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トランプ関税の背景【池田直渡の5分でわかるクルマ経済】

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トランプ関税の背景【池田直渡の5分でわかるクルマ経済】

車のニュース [2025.05.02 UP]


トランプ関税の背景【池田直渡の5分でわかるクルマ経済】
文●池田直渡 写真●ホワイトハウス、WTO、トヨタ

RAV4の燃費ってどのくらい? 実際どうなのか、調べてみた

 トランプの関税に日本メーカーはどう対応したらいいんですか? と頻繁に聞かれるが、あれだけコロコロ変わる条件だと、むしろ一喜一憂してもしかたがない。明日また違う話になるかも知れないディールに対して、どう対応したら良いかを考えること自体がナンセンスである。

 考えるとすれば、政策集団としてのトランプ政権が何に対応して政策を作ろうとしているのかを理解するのが大事。というのも、仮に保護主義的文脈で関税が課せられるのだとすれば、確実な回避策は、米国国内に工場を建設するしかないし、それには当然部品の米国内調達率が付随してくるので、要するに巨大なサプライチェーンごとの移転が余儀なくされる。

しかしながら、例えば徹底したスピード経営をもってして、即時米国工場新設に動いたとて、資材と人手が不足している米国の建設業界の現状から言えば、着工が10年後というのが現実。しかも世界中の輸出企業が一斉にその少ないリソースに殺到したら、果たして工場の完成が何年先になるのかは見当もつかない。

 ドナルド・トランプ氏は合衆国の法律によって再選はなく、最大任期は残すところ4年に限られる。少なくとも在任期間中に米国内生産の開始は不可能だ。しかも、来月には79歳になる。退任後の影響力は下がっていくだろう。なのでトランプ大統領ひとりへの対応を考えるならば、4年間関税を払い、頭を低くしてやり過ごすしかない。問題は彼の背後にいる政策チームの若さである。


第2次トランプ内閣のメンバー。この他に副大統領のJ・D・ヴァンス氏を筆頭とした閣僚級高官たちが政権を支えている
 55歳以下のメンバーを挙げてみる。副大統領のJ.D.ヴァンスは40歳、国務長官のマルコ・ルビオは53歳、国防長官のピート・ヘグセスは44歳、国土安全保障長官のクリスティ・ノームは53歳、国家情報長官のトゥルシー・ギャバードは44歳、通商代表部長官のジェミソン・グリアは46歳。そして閣外ではあるが、政策ブレーンとしてトランプ政経を支えるひとり、オレン・キャスは42歳。彼らはポスト・トランプ時代、今後最長40年近く共和党の主戦力になる公算が高い。

 もし、大手メディアの言うように「大統領の行き当たりばったりのご乱心」であれば、むしろ幸いで、背後の次世代エリートたちが全く新しい経済理論を主張しているとすれば、ことはトランプ政権一代の話ではなくなる。

 ちょっと経済思想のトレンドを振り返りたい。1929年の世界恐慌からの回復のために当時のフランクリン・ルーズベルトが取った政策がニューディール政策で、最も著名なのはTVA(テネシー川流域開発公社)だろう。要するに巨大な公共工事を実施して雇用を支え、景気を底上げする方法である。日本で言う「箱物行政」に当たる。

 経済学者のジョン・メイナード・ケインズの思想を汲むことから、こうした政府の財政出動を軸とする経済主義をケインズ主義または積極財政派と呼ぶ。長らく経済理論の中心となった積極財政派は、1970年代に入ると、景気刺激効果が下がり、政策効果があやしくなってきた。

 そこで特に1980年代以降、台頭してきたのが新古典主義と言われる一派で、基本的には政府の介入は市場メカニズムを歪めるものなので、小さな政府主義による民間主導の市場経済を重視する思想である。この思想の下では、関税は国による民間経済への無用の干渉であり、当然否定的文脈で捉えられてきた。

 その旗印は「自由貿易」であり、特にベルリンの壁崩壊で、EUが成立し「ボーダレスの時代」が叫ばれて以降、経済、あるいは企業は、ボーダー、つまり国境を超えたグローバル化へと進み、国内法だけではルールが規定できなくなった。そこで第二次大戦後に成立した「関税と貿易に関する一般協定(GATT)」をアップデートし、1994年に世界貿易機関(World Trade Organization:WTO)に発展することになる。米国は同年、北米自由貿易協定(NAFTA、現在のUSMCA)を締結し、EUをロールモデルに、カナダおよびメキシコとの自由貿易協定でグローバル化の仕組みを整えた。


