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ジャンルを切り拓いた「挑戦車」があったから今がある!! 時代を作った名車たち 4選

 いつの時代にもパイオニアと言えるクルマは存在する。その一台が大成功を収めることでそれに続けと同様のクルマが他のメーカーから続々とリリースされ、それらが切磋琢磨することでさらに人気は高まる。

 しかし、パイオニアでありながらも後発車にトップの座を譲ることなったクルマや、他のメーカーが追従することなく姿を消したクルマもある。今回は、さまざまな分野のパイオニアと言える存在のクルマたちの悲喜こもごもを振り返ってみたい。

新型マツダロードスター990Sは日本の宝だ! 軽いは偉い 軽いが一番のクルマ7選

文/藤原鉄二、写真/スバル、トヨタ、ホンダ、マツダ、FavCars.com

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枯れたオープン2シータースポーツカー市場を開拓 ユーノス ロードスター

ユーノス店の専売車種第1弾として登場したユーノス ロードスター。世界で最も多く生産されたオープン2シーターのライトウェイトスポーツカーとしてギネス記録に登録されている

 コンパクトオープン2シーターは、ホンダ Sシリーズや、ダットサン フェアレディなど、1960年代には存在はしていたが、実用性が低く、一部のマニアックなユーザーのためだけのクルマというイメージで、決して気軽に乗れるクルマとは言えなかった。必然とも言うべきか、徐々にラインナップ数は減り、国産のオープン2シーターは1980年代には絶滅寸前に。

 なかば休耕地状態だったオープン2シーターの市場を開墾したのが1989年、マツダからリリースされたユーノス ロードスターだ。軽量高剛性なボディで走りは軽快、1.6リッターで110psという御しやすいパワーと、とにかく幅広いユーザーが走りを楽しめるクルマに仕上げられていた。

 さらに、価格も170万円台と手頃で、オープン2シーターが手の届く存在に。バブル経済も追い風となり堅調な売れ行きを見せ、最終的に初代は43万1506台を販売した。

 その後、トヨタ ホンダなどの国内メーカーも追従してニューモデルをリリースしたが、ロードスターを凌駕する存在が現れることはなかった。

 ロードスターのパイオニアたる所以は、海外での評価の高さだ。北米ではMX-5ミアータという名で販売され、日本以上のヒットを記録。それを追って、BMW、メルセデスベンツ、ポルシェ、フィアット、MGといった名だたる海外メーカーもコンパクトオープン2シーターの市場に参入するなど、ロードスターは世界を席捲したのだ。

 それを象徴する存在が、フィアットとのコラボモデル、アバルト124スパイダーだろう。2016年に登場したこのモデルは搭載エンジン、フロントマスクなどには変更が加えられていたものの、ベースは2015年に発売された4代目ロードスターだった。

 その後、1998年のフルモデルチェンジから名称がマツダ ロードスターと変更となり、現在は4代目として孤軍奮闘している。

ミニバンの既成概念を覆した ホンダ オデッセイ

6、7人乗りで乗用車感覚で運転できる新感覚のクルマとしてデビューしたオデッセイ。低床・低全高スタイリングが功を奏し、ワンボックス敬遠派も取り込んでの大ヒットとなった

 オデッセイが登場する以前から、他社からすでにミニバンとカテゴライズされるクルマは販売されていたことから、オデッセイがミニバンのパイオニアと言われると異議ありの人もいるかもしれない。

 しかし、それらは既存のステーションワゴンの車高をアップしたものだったり、キャブオーバータイプのFR駆動のワンボックスワゴンをベースにしたものばかり。スタイリングもどこか"もっさり"したものが多かった。

 そんななか、乗用車のプラットフォームを使用して登場したのがFF駆動のオデッセイだ。最大の特長は、プラットフォームをアコードと共有することでいまだかつてない底床化を実現させたこと。それによって広い室内空間を確保することに成功した。

 その広い室内空間を生かし、当時のアメリカのミニバンに多く見られた、3列シート&ウォークスルーを取り入れた点も画期的なものだった。

 こうして見た目と走りはセダン、居住性はワンボックスカーと、今までの国産ミニバンにはなかった一挙両得的なミニバンが誕生したのだ。

 これがユーザーの目には新鮮に映り、たちまち大ヒット! 「ミニバンなのにカッコいい!」と、今までミニバンを敬遠していたユーザーたちもオデッセイに飛びついた。

 こうして初代オデッセイは、累計43万3028台を売り上げた。この時ホンダは、業績不振に喘いでいたが、オデッセイの大ヒットで業績は回復。オデッセイは、ミニバンのパイオニアであり、ホンダの救世主でもあったのだ。

 このオデッセイの成功を受け、ホンダは1996年にステップワゴンを発売。こちらも初代は47万6611台も売り上げるほど大ヒットした。これを追うようにして各社から同様なFFミニバンが開発・販売され、ミニバン市場が活況を呈することになった。

