速さは、一発のタイムだけで決まるものではない。程度の差はあれど、クルマ好きなら一度は耳にしたことがあるであろう「ランサーエボリューションVSインプレッサ」の神話。それはラリーだけでなく、スーパー耐久の場でも同じであった。スペック表だけでは見えない名ライバル同士の戦い、そして“強いクルマ”の条件をレーシングドライバー中谷明彦氏が語る。
文:中谷明彦/写真:ベストカーWeb編集部、富士スピードウェイ、モビリティランド、三菱、スバル
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本当の「強者」とは進化を続けられるクルマのことだ
スポーツカーの優劣を語るとき、多くの人は最高出力や最高速度、あるいはニュルブルクリンクなどサーキットでのラップタイムを比較する。
しかし、モータースポーツの現場に身を置いてきた経験から断言できることがある。本当に強いクルマとは1周だけ速いクルマではない。進化を続けられるクルマこそが、本当の意味で強いのである。そのことを最も強く実感したのが、スーパー耐久シリーズで戦った三菱 ランサーエボリューションとスバル インプレッサWRXのライバル関係だった。
1998年、ランサーエボリューションVの登場とともにスーパー耐久へ本格参戦した。それ以前は三菱 GTOでGT-Rを追い続けていたが、3L V6ツインターボを搭載したGTOは高い戦闘力を持っていたが大排気量ゆえの重量ハンディキャップは大きく、GT-Rを打ち破るには膨大な開発コストと時間が必要だった。
そこで白羽の矢が立てられたのがランサーエボリューションへの車両スイッチだ。2L直列4気筒ターボを搭載する四輪駆動セダン。当時のスーパー耐久ではGTOより一つ下のクラスに属していた。しかし、エボリューションVの開発段階からそのポテンシャルを熟知していた我々は「クラス2の車両でありながら、条件次第ではクラス1のGT-Rとも戦える」と確信していたのだ。
「R」伝説に引けをとらない電子制御の「ランエボ」
その読みは間違っていなかった。デビューイヤーのエボリューションVは、トラブルさえ起こさなければGT-Rにも負けないと言えるほどの速さを示し、クラス優勝を重ねた。続くエボリューションVI、VI TMEでもその強さは揺るがなかった。
しかし、その間にもGT-RはR33からR34へと進化を遂げる。車体剛性、空力性能、エンジン制御、あらゆる要素が磨き上げられ、総合優勝争いでは性能差が次第に広がっていった。
それでもランサーエボリューションには勝機があると考えていた。理由は電子制御技術にある。アクティブセンターデフ(ACD)はセンターデフの締結力を自在に制御し、路面状況や走行状態に応じて最適な作動差制限力を実現する。
さらにアクティブヨーコントロール(AYC)は後輪左右の駆動力を積極的に配分し、コーナリング中の旋回性能を飛躍的に向上させた。当時としては世界最先端とも言える四輪制御システムであり、特に雨や低μ路では絶大な威力を発揮した。
ライバルの登場、「エボ」の弱点を突く「耐久性のインプレッサ」
一方で弱点もあった。それは耐久性である。高い駆動力を受け止めるトランスミッションや駆動系には常に大きな負担がかかり、24時間レースでは最後まで壊さず走り切ることが大きな課題だった。その弱点を最も巧みに突いてきたライバルがスバル インプレッサWRXだった。
インプレッサはランエボほど派手な電子制御を持たない。しかし絶対的な耐久性が高く、安定した速さを最後まで維持できる。24時間という長い戦いでは、その「壊れない」という性能が何よりも武器になっていた。
実は印象深い出来事がある。
ある日、インプレッサの開発スタッフが我々テストアンドサービスのガレージを訪れた。「開発の参考にしたいので、ランサーを見せていただけませんか」と。普通ならライバルに見せることをためらう場面である。
ライバルが強くなることで磨かれていく技術
しかし我々は快く受け入れた。ライバルが強くなれば自分たちもさらに努力しなければならない。技術は閉じ込めるものではなく競争の中で磨かれるものだという考え方が当時の三菱にもあったのである。
結果としてインプレッサはさらに戦闘力を高め、やがてシリーズチャンピオンを獲得するまでに成長していく。
それでもランサーエボリューションは進化を止めなかった。スーパー耐久仕様はエボリューションXまで開発が続き、本来であればその先も改良メニューは数多く用意されていた。
しかし、その頃になると両車の差はエンジン性能ではなく、車両レイアウトそのものにあることが明確になっていた。ランサーエボリューションは横置きエンジンを基本としたFFレイアウトをベースに四輪駆動化した設計である。
前後重量配分への苦戦から理想的な「奇跡の1台」が誕生
エンジンの下にトランスミッションを配置し、そこから後輪へプロペラシャフトを伸ばす。非常にコンパクトで効率の高い構造だが、どうしても左右重量配分や前後重量配分には制約が残る。対するインプレッサはスバル伝統のシンメトリカルAWDを採用する。
水平対向エンジンを縦置きし、その後方にトランスミッションを一直線に配置する。左右対称のレイアウトによって重量バランスに優れ、さらに低重心の水平対向エンジンがロールを抑え、旋回性能を高めていた。
この基本設計の違いは、レースになればなるほど大きな差として現れる。ランサーでは前輪への荷重が大きく、フロントブレーキやハブベアリングへの負担が避けられない。エボリューションXではバッテリーをトランクへ移設し、前後重量配分の改善を図った。
ブレンボ製ブレーキキャリパーや肉厚のフローティングディスクを採用し、耐久性向上にも取り組んだ。それでもインプレッサの持つ理想的な重量配分には最後まで届かなかった。
唯一、「理想に近づいた」と感じたのがランサーエボリューションワゴンだった。ワゴン化によって後輪側へ重量が増加し、前後重量配分は飛躍的に改善された。左右対称ではないものの、ハンドリングの自然さは歴代エボリューションの中でも屈指だったと記憶している。
スペック表には現れない企業の執念と情熱
そして最後に、最も大きな差となったものがある。それは「継続」である。ランサーエボリューションXを最後に三菱のモータースポーツ開発は事実上止まった。開発が止まれば技術も止まる。エンジニアの育成も、生産技術も、データの蓄積も失われる。
一方でスバルはWRXへ進化した後もニュルブルクリンク24時間レース、スーパー耐久、全日本ラリー選手権などへ参戦を続けた。勝つこと以上に、開発を続けることをやめなかったのである。
モータースポーツの世界では「一年止まれば十年遅れる」とさえ言われる。フェラーリがどれほど経営環境が悪化してもF1参戦だけは決して止めなかった理由も、まさにそこにある。継続こそが技術を育て、人を育て、企業文化を育てる。ランサーエボリューションとインプレッサWRX。
この2台は日本を代表する高性能四輪駆動車として数々の名勝負を繰り広げた。電子制御ではランサーが先を行き、重量バランスではインプレッサが優れていた。
それぞれに長所があり、それぞれに課題があった。しかし最終的な勝敗を分けたものは、スペック表には決して現れない。開発を止めない企業の意思、技術を積み重ね続ける姿勢、そしてモータースポーツへの揺るぎない情熱である。
クルマは1台だけで完成するものではない。その背後にある開発の歴史と、挑戦を続ける人々の取り組みがあって初めて本当に強い一台が生まれる。ランサーエボリューションとインプレッサWRXの戦いは、そのことを物語っている。
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