるハイパフォーマンスシリーズ「タイプR」の先駆けとなりました。
以後、オープントップモデル「タイプT」や運動性能と質感を高めた「タイプS」など、特性の異なる複数のモデルを設定したほか、3.0リッターから3.2リッターへの排気量アップ、デザインの変更などを経て、2005年12月末まで販売されました。
すでに最終型でも生産から20年を迎えていますが、世界的な日本製スポーツカー人気が沸騰し、1980年代から2000年代初頭にかけてのモデルが急速に高騰するなか、その“スポーツカー黄金時代”の中心となったNSXは非常に注目され、希少価値は年々高くなっています。
特にNSX タイプRは、海外の中古車オークションで5000万円以上のプライスになることもあり、新車時の970万7000円を遥かに超える価値となっています。
さて、今回ENKEIがエンケイオートガレージに展示したのは、このNSXの初期型のタイプRで、ENKEIが所有する1台。ENKEIによれば日本ではわずか483台しか登録されていないという、非常に貴重な1台です。
ボディカラーは1965年のホンダF1初優勝マシンを彷彿させるアイボリーホワイトの専用色「チャンピオンシップホワイト」で、内装はレッドの組み合わせ。オリジナルの状態を残しています。
さらに車両のナンバープレートは、現在発行されるものは3桁となっている「分類番号(地名横の数字)」が2桁の「浜松33」ナンバーを装着しており、地元静岡の地を離れずに、継続して維持されていることがわかります。
なお、NSX タイプRの開発時、専用採用された軽量ホイールをENKEIが担当したという経歴があります。このホイールも非常に価値のあるものとなっています。
貴重な1台を間近で見ることができる、絶好のチャンスとなります。(くるまのニュース編集部)
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みんなのコメント
製造スタッフ全員のサインをしてもらったとか
個人的に世界一値打ちのあるサインと思ってる
浜松で生産に携わっていました。
ATミッションの生産は日産3000台まで膨れ上がり
その中での生産でした。
ミッション単体で100万以上すると言われていました。
NSXの生産は一日5台程の生産でしたが生産は特別で
当時の係長クラスの技能員が行って居ました。
発売され新車よりプレミアムが付いて中古の方が高くなる現象も起きました。
今では懐かしい珍事ですね。