 しかし、その人気にも陰りが見え始め、代を重ねるごとに販売台数は低迷……。ついに、2021年10月でオデッセイは生産終了を迎えることになり、ミニバンのパイオニアは、5代目で消滅してしまった。

量産ミドシップカーのパイオニア トヨタ MR2

誤解している人は意外と多いようだが、MR2はミッドシップ(Midship)+リアドライブ(Reardrive)ではなく、実は「Midship Runabout 2sheeter」の略

 ミドシップレイアウトはスーパーカーの専売特許というイメージを覆したのが1984年に登場したトヨタ MR2。前年の1983年に開催された東京モーターショーでは「SV-3」という名称で出展されていたが、その時はほとんどの来場者が市販化はないだろうと思っていた……。ところがその翌年、SV-3はMR2と名を変えてて世に送り出され、日本中を驚かせた。

 低く短いフロントノーズ、リトラクタブルライト、ミッドに積まれたエンジンに空気を送り込むためにサイドのエアダクトが設けられるなど、ミドシップならではのスタイリングを持つMR2は、見た目も特異なものだった。

 1984年の日本カー・オブ・ザ・イヤーを受賞し、さらに1985年には北米でもカー・オブ・ザ・イヤーを受賞するなど、国内だけではなく海外からも注目を集めた一台だった。

 搭載エンジンは、登場直後は130psのAE86と同じ1.6リッター直列4気筒の4A-Gだったが、1986年の改良で145psを発生するスーパーチャージャーを持った4A-GZE型へ。

 FRスポーツカーが減少の一途をたどるなかでの登場ということで、FRファンがの興味を惹きつけ、MR2への乗り換え組も現れた。

 しかし、ドライバビリティに関しては、曲がりやすいという評価を受けるいっぽうで、スピンしやすく扱いづらいと酷評されるなど、賛否両論の多いクルマだった。

 1989年には2代目のSW20が登場し、その後は4度に渡る改良が実施されてV型まで進化したものの1999年に姿を消すことに。その跡を継いだMR-Sは不発に終わり、2007年にミドシップレイアウトの開拓者の系譜は断たれた。

 MR2登場後には、ホンダ NSX、軽スポーツ唯一のミッドシップスポーツ ホンダ S660など、ミドシップレイアウトのクルマは散発的に登場しているものの、その数は極めて少ない。

 しかし今、ミドシップ・スポーツの「MR2」の復活が噂されているという、往年のMR2ファンが歓喜するような情報も飛び交っている! 果たして、トヨタが再びミドシップレイアウトにチャレンジするのか? その動向からしばらく目が離せそうにない。

燃料電池車のパイオニア ホンダ FCX

1999年に公開された燃料電池自動車「FCX」。2005年には、北米において世界で初めて個人客に販売された

 次世代のエコカー「燃料電池車(FCV)」。しかし、量産車として発売されている車種は世界的に見ても、トヨタ ミライ、BMWハイドロジェン7、ヒュンダイ ネクソなど、数少ない。

 燃料電池車とは、水素と酸素を科学的に反応させて電気エネルギーを得て、この電力でモーターを駆動させて走行するクルマ。ガソリンのかわりに水素を燃料にするので排出されるのは水のみ、排出ガスはゼロという究極のクリーンエネルギーカーだ。

 現在、国内で販売されているのはトヨタ ミライのみということで、ミライが燃料電池車のパイオニアと思っている人も多いばずだ。

 しかし、ミライが登場した2014年よりはるか以前の1999年に、世界初となる燃料電池車をホンダが実用化しているのだ。その名は「FCX」。2002年にプロトタイプが、2005年にはHonda FC STACK搭載燃料電池車「FCX」が日米で発売。とはいえ、当面はリースというかたちでの販売だった。

 その後、2008年にはセダンタイプのFCV、FCXクラリティ、2016年には世界で初の5人乗りを実現したセダンタイプのCLARITY FUEL CELL(クラリティ フューエル セル)がリース販売されるなど、着実に進化を遂げていった。

 CLARITY FUEL CELLは、一充填走行距離はゼロエミッションビークルで世界トップクラスの約750kmを達成と、文句なしの性能だったが……。

 リース販売だったことや、水素スタンドの拠点数が少ないことがネックとなり、ミライのように国内での一般販売はされることなく、2021年いっぱいで生産が中止となってしまった。

 ただし、ホンダは2040年に販売する新車のすべてを電気自動車と燃料電池車にするという目標を掲げ、ゼネラル・モーターズ(GM)と協働して燃料電池車の開発を継続することを発表している。

 国内ではミライが唯一頑張っている状況だが、ゼロエミッションビークルへの取り組みが強く求められるなか、近い将来、パイオニアであるCLARITY FUEL CELが復活する可能性も否定できない!?

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