WTOは1995年に設立された国際機関で、貿易に関する国際ルールの策定や協定の実施・運用を行っている
 しかしながら、2001年にWTOに中国が加盟するとおかしくなる。以前の記事でも引用したが、トランプ政権で国務長官に指名されたマルコ・ルビオ氏は、「われわれは中国共産党を国際秩序の中に迎え入れた。彼らはあらゆる利益を享受しながら、義務や責任はすべて無視した。それどころか、うそをつき、ハッキングし、ごまかし、盗みを働きながら、世界の超大国の地位を手に入れた」と厳しく糾弾している。

 非対称関税、恣意的なルール、ルール外の行政指導、知財の盗用、知財の詳細開示を義務付ける法律などまさにやりたい放題。これに対し米国は再三に渡り修正を要求してきたが、中国はのらりくらりとかわし続けた。第一次政権時のトランプ大統領は、これに対して、厳しい警告メッセージとして対中関税を発動した。

 ところがここが中国のおかしいところで、「相手を怒らせた」という極自然な配慮が働かない。どこまでもルールの穴を掻い潜って、インチキを続けようとする。第三国を経由して対米輸出を続け、ルールをハックしたものこそ賢いと言わんばかりの対応をした。

 現在、米国が世界中の国に厳しい関税率を突きつけているのは、各国に対し、この「中国による迂回輸出を締め上げろ」というメッセージである。中国はUSMCAの非課税貿易にタダ乗りして、カナダやメキシコを通して輸出を続けていた。米国にしてみれば、「味方で経済協力圈であるお前らが、われわれの怒りを知りながら、金稼ぎのために中国に協力するとは何事だ」という強い抗議の意図がある。

 つまり、トランプ関税の主たる目的は、米国を取るか中国を取るか旗幟鮮明にせよという通牒である。

 さて、トランプ政権中枢の若いリーダー候補たちは、時代の変化を認識している様子があちこちから見える。それが正しいかどうかはわからないが、彼らは「積極財政→新古典(グローバル化)」の時代が終わり、話し合いでルールを守れないプレイヤーが入ってきた新しい秩序の世界が必要だと考えている。

 前出のオレン・キャスは、朝日新聞のインタビューで「教科書で習ったアダム・スミスもデイビッド・リカード(筆者注:ともに経済学者)も、共産党が支配する大国との自由貿易について考える機会はなかったでしょう。中国と自由貿易を行うということは、共産主義の優先順位や政策を、私たちの社会に受け入れるということです」と発言している。

 常識的に考えて、人と人の付き合いは信頼と信用からできている。常に「ハックの隙はないか」と窺っている相手と付き合うのは難しい。「中国はこれまで成立してきた自由経済に入り込んだ異物であり、破壊者である」と、米国の次世代リーダーは思っている。

 それはつまり、今回のトランプ関税の混乱は、新しい経済理論を構築するための産みの苦しみであるという覚悟であり、だからこそ不可逆な変化だと確信している。もちろんそれがずっと関税というスタイルなのかどうかはわからないが、要するに今までのルールは通用しない世界の到来が迫っているということだろう。


自動車産業は裾野が広く、サプライヤーを含む工場群の新設は数年単位では難しいと考えられる(写真はイメージ)
 さて、そこで日本はどうするのか? 小手先の現地生産とかの話ももちろん考慮すべきではあるが、むしろ日本には大きなチャンスが来ているのではないか。世界は中国を国際秩序の中に迎え入れ、約束とルールを守れない相手に大損を喫した。次に投資する時、それに懲りた人たちは一体何を重視するだろうか。人件費? 関税? 多分そういうものではない。特に自動車の様に莫大な先行投資をして長期にわたって回収していくビジネスモデルにおいて、最も重要なのは、経済の安定性と信頼感になるはずだ。日本はルールを守り、真摯に対応するというやり方をむしろこれまで以上に推し進め、同時にそれをしっかり主張していくことでこそ、大きなメリットがあるのではないかと思う。

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みんなのコメント

2件
  • ******
    なぜに朝令暮改のトランプ関税?への明確な解答。
    いい記事だと思った。ライターの言う日本の歩むべき道にも賛成する。
    でも中国ってここまでひどいのか?そこは疑問。
  • gra********
    分かっていることは、アメリカのカーメーカーは増産投資することはない。
    日本車のシェアは40%以上あるが、それを取り戻す気はない。儲からない小型車が多く、投資してもすぐに稼働できないばかりか、利益もでない。
    そのような生産能力だから、日本へのアメ車輸出など、わけの分かっていないトランプが言っているだけ。そんな話に乗せられる日本人が無知なだけ。
※コメントは個人の見解であり、記事提供社と関係はありません。